青春くん:#1
愛宮清秀学園は、いわゆる田舎ン中にドンと建てられたのはいいけど生徒数があまりにも少なすぎてアリにモグラの巣を与えたかのような自然豊か(笑)な学校である。アリは女王アリの命令に従って、モグラの巣の柔らかそうな土を掘って、新しい住処に変えようと、アイデアを募った。
アリは毎日毎日考えたけど、結果としていい案は浮かばなかった。
突然、ミミズくんがこんにちはして、「じゃあ、これあげるよ」と。
それはミミズくんが体に巻き付けていた、一本の腕時計だ。
腕時計は、装着者の正確な脈を計り、静かな呼吸の数を見抜いてしまう。女王アリは、「さすがに、これは……」ミミズを噛むような顔をした。だが、これしかない、と、決断したのは、おうさまだ。
おうさまは、その次の日――青春を知らない働きアリたちに、とっておきのプレゼントした。
◆
秒針が、歪む音だ。朝、ボクは目を覚ましてから感覚時間で1分半ほど、1秒にかかる時間が1.5倍ほどの緩やかなスピードに感じることがある。だから、実質この体験をする1分間が、1分半へと感じてしまうのだ。
これは癖というか、毎回朝に感じてしまう『体験』なのだ。
目覚まし時計をセットした、7時23分。その1分前に起床。
口の中は、グチャグチャだ。人間は一晩寝ているだけで、口の中が雑菌だらけになる。この状態で飲料を飲むと、だいたい10gほどの大便を体内に摂取することになるらしい。しかし、朝の水は健康にいいのもまた事実。
ボクは洗面台の前に立って、口をゆすいだ。今日は飲まなくていいや。
鏡の前に立ったボクの髪の毛は、あらぬ方向を向いていた。にやついてから、自分の顔を平手打ちする。
『青春くん』と呼ばれていた頃が、少し懐かしく感じた。
前の学校から転校してから引っ越し作業で1ヶ月。半月は新居での生活がスタートし、本日晴れて転校初日であった。親の都合で……と、身勝手な都合を並べて新しい学校での勉学を余儀なくされたが、ボクにとってはむしろ好都合だ。
惜しむ人間もいなければ、喜ぶ人間もいない。
中途半端に『青春くん』というあだ名が残ったまま、都会から田舎への転入。
期待に胸は膨らまない分、緊張というのもあまり無かった。
玄関から外に出る前、靴箱の上に、妙な腕時計を発見した。
「なんだこれ?」
緑色のバンドに、長さを調節する穴が8つ空いている。しかし、秒針やカレンダーなどを表示する、いわゆる文字盤というものが、薄っぺらいタブレット端末のようだ。最近、こういうタイプの腕時計も主流になっている。中にはクレジットの機能を搭載したり、歩数計を設定して運動に使ったりと、人それぞれに使い方のあるウォッチだ。
「転校祝い……とか?」
試しに着けてみたが、悪くない。だが、こいつ自身に電池が入っていないのか、ボタンを押そうにもどこにもボタンも付いていないし、起動の仕方がイマイチ分からん。画面をタップしても反応しないので、「まあいいか……」ファッションウォッチとして、着けて学校に行くことにした。