独白/エッジワース
気に入らないことがあった。
世に謳われる英雄譚などというものは、どれもこれも必ず最後に英雄の勝利で終わっている。
悪い龍だの悪政を敷く隣国の王だのが勝利の美酒に酔うことなど一度もない。英雄が勝って終わるのだ。
だから俺たちは無意識に、英雄とは勝者であるなどと思い込んでしまう。
清く正しく善の道に殉じれば報われるのだと、そんな甘い幻想に惑わされてしまうのだ。
《北天の落日》には、救いなど何処にも存在はしなかった。
負けた人間が正しくなかったから? 真の英雄がいなかったから?
いいや、違う。少なくとも、目的も無く破壊と殺戮を繰り返した魔族どもにだけは正義などありはしない。
だから俺は気に入らなかった。
悪の体現に他ならない魔族が、勝者のままでのさばっていることが。
かつて大陸には、ラグナという王国があった。
世界最大の規模、世界最強の練度を誇る伝説の騎士団を擁した国だ。
多くの達人、多くの英傑を輩出し、迫り来る蛮族や魔物を悉く返り討ちにしたその地は、騎士の国とまで呼ばれた。
俺の血筋は、既に滅びてしまったそのラグナの末裔と言うべきものだ。
ひいじいちゃん――オズワルド・エッジワースは《北天の英雄》とも呼ばれた、優秀なラグナの騎士だった。
魔族の来襲によって騎士団が壊滅し、王家が全滅しても尚、諦めずに最後まで魔族と戦い続け、そうして唯一あの人だけが生き残った。
侵攻から一月も経ち、大地の全てが死に絶えた頃、オズワルドは誰もいなくなった戦場に立っていたのだという。
片腕と片目を失い、全身に怪我を負った半死半生の身でありながら、彼はどうにかリエラの村に落ち延びてその血を繋いだ。
俺が生まれたのはそれから百年以上も後のことだ。
物心ついた頃にはじいちゃんからラグナに伝わる英雄譚をいくつも聞かされたし、学んだ槍術だって英雄オズワルドから受け継がれた一子相伝のものだった。
子供の手遊びから食べる料理に至るまで、折に触れて騎士の国の文化を知った。
どれもこれもがエッジワースの血の中で途絶えることなく連綿と続く、ラグナという国の存在の証だった。
たとえ何百年の月日が経とうとも、俺にとってのラグナはかつて存在していた国では終わらない。
知ってしまったからだ。いつかその地で生きていた人々を。無念のうちに踏み躙られた同胞たちを。
生まれる前に滅びていても、ラグナは確かに俺の故郷だった。取り戻すべき祖国であり、聖地だった。
だから俺は、騎士になると決めた。
ラグナという国を、本当の意味で滅ぼしてしまわない為に。
奴らが戯れに踏み躙った国が、けして軽んじてはならないものだったのだと刻み付ける為に。
十三になった頃、村に立ち寄った一人の冒険者に付き纏うようにして俺は旅に出た。
自由の騎士になるという選択が間違いだったとは思わない。
仕える主君がいなくとも、護るべき民がいなくとも構わなかった。
騎士の誇りに忠誠を誓い、あの地に眠る同胞の安息を護ることが出来るなら――
俺が槍を取る理由は、それだけで充分だった。