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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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クライブの旅立ち5

 兄妹が南門へ歩いていると、もうすぐ着くという所で、向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。あの金髪は間違えようがない。アスカだ。二人に気付くと、アスカは駆け寄ってきた。


「もう、あんまり遅いから心配して来ちゃった。」


「ごめんごめん、村長の話がまた長くってさ。」


「そんなことだろうと思った。」


 そう言って笑うと、二人に並んで歩き出す。知らず知らず、三人は名残を惜しむように足を緩めた。

 少しの間そうして黙って歩いていたが、やがてアスカが感慨深そうにぽつりと言った。


「いよいよ旅立ちだね。」


 クライブが頷く。そんな彼を横目に見て ながらアスカが問いかける。


「あの話、エールにちゃんと話したの?」


「ああ…、いや。」


 クライブが言葉を濁し、アスカは呆れたようにため息をつく。エールは、何の話だろうと目をキョロキョロさせた。


「何、何?二人で隠し事?」


 エールとしても二人の仲が良いのは結構だが、除け者にされるのは面白くない。またむくれ面になりそうな妹に、クライブは宥めるように笑いかけた。


「いや、実はさ、少しゆっくり旅をしようと思ってるんだ。レンデまで遠回りになるけど、街道は使わずに、港町から船で行こうと思う。」


「ええ!またどうして?」


 初耳だ。エールは目をまん丸にして声を上げた。

 通常は巡礼者は、まず島の南東に位置するリィネ村を出て、西のコモル、北西のレンデと旅をし、最後にエスト島の北東の端にある真実の滝を訪れる。それから、元来た道を戻り帰ってくるのだ。魔の山を避けてぐるりと島を右回りに一周し、折り返して戻ってくるようなコースである。

 きれいに一周しないのは、リィネ村の北側には険しい岩山が連なり、越えるのが難しい為だ。いずれにしても、数日で終わる道のりではない。多くの者は秋の収穫の後に旅立ち、春頃に戻ってくる。


「出来るだけ、色んな村を見てみたいんだ。俺はリィネ村から出たことがないからさ。きっと、よそでは、暮らしも仕事も違うと思う。知らない場所で、やったことない経験をしてみたい。どこかで少し働いてみるのもいいなと思ってる。」


 前々から村の外を見てみたいと言ってはいたが、兄がそんな風に考えていたとは知らなかった。エールは巡礼の旅について、精霊のほこら巡りと真実の滝のことしか考えていなかったのだ。


「そうなんだ…。他の村で働くなんて、考えたこともなかった。」


 よその村や町の様子は、大人達や旅の商人から聞いて知ってはいる。今まで、エールはそれを面白い物語のように感じていた。当たり前だが、そこにも働き暮らす人々がいるのだ。勇者一族ではない人達が。

 兄の横顔を見つめ、考える。なんだか、急に大人になってしまったような気がした。


「そういう大事なことは、ちゃんと言っておいてよね。帰りが遅いと心配するじゃない。」


 しかし、それを口に出すのが気恥ずかしくて、エールは文句を言った。


「ごめんごめん。旅立つ前には言うつもりだったんだよ。」


 本当かどうか怪しいものだ。そう思ったが、言及するのはやめておくことにした。南門はもうすぐそこだ。

 兄妹のやり取りを笑って見ていたアスカだが、ふと、真面目な顔になってクライブを呼んだ。


「ねえクライブ。」


 その少し真剣味のある口調に、クライブはアスカに向き直る。彼女は少しためらうと、決心したように後ろ手に持っていたものを差し出した。


「これ、私が作ったの。良かったら持って行って。」


 それはシンプルな作りの、銀の指輪だった。旅人がお守りとしてよく持つもので、剣を持つ妨げにならないよう、内側が少し平らになっている。


「旅のお守りか。ありがとう、アスカ。」


 クライブは指輪を受け取ると、手のひらに乗せた。滑らかな金属が、革の手袋を映して優しく輝いている。


「早速付けていこうかな。ちょっと手袋を持っててくれ。」


 クライブは指輪を嵌めると、掌を握ったり開いたりして感触を確かめ、嬉しそうにそれを眺めた。アスカが恥ずかしそうに目線を落とす。


「あ…。」


 アスカが小さく声を上げた。クライブの腰に下げた剣に気づいたのだ。目線に気付いた彼は剣の柄に軽く握り、笑って言った。


「ああ、エールに持たされたんだ。どうしてもって言われて仕方なくさ。」


「もう!クライブだって、旅に持っていきたいって言ってたじゃない!」


 隣にいたエールは、すかさず噛み付く。素直に感謝すればいいのに、なんでいつも余計なことを言うのだろう。小突こうとすると、兄はひらりとその手をかわしてまた笑った。


「ははは、冗談だよ。」


 そしてアスカの目を見ると言った。


「聞いたよ。アスカが打ったんだってな。大事にする。剣も、指輪も。」


 そう言って、クライブは改めてアスカを見た。アスカも彼を見つめ返す。エールはというと、自分が邪魔になっている気がして、むず痒い気持ちで空を見ていた。


「あ!クライブさん!おーい!エールさん!」


 そこに、元気な声が響いた。エッジだ。いつの間にか、南門が見える所まで来ていた。まだずいぶん遠くにいるというのに、エッジ声を張り上げ、飛び跳ねている。元気なことだ。

 彼の空気を読まない無邪気さに、エールは救われたような気持ちになった。二人には少し悪いが。


「親方と奥さんに、村長もお待ちかねッスよ!クライブさん、いよいよ旅立ちッスね!寂しくなるッス!」


 あっという間に駆け寄ってきたエッジは、頬を紅潮させ、まくしたてる。


「もしレンデでおれの家族に会ったら、よろしく言っといて下さい!」


 彼はレンデの町の出身なのだ。なんでも、十人兄弟の末っ子らしい。エッジがニッカリと笑う。煤けた顔に白い歯が眩しい。クライブも頷きながら、相変わらず元気だなと笑った。

 南門には大人も若者も大勢が揃っていた。クライブが、仲の良い若者達に近づいて声をかける。


「思ったより勢揃いだなぁ。そんなに大げさにしなくて良かったのに。」


「何言ってんだよ。村一番の剣士の旅立ちだろ。あ、今はエールが一番か。」


 誰かが茶々を入れ、彼らはしばし小突きあって笑った。

 そこに何やら布包みを持ってきたテルナがクライブを呼び、それを渡す。ずいぶんと大きい。


「もうお昼を過ぎてしまったからねえ。サンドイッチを作ってきたから、歩きながら食べなさい。これは夜食べる分。干し肉と乾パンも入れておいたからね。旅先でも食事はしっかり取るんだよ。」


 これが最後とばかりに世話を焼くテルナに、クライブは礼を言った。


「ありがとう、おばさん。大事に食べるよ。」


 クライブは包みを荷物の袋に入れようとしたが、入り切らなかった。テルナに手伝って貰い、ベルトの邪魔にならない位置に結びつけたが、少し不恰好になってしまった。

 テルナが、クライブの剣を見ておや、という顔をする。


「ああ、さっきエールに貰ったんだ。リィネの剣を手に旅を出来るのは心強いよ。アスカの作なんだってな。」


「そうとも!」


 横から割って入ったのはテンガン親方だ。


「打ったのはアスカだが、この俺が監修した剣だからな。斬れ味はばつぐん、岩を断っても折れやしねえ名剣だぜ!大事に使えよ!」


 胸を張る父親に、アスカが露骨に嫌そうな顔をして、それを見たクライブが吹き出した。


「あんたったら、こんなときに見栄をはるんじゃないですよ!」


 奥方が一喝し、叱られた親方がむっつりと黙ったので一同が笑った。


「勿論、大事にするよ。皆も、見送りありがとう。」


 そう言ってクライブは門の外へ一歩踏み出すと、皆に別れを言う為に振り返った。


「お前のことじゃから心配はしておらぬが、道中危険な生き物もおるでなあ。気を付けて行くのじゃぞ。」


 村長の言葉に頷き、巡礼者は一同を見渡す。


「じゃあ、行ってきます。」


 そう言うと、彼は荷物を肩に担ぎ、歩き出した。


「旅立つリィネの子に精霊達のご加護を…。」


 村長がその背中に呟く。村人達も口々に別れの挨拶をした。クライブはというと、歩きながら片手を上げるいつもの挨拶だ。

 南門をくぐると、道は垣根沿いにすぐ西に向かって曲がっている。その曲がり角で、クライブは一度振り返り、また片手を上げた。


「いってらっしゃい!」


 エールも、皆と一緒に精一杯の声を上げて手を振った。

 クライブが見えなくなると、村人達はぞろぞろと歩き出し、それぞれの生活に戻って行く。エールはしばらく兄が姿を消した道の先を見つめていた。


「行っちゃったね。」


 エールの呟きに、村長がうんうんと頷いた。


「寂しくなるのぉ。」


「うん。ちょっと寂しいな。」


 言いながら、傍にいるアスカを見て、驚いた。幼馴染はうっすらと涙を浮かべていたのだ。アスカがエールの視線に気付き、二人は目が合ってしまった。気まずい。


「でもアスカほどじゃないかな。泣くくらいなら、ついて行けば良かったのに。」


 恥ずかしさに耐えきれず、エールが軽口を叩く。

 アスカはみるみる怒り顔になったが、顔が真っ赤なのは、怒っている為だけではなさそうだ。


「ちょっと、泣いてないわよっ!」


「嘘。泣いてるじゃないー。」


 エールは笑って走り出した。


「泣いてないっ!」


 アスカが叫びながら後を追う。笑ったり怒ったりしながら、走り去る少女達の背中を、村長夫人と、テルナが微笑ましそうに見やった。


「あの子達は、いつまでも変わらないねえ。」


「本当、そうですね。」


「おれ、感動したッス!」


 エッジは心からそう思っているようで、拳を握りしめて力強く言った。

 テンガンだけが複雑そうな顔をしている中、村長が大口を開けて笑った。


「ほっほっ!こりゃ、当分は寂しくはなりそうもないのお。」


 西の空は群青色に濃く、薄い雲が斜めに流れている。晩秋の風が色づき始めた木々の葉を揺らし、冷たく吹き抜けていった。

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