クライブの旅立ち4
エールとクライブが村長宅に着いた時には、とっくにお昼を回っていた。
「おおクライブ、戻ったか。」
「やけに遅かったじゃねえか。待ちくたびれたぜ。」
村長と共に出迎えた中年男は、宿屋の主人のヘムオスだ。赤ら顔の気のいい男で、村人のまとめ役でもある。
四角く角ばった顔をしていて、エールはちょっとケロググに似ていると思っているのは内緒だ。
エールとクライブがアクジキのことを報告すると、村長は眉をひそめた。村長の長い眉毛がわさわさと動く。ヘムオスも唸りながら口の端をぐっと下げたので、ますますケロググそっくりになった。
「アクジキがこんな時期に、それも村の近くで出るとはのう…。」
村長が髭をさすりさすり呟く。ヘムオスも頷いた。
「ああ。何かある前に、お前たちが倒してくれて良かったぜ。ま、何匹もいるとは思わねえが、用心するに越したことはねえわな。」
宿屋の主人は膝をぱんと叩き、早速といった様子で立ち上がった。
「じゃ、見送り連中に声をかけてくるよ。アクジキの件も伝えておこう。俺はこの後も仕事があるから、これで見送りとさせて貰うぜ。クライブ、達者でな!」
「ありがとう、ヘムオスさん。行ってきます。」
クライブが礼儀正しく頭を下げると、ヘムオスは手を振ってニカッと笑った。エールは、ケロググが笑うとしたらこんな顔だろうと思った。
ヘムオスが行ってしまうと、村長はクライブに向き直り、軽く咳払いをした。
「さて…ではクライブよ。巡礼の証を出しなさい。」
クライブは返事をして、胸もとからペンダントを取り出した。それは雫の形に削り出され、磨かれた水晶で、麻の紐で編み込んで首に掛けれるようにしてあった。
透明な石の中に、所々きらきらと青く輝く部分がある。まるで水差しから清らかな水面に水を注いだ時、弾けて出来た雫の玉のようだ。水晶の滑らかな表面には、リィネの紋章が彫り込まれている。
「きれい…。」
エールは横から覗き込むと、その美しさに思わず呟いた。
「うむ。無事に祈りを捧げて来たようじゃの。」
満足そうに頷く村長に、クライブが問う。
「今朝これを貰った時は、ただ透明な石だった。村長、これも精霊様の力なのか?」
「うむ。これは特殊な水晶でな。精霊様のほこらは、魔力に満ちた場所じゃてのう。祭壇にしばらく捧げておくと、吸収した魔力によって輝きが変わってゆくのじゃ。お主は三つのほこらを回り、その証明として、巡礼の証に水、風、炎の魔力を宿すことになる。貴重なものじゃから、無くさないよう気をつけるのじゃぞ。」
クライブは頷くと、巡礼の証を大事そうに胸元にしまいこんだ。
「次は風のほこらじゃの。まずは草笛峠を越えて、コモルの森に行くのじゃ。コモル村までは道なりに行けば良いから、迷うこともなかろう。村に着いたら…」
「わかってるよ。村長。キース族の長老に巡礼の証を見せればいいんだろ?その後の道順も頭に入ってる。」
また一から旅の行程を説明し始めそうな村長を、クライブが遮る。
「ほっほっ!まあ、そう急くな。最後だと思って、これだけ聞いて行きなさい。」
村長は立ち上がると、暖炉の向かい側に歩き、壁に向かって立った。兄妹もそれに倣い、村長の隣に立つ。
壁にはエールの背丈程もある大きな板がはめ込まれていた。古い石の石板で、文字はなく、模様が彫られている。
中央に立つ剣を持つ人は勇者リィネだ。放射状の彫り込みは、天から降り注ぐ光を表している。それを囲むように草木や水を表す模様の縁取りがなされていた。リィネ村に伝わる勇者の伝説のレリーフだ。村長はそれを見上げると、語り始めた。
かつてこの地に邪悪がはびこり、あらゆる生命を脅かした時
われらの祖、勇者リィネが諸悪の根源たる闇の王を打ち倒し、魔の山に封印した
勇者は封印ののち、再び大地に邪悪がよみがえらぬよう、精霊たちの力を借りることにした
炎の精霊フリーディア
風の精霊シルフール
水の精霊セイレーネ
三人の精霊がそれぞれの地を清め、大地に平和が訪れた…
リィネ村に住む者なら、子供の頃から飽きるほど聞かされてきた話だ。エールもそらで覚えている。語り終えると、村長は振り返り、優しく微笑んだ。
「エスト島が平和であるのは勇者様と、今も大地を守ってくださっておる精霊様のおかげじゃ。巡礼の旅はかつての厄災と精霊様への感謝を忘れぬよう、後世に残すためでもある。クライブよ、心を込めてお祈りしてくるのじゃぞ。」
「はい。村長。」
クライブは力強く頷いた。村長は満足そうに微笑む。
「さて、見送りに出るとしようかのぉ。ばあさんを呼んでこよう。では、南門での。」
兄妹は村長宅を出ると、クライブの荷物を取りに家に向かった。荷造りは済んでいるので、少し立ち寄るだけだ。
「すっかり遅くなっちゃったなぁ。まぁ今夜は満月だし、少しくらい夜道を歩くのも悪くない。」
兄はいよいよの旅立ちに楽しげに足を弾ませている。エールはそんな兄を横目に見ながら、口数少なく歩いた。小川沿いに歩き、家の前の橋に差し掛かる。
エールはつと目を落とし、桟橋を見やった。剣術大会の日、アスカとクライブが話していた場所だ。
古びた木材が、うららかな日差しに黄色く染められている。苔の生えた桟橋の杭の隣で、ぱしゃんと川魚が跳ねた。
腰に下げた剣の柄にそっと触れる。そこに刻まれたリィネの紋章を指でなぞり、エールは心に決めた。この十日間考えていたことを実行に移すことにしたのだ。
「ねえ、クライブ。」
「うん?」
兄は日差しの中、歩きながら背中越しに返事をした。相変わらず機嫌が良さそうだ。
「クライブの剣さ、私にちょうだい。」
「ええ?」
クライブが振り向いた。怪訝な顔をしている。そして、妹の手に持つ物に目をとめる。
エールはリィネの剣をベルトから外して持っていた。それを兄に差し出す。
「交換しよ。これと。」
クライブは立ち止まり、妹の顔を、間違い探しでもするようにまじまじと見た。
「エール。それ、リィネの剣だぞ。」
兄が真面目な口調で言うのが可笑しくて、エールは吹き出した。クライブも笑う。ひとしきり笑うと、兄は妹の肩を叩いて言った。
「気持ちは嬉しいけどさ、エール。受け取れないよ。今年の優勝者はお前だ。」
そのまま剣を押し返そうとするクライブに、すかさずエールは言った。
「この剣、アスカが打ったんだよ。」
「え?」
クライブは一瞬ポカンとして、リィネの剣に目を落とした。
「そうか。アスカが…。遂にテンガンさんに認められたんだな。」
剣を見つめ、クライブが褒めるように微笑む。エールはなんだかむず痒い気持ちになった。
「だから、あげる!」
「いや、だから、って意味わかんないぞ。」
エールは焦れてきて、鞘ごと兄の胸にぐいぐいと押し付けた。
「いいから、クライブが持って行って。その方がアスカも喜ぶし!」
有無を言わせぬ妹の様子に、クライブは両手を広げて根負けしたように笑った。
「わかった、わかったよ。」
クライブはリィネの剣を受け取ると、自分の剣と入れ替えて腰に下げた。
「ありがとな。大事にするよ。」
「それ、アスカにも言いなよ。」
クライブは苦笑している。答える代わりに外した剣をエールに投げてよこし、前を向いた。
「さぁ、行こう。南門で皆が待ってる。」




