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ワールズエンド・アズリエステラ  作者: 魔神天空院苺苺苺
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ワールズエンド・アズリエステラ(4)

思えば少女の言葉には、時折不可解な点があった。

光喰み(オペク)を滅ぼす術を知らないと言ったかと思えば、その一方でこの事態を切り抜けることを確信していたかのような口ぶり。

それもこれも、事ここに至っては納得がいくというものだ。

()()()()()()()()()()()()()()()()


「《未来視の紋章(スクルド)》は既に示しました。おまえの勝利を、私の希望のその果てを」

「だから――()()()()()()()


「――ああ」


僕は知っている。旅路の中で多くの紋章を見てきたからこそ、分かることがある。

未来視の紋章(スクルド)》とは、数多に分岐する未来の可能性の一つを垣間見るものだ。

確定された未来など何処にも保証されはしない。

けれど、それで充分だ。

少女の祈りが、切なる願いが、僕に覚悟を決めさせた。


「きみに、勝利を捧げよう」


星の生態系の頂きに君臨する究極の生命。

遠い昔にその存在が失われた今でも、竜という名はしばしば世界の化身と同一視されることがある。

人間にとって、彼らは抗うことの出来ぬ天の意志に等しいものだったから。

それでも過去には一人だけ、その竜を討滅せしめた者がいた。

一切を灰燼に帰す竜の吐炎を物ともせず、万象を阻む竜の鱗を易々と斬り裂いて、男は立っていた。

その時男の右手には、赤熱する緋の紋章が輝いていたのだという。

だからこそ、()()は――《竜殺しの紋章(ワールドエンド)》と、そう呼ばれたのだ。


終極(おわり)より来たれ、我が力」


世界の理を捻じ伏せて、唯一竜を屠った男が宿していたとされる紋章。

僕の右手の甲で、それは灼かれたような熱を帯びて、淡い光を放っていた。

放たれる火焔の止んだ一瞬の間隙。右手でゆるりと腰から引き抜いた剣に、僕は強く念じる。

何の変哲もない鋼の剣が変質していくのが分かった。竜を滅ぼす、ただそれだけの目的を持って。

竜の光喰み(オペク)は己の吐息が通用しないことが分かると、翼をはためかせて空高くで狙いを定め始めた。

竜の降下(ドラゴンダイブ)。伝承に拠れば、如何なる盾も鎧も、それどころか城砦さえも薄絹のように引き裂く恐ろしい猛襲だ。

しかし、そんなことは最早問題ではなかった。

僕もまた、空から滑空せんとする竜へ向けて、下段に剣を構える。


静寂を破ったのは光喰み(オペク)の咆哮だった。

鼓膜を貫くような大音声(だいおんじょう)を皮切りに、竜が一目散に飛来する。

誰もが身を強張らせるような恐怖の中にあって尚、僕の心は凪のように穏やかだった。

時間の流れが遅くなるような感覚の中で、降下(ダイブ)に合わせ、迎え撃つように逆袈裟の刃を振るう――

竜を殺す為だけの剣が、その役割を果たしていた。

竜を殺す為だけの紋章が、その目的を果たしていた。


けたたましい断末魔を上げながらその胴体を二つに分けた光喰み(オペク)の姿を見た時、初めて僕は戦いが終わったことを理解した。




「終わったよ」


いつの間にやら元の姿に戻っていた剣を鞘へと納めると、僕は少女へ向き直る。

彼女の表情は、変わらず感情に乏しいものだった。


「……人間」


「なんだい」


僕に向かってちょいちょいと手招きをすると、少女は背伸びをして頬を差し出す。


「私の頬を(つね)ってください」


「こうかい」


ひひゃい(痛い)……」


「きみがしろって言ったのに」


「いいえ、恨んではいません。……ですが、未だに実感が湧かなくて」


「僕だってそうさ。竜と戦ったのなんて、生まれて初めてだ」


そもそも光喰み(オペク)とは、人間や魔族ばかりを模倣する存在だと思っていた。

それが、よりにもよって竜の姿で現れるとは。


「まさかおまえの紋章が、竜に対抗出来るものだとは思いませんでした」


「知らなかったのかい? ()()()()()()なんて言うものだから、てっきり視ていたのかと思ったよ」


「《未来視の紋章(スクルド)》の未来視は、持ち主の意志に関係無く偶発的に起こるものです」

「私が視た未来は、焼かれずに済んだこの花畑だけでしたから」


「それはまた、難儀な紋章だ。……ともあれ、無事で良かった。きみも、花畑も」


結果として、誰も死なずに済んだのだから良しとしよう。

そんなことを思いながら、少女に背を向ける。すっかり昇った太陽は、随分と眩しかった。


「僕はもう行くよ。きみと言葉を交わせて良かった。ありがとう」


「――待ってください!」


背後から投げかけられたその声の大きさに振り返ると、彼女は自分でも驚いた様子だった。


「……その。助けられておきながら、礼の一つも言う前に去られてしまっては、魔族の誇りに関わります」


「礼なんていらないさ。きみには大事なものをもらった。もう少しだけ生きてみようと思える、そんな理由を」


自分自身気付かなかったものを、彼女は教えてくれた。

一度は棄ててしまったものだ。それでも、それがどれだけ大切だったかは痛いほどに身に染みた。

護りたかったものがあった。救いたかったものがあった。多くのものを取り零してきた。それでも――

それでも自分に、まだ出来ることがあるのなら。


「いいえ、私がすべきだと思ったからするのです」

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()として」

「人間。私はおまえに感謝しています。魔族である私に、言葉を尽くしてくれたこと……そして、私の希望を繋いでくれたこと。本当に、ありがとうございました」


言い終えると、彼女は恭しく頭を下げる。

皇女? 彼女が? 突如噴き出た数々の疑問に考えを巡らせる間もなく、一面に咲く花々と同じ名前を持った彼女は続ける。


「良ければ、おまえの名前も教えてくれませんか」


「アーセルジュ・フィニス。それが、僕の名前だ」


「好い名前ですね」


名前を聞いた彼女は、満足そうに口元に笑みを湛える。

そうか、彼女はこんな表情も出来たのか。

一瞬頭を過った失礼なことを言葉に出さないようにしながら、取り繕うように話題を変える。


「はは……ありがとう。きみの名前も、ぴったりだと思うよ」


初めて彼女に出会った時、花と彼女の姿を重ねたのを想い起こす。

()()()()()()()()()()()――確か、魔族の言葉でそんな意味を持つのだったか。

まさしく彼女の名に相応しい意味だろうと、そう思った。


「アーセルジュ。行く宛はあるのですか?」


「いいや。道すがらにでも考えるさ」


「――私はこれから、種を持って旅に出ます」


「それは、つまり……」


「はい。死にゆくこの世界を、救うのです」


「それはまた、随分と大きく出たね」


「ですが、おまえがいれば夢ではありません。私の《未来視の紋章(スクルド)》は既に示しています」

「アーセルジュ・フィニス。どうか私の旅路に、力を貸してはくれませんか?」


少女の双眸は、どこまでも真っ直ぐな光を湛えていて――

その光を繋ぐことが自分に残された使命なのだと、そう思った。


「……分かった。分かったよ」

「アズリア。僕は、きみの剣となり盾となろう」


「アズリア?」


「そういえば、魔族に名前を縮める文化は無いんだったね。ごめん、アズリエステラ」


「いいえ。おまえが人間である限り、私もその流儀に従いましょう。アーセルジュ、おまえの場合は……」


「――アルスでいいよ」


「では、アルス。私は、おまえの眼となり(しるべ)となることを誓います」

「人間と魔族。相容れぬ筈の二種族が手を取り合えばこそ、起こせる奇跡もある筈です」


「はは……なんだか、そう言われるとなんでも出来るような気がしてくるから不思議だね」


僕は逃げた。

逃げて、逃げて、逃げ延びて。

そうして、いつしか此処にいた。


人里を遠く離れた山奥の、切り立った断崖。

朝まだきに辿り着いたその場所には、一面のアズリエステラが咲いていた。


きっとこれは、いつしか世界を彩る景色。

全てを棄てて逃げ出した、愚かな男のささやかな贖い。


「行きましょう、アルス。この星の、命を繋ぎに」


旅立ちを見送ったのは、夜明けの空をそのまま映したような鮮やかな瑠璃色だった。

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