その6 治療と謝罪とセクハラタイム
「……そうか。 いや、悪い。 忘れてくれ」
雷牙の聴覚(アストロボーイ級)は、ルチルの声が僅かに震えていることに気付き、深入りするのをやめた。
ルチルは、その気遣いに気付いたのか、僅かに頬を赤らめた。
だけど、その変化は、雷牙には気づかれていなかった。 雷牙は食事に戻っていたからだ。
~~~ 閑話休題とか言って見たり ~~~
食事を終えた雷牙は、ルチルに案内され、別の部屋へ移動していた。
道中の通路も、『医務室』の札がかけられたこの部屋も、すべて岩でできていて、観葉植物の照明が並んでいた。
医務室には窓があって、日光が差し込み、結構明るかった。
そして、手当てを受けている人は、雷牙だけではなかった。
周囲には、けがの手当てをしている人が大勢いる。 恐らく、ここまで逃げてくる途中で、あの部隊に襲われたりしたのだろう。
「ほ、包帯…変える、から……、そこ、す、座ってて……」
「おう」
雷牙は言われるまま、木製のベンチに腰を下ろす。 そう言えば、このベンチも、見たことのない木材が使われている気がする。
こんな所にも、別世界だと思い知らせてくる要素があるものだ。
”””部屋自体も、血腥いな。 死人がでてる部屋の匂いだ。”””
雷牙にとっては、特段異様でもないが、一般人なら、においだけで気分が悪くなるような部屋だ。
きっと、薬や輸血がなくて死んでいく人もたくさんいるのだろう。
「お、おまたせ。 包帯……変える…ね」
ルチルの腕の中には、使い古された包帯が握られていた。 洗っても落ちない類の汚れが染みついて、不気味だ。
「じゃあ、う、動かない、で……」
ルチルが包帯をほどこうとした瞬間、殴られたような激痛が走った!
「グ……ッ!」
「あ、ご、ごめん…なさい…!」
雷牙が肩を押さえると、ルチルは、怯えたように手を離した。
その拍子にハラリと包帯がほどけて、べっとりと血液がこびり付いた傷口が露わになる。
生々しい傷口に、ルチルの顔が青ざめた。
「……ごめん、なさい。 わ、私の…せい…で」
「いや」
雷牙は首を振った。
「これは俺の実力の問題だ」
「……?」
「お前を庇って負った傷なのは確かだけどな。 だけど、それを防げなかったのは、俺が未熟だからだ。 気に病むことはないぜ」
「ら、ライガ……」
ルチルが落ち込んでるのをみて、雷牙は、話題を逸らすことにした。
「そういえば、この手当、お前がやったのか?」
その言葉に、ルチルは、ビクリとした。
「ご、ごめんなさい……。 へ、下手…だった…?」
雷牙は首を振った。
「逆だ。 良い手際だと思うぜ。 この深さで、化膿してない。 衛生管理と、迅速な手当てができてる証拠だ。 ───ありがとな」
「……」
そこで会話が途切れた。 実際、ルチルは褒められることに慣れていないのか、日本語で表記するのが困難な表情をしていた。
無言の空間で、包帯を巻く音だけが響く。
手際のいい動きだ。 おそらく、この手の救護活動に慣れているのだろう。
それは、年端もいかない少女が慣れているべきではないことだと、雷牙は思った。
「で、できたよ……」
「おう。 ありがとな───ッ」
雷牙が立ち上がろうとしたその時、激しい立ち眩みが襲った。
現在、雷牙の肉体は血液を大きく損失している。なので、少しでも無理な動きをすると、一気に視界がブラックアウトする!!
「く、うぉ!?」
思わず倒れ込みそうになり、反射的に腕を伸ばす。 なんでもいいから掴めるものが欲しい。
闇雲に手を振り回した結果、何か、柔らかいものに手が触れた。
「……ダ、ダメッ!」
布の感触がしたが、うまくつかめずに、脚が床を離れる。 そのまま横向きに倒れ込み───
DOOON!
咄嗟に右手を突き出して、受け身を取ることはできた。 だが、視界が黒く染まったままだ。
「……」
数秒間の静止の後、ゆっくりと視界が戻ってくる。 そして、最初に見えたのは、眼前50㎝にある、ルチルの顔だった。
突然の事態だが、チーター級の速度についてこれる動体視力の持ち主の方なら、今の動きが見えたはずだ。
具体的に言うと、雷牙に腕をつかまれて、ルチルがもんどりうって倒れ込んだ光景が、だ。 尚、この行為は偶発的かつ突発的かつ不可抗力であり、卑猥は一切ない。
ないったらない。 いいね?
「あ…あの…えっと…」
怯えたような表情で、ルチルは雷牙を見上げた。
そこで、雷牙は左手に伝わる、やーらかい感触に気付いた。 というか、ルチルのおっぱいを揉んでいた。
それは、やーらかくて、弾力抜群で、小さな躰に反比例するように豊満だった。
「す、すまん……!」
雷牙は、とりあえず数回揉んで感触を手に焼き付けてから、慌てて手を離した。
「……ヘンタイ」
「身に覚えがないな! 不可抗力だ!」
そして、躰を起こそうとした、まさにその時だった! (なぞの演出入りま~す)
ガチャリと扉を開ける音!
「ッ!?」
雷牙の視線の先には、人影! 誰だ!? 即座に顔を確認しようとしたその時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。
「……なんだい、お取込み中かい。 これは、出直した方が良かったかね?」
「いや、別に」
雷牙は片手の筋力だけで器用に立ち上がると、手の埃りを掃った。 部屋に入ってきたのは、レラだった。
尚、雷牙が立ち上がると同時に、ルチルは雷牙の下から抜け出し、そしてゴキブリの如く猛疾走して、レラの元へと逃げ込んでいた。
そして、レラの背後から泣きそうな目で雷牙を睨んできた。
「……! ……!」
涙目で何かを訴えかけるルチル。 その視線に、なぜか罪悪感が胸に突き刺さる雷牙。
「なにやってんだい。 アンタら」
レラの視線も痛い。
「まさか、初日で手を出すとはねぇ。 いや、三日ぐらい経っちゃいるけど、そんなに溜まってんのかね?」
「否、不慮の事故だ。 不可抗力だったんだ。 信じてくれ」
「……ま、まあ、いいさね。 それより、体調は? 丸三日間寝てたんだ。 少しは回復したかい?」
丸三日寝ていた、という事実が雷牙を驚かせた。 マジかよ。 腹が減るわけだ。
「少しはな。 だが、血と肉が絶対的に足りねぇ。 此の躰は傷の治りも早いし、感染症や何かにもつよいみたいだけど、それでも、一週間はかかるな」
「そうかい」
レラは笑った。
「アンタには二つ、伝えることがある」
「……?」
レラの表情が、僅かに険しくなる。
「まず一つ。
「ルチルを助けて、山の主と闘ってくれたことに、感謝する。
「今、アタシらがこうして話せるのはアンタのおかげだ。 雷牙」
レラはそう言って、深々と頭を下げた。 こういった動作や礼儀は、異世界でも共通らしい。 小さなことだが、共通点も多い世界だ。
「そんなに感謝されることでもないがな。 実際、助けられなかったヤツも多いし。 で、二つ目は?」
「あぁ、その実力を見込んでのことさ。 ───アンタは自分を弱く見積もってるみたいだけど、実際強い」
「ふむ」
「だから、その力を貸して欲しいのさ。 アタシたち、レジスタンスの為に」