農奴
敵は速やかに全滅させたが、目撃されている。 誰かに密告されたら御仕舞いだ。
もはや、雷牙にできることはない。 咄嗟の善意と引き換えに、自身の安全を失ったのだ。
「こうなったら、一か八か───ん?」
誰かの足音がした。 急いでいるような駆け足だ。
「リリ! 大丈夫か!? なぁ、リリ───ッ!?」
雷牙が振り返ると、そこには呆然と立ち尽くす、エルフの男の姿があった。
声からして、先ほど連行されていた人だろうか?
~~~ 五分後 ~~~
「いや、ありがてぇこってす。 なんとお礼を言ったらいいものか。 とにかく、リリが無事でよかった……!」
男は、涙をこぼしながら、気絶したままの娘を抱きしめた。
「いや、別にお礼とか、必要ないんだが」
雷牙は、男に簡単に事情を説明していた。 レジスタンスのことなどは伏せたが、おおむね正直に話したのだ。
だが、このあと数時間で、殺し合いとなる。 今更なにかをもらっても、無意味だ。
「そんなことを言わず! 娘の命の恩人なんですから!」
「命の……? やっぱり、ここで連行された人間は、殺されるのか」
「あ、旅人さんは知らないんですかい。 ───あれ、見えますか? あの塔」
男が指差したのは、農地から少し離れた場所にある、小高い塔だった。 煉瓦造りで、灰色の煙を吐き出している。
「あそこに連れていかれた人間は、二度と戻ってこないんでさぁ。 多分、あっしももう、先がないんです。 金もねぇし、借金を返す当てがネェ。 それに、憲兵が死んだとなったら、ここらの住民は、皆殺しでしょうなぁ」
「───それほど、かよ」
「えぇほら、ここら、あんまり人がいないでしょう? みんな、憲兵に連れていかれちまったんでさぁ。
「数年前までは、この村も平和だったんですけどね。
「貧しいながらも、良い村でしたよ。 それが、あの災厄の日から変わっちまった。
「ギラルを英雄だなんて思ってたのは、最初のうちだけでさぁ。
「しばらくしたら、奴は本性を表して、村を支配しちまった。 ……今じゃ、逆らったやつは連れていかれて、二度ともどってきやしねぇですだ」
「あぁ、そういうことか」
雷牙は納得したように頷いた。
「だから誰も通報しないのか。 誰も、自分が死にたくはないからな」
「そういうこってす。 ま、ここでアンタにこんなこと話しても、何にもなりゃしないってのは分かってんですがね」
「……」
「憲兵殺しがばれたら、あっしらはおしまいです。 こうなりゃ一か八か、一揆でも起こすしかねぇ」
「……」
床の死体には、べっとりと血糊が付いていた。 床や壁の血飛沫もそのままだ。
「そういや、死体、そのままだな。 汚しちまって申し訳ねぇ。 外の奴もそのままだし、片付けねぇと」
「いやいや、恩人にそんな労働させられねぇですよ! こいつらはあっしが片付けときますんで、アンタはゆっくりしててくださいよ。 あ、そうだ。 こんなもんしかねぇですが……ちょっと待っててくださいよ」
「……?」
男は戸棚を漁ると、木箱を取り出した。 中身は、糒と干し肉だった。
「少しでもお礼を、と思いまして。 お口に会えばいいですけどね」
「……いいのか? 保存食なんだろ、これ。 貴様と、貴様の娘が飢えるんじゃないのか?」
雷牙は家の中を見渡した。 どう見ても、貧しい家だ。 男の服も、リリと呼ばれていた娘の服も、使い古されているし、家の中に金目のものはない。
食費に余裕があるようには見えないが。
「いいんでさぁ。 憲兵に目を付けられた時点で、あっしらに未来はねぇ。 まぁ、できればリリだけは逃がしたいですけど、それも絶望的だ。 それなら、食料を残すよりかは、食っちまったほうがマシですわ」
「……そうか。 それなら、有難く頂くがよ」
男の言葉を聞いて、雷牙は、受け取り拒否をあきらめた。 それに、消費カロリーを考えると、今のうちに補給しておきたいところだ。
「───いただきます」
雷牙は深く手を合わせ、一礼をすると、肉と芋を頬張った。