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LAST LORD  作者: トミ
第一章 旅立ち
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プロローグ

 気がつくと、エールはどこか暗い場所に立っていた。

 風がひゅうひゅうと音を立ててている。足元はすべすべした硬い石で出来ているようだ。目を凝らすと、正面に磨かれた石造りの階段が見えた。

 コツンコツンと足音が響く。自分でも気づかないうちに階段を登り始めていたのだ。

 一体、ここはどこなのだろう?風があるということは壁はないのだろうが、見上げても光は見えず、黒い空間が広がっているだけだ。

 暗いけれど、怖くはなかった。風は冷たいけれど、髪を撫でる感触が心地良い。

 突然、明かりが灯った。階段の左右に短い柱があり、そこに掛かる松明がひとりでに炎を灯したのだった。炎が、黒く滑らかな石の表面にオレンジの揺らめきを映し出す。エールはそれをうっとり眺めた。その足はなおも階段を登って行く。

 不思議な感覚だった。階段を登っているのは自分なのだが、意識せずとも足は先へ進み、体はとても軽い。自分の足音が耳に楽しく、時々ぱっと燃え上がる松明の灯を美しいと思った。


 どれだけ登ってきただろう。突然階段が終わり、開けた場所に出た。どうやらここが頂上らしい。

 ちょうど階段を登り切った時、四隅に松明が灯った。そこは正方形の広い踊り場で、中央には何やら、大きな建造物がある。

 それは巨大な扉のようだった。かなり大きく、エールの背丈の倍以上ある。左右を支える太い柱は両腕を回してやっとかかられるかどうかといったところだ。上部はアーチ状になっている。

 エールは扉をまじまじと眺めた。青みがかった金属か石のようなもので出来ていて、光沢のある深い青の中に、松明の炎がちらちらと踊っている。

 サパライト鉱石かとも思ったが、記憶にあるそれよりも、より青みが深く、美しく思えた。どちらにしろ、これ程の大きさのものは大変高価なはずだ。アスカが見たら、飛び上がって驚くだろう。幼馴染が驚く顔を思い浮かべると、思わず笑みがこぼれた。

 ふと、エールは扉の中央、上部に馴染みのある模様が刻まれているのを見てとった。リィネの紋章だ。


 そのとき、どこからともなく声が聞こえて来た。


「君は、知らなければならない。」


 それは若い男の声だった。エールは光のない空をふり仰いだ。上の方から聞こえてきたように思ったのだ。


「真実を。その真実を隠す嘘の生み出された訳を。」


 今度は、下の方から聞こえた気がして、足元に目を落とした。


「あと少し。もう少しなんだ。これは、僕の願い。そして君の定め。僕は、君に託さなければならない。」


 エールは登ってきた階段を振り返った。しかし暗闇の中に浮かぶ松明の明かり以外には何も見出せない。


「君には力がある。」


 今度は、はっきりと背後から声が聞こえた。エールがぱっと振り返ると、扉の前に人影があった。


「目的に向かい、守るべきものを守る。その身に宿る内なる力が。」


 人影は背が高く、腰に剣を下げているようだった。その顔はよく見えない。しかし、エールには、彼が親しげに微笑んでいるように感じた。声の調子が柔らかだ。


 ふいに、風が止んだ。風の最後のひと凪に、まるで煙のヴェールを吹き払うように、人影が揺らぎ、その姿が露わになった。

 エールは驚きに目を開いた。肩で切りそろえた栗色の髪に、赤みがかった茶色の瞳。簡素な革の胸当てに、革の手袋とブーツを身に付け、腰には一振りの剣を下げている。リィネの紋章の入った青い布を肩にかけて立つ、小柄な少女。

 その姿は、まさに自身そのものだったのだ。

 目の前のエールはにっこり笑うと、エールの声で言った。


「目の前のものは受け入れなければ。たとえどれほど残酷なものであっても。それが望まないものであったとしても。」


 言いながら、目の前のエールは剣の柄に手をかけ、ゆっくりと抜きはなった。その口元はもう笑ってはいない。

 少し足を開き、剣を中断に構え、こちらを見据える。エールは目の前の自分の瞳に、火を映して輝く緋色を見た。

 戦うのだ。目の前の自分はそれを待っている。応えなければ、と思った。

 腰に手をやり、剣を抜く。それを待っていたように、もう一人のエールが跳躍する。剣のぶつかり合う音。どちらともなく振り払い、また斬りつけ、かわし、跳んだ。

 暗がりに浮かんだ舞台に、それぞれの剣が松明の明かりにきらめいて、まるで踊っているようだった。

 エールは相手の剣を弾くと、バックステップしながら、片手を空にかざした。

 その指先で空気が震え、水の魔力が渦となる。魔力はその手に集まり、シャボンが膨らむように水球を作り出した。水の魔法、サパだ。

 薙ぎ払うようにその手を振ると、水の魔力を集めて作った球が、帯状に拡散しながら相手を襲う。

 もう一人のエールは剣を水平に持ち、それを受けた。防ぎきれなかった細かい水の粒がその身を打ち、よろめく。

 その隙にエールは一跳びに詰め寄ると、迷わず斜めに斬りおろした。

 手応えがあった、と思った瞬間、床が突然なくなったかのように足が宙に浮くのを感じた。もう一人のエールも、大きな扉もかき消えた。

 松明の明かりが遠のき、気づくとエールは暗がりに一人浮かんでいるのだった。

再び、男の声が聞こえた。


「夜の足音は、まだ聞こえない…」

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