作戦開始
「ライガ……もう、行っちゃう・の?」
洞窟の入り口で、二人は向かい合っていた。 すでに正午は過ぎ、森には斜めの木漏れ日が降っている。
「……もう、二度と会えな・いかも、しれな・いんだ・よ?」
ルチルの手が、雷牙の鎧に触れた。 リックから奪った、簡易鎧だ。 動きやすいので、使うことにした装備。
「確かに、な。 あったこともない相手に、勝つだなんて約束はできないよな」
「だったら……!」
「でも」
雷牙は拳を握った。
「───きっと、俺の方が強い」
「……ライガ」
「それに、今回は一人じゃねぇ。 レジスタンスの仲間がいる。 いざとなったら、助けてもらうさ」
ルチルの顔の不安は、拭えていない。
「ホント・は……行ってほし・くない・よ……」
ルチルは思わず、雷牙の腕に抱き着いた。 その手は、僅かに震えていた。
「ルチル……お前……今日も柔らかいな」
お分かりだろうか。 抱き着いたことにより! ルチルの胸がッ! いい感じに押し当てられていたのだ───ッ!!
これは至福! 至高! 巨乳こそ正義!
「活字にすると伝わりにくいけど。 ルチル、お前すげぇいい感じだぜ」
豊満!
「……ッ。 ば、バカぁ……!!」
ポカスカと、ルチルの拳が雷牙を叩く。
「ヘン…タイ……!」
顔を真っ赤にして言うルチルに対し、雷牙は満足げな顔だ。
雷牙は、時々巫山戯ているように見えて、決して一線は超えてこない。 あまり直接的なことは言わないし、無理に触ったりはしない。 多分。
ルチルが不安なのを和らげようとしているのだ。 それは、ルチルも薄っすら気付いている。
「もう……」
「まぁなんだ。 こういうやり取りは好きだし、もう一回やりたいしな。 買って帰ってくるぜ。 大船に乗った気でいてくれ」
「う、うん……。 信じて・る……から」
「あぁ。 その一言だけで、誰よりも強くなれる。 ───行ってくるぜ」
~~~ クサリ村へ ~~~
森林地帯を抜け、クサリ村まで約4時間。 雷牙の脚なら、2時間もあればつく。 元々川沿いに歩くだけなので、特に迷うこともない。
さて、日が暮れるころを見計らって襲撃をかける。 レジスタンスの本体が到着するまで、後2時間。 それまでに、相手の戦力を引き付ける必要がある。
できるだけ多くの戦力を、本丸から引き離す。 それが雷牙の役目だ。
「成程。 見りゃわかるってのはこういうことか。 分かりやすいな」
高々と建てられた、木製の柵。 高さは約4mあり、かなり丈夫なつくりだ。
「……このくらいしねぇと、魔物から村を守れねぇんだろうな」
農村と言えど、この世界では防柵抜きでは、魔物のエサになるのがオチだ。 相手はゲリラやテロリストなどではなく、火を噴き、空を飛ぶ魔物なのだから。
「さて……と」
さすがに正面には見張りがいるので、見張りの眼の届かない位置を狙って壁を超える。 今の身体能力なら、4m程度、障害にもならない。
「道を歩く気分で超えられるんだよな。 便利な躰だぜ」
サクサクと柵に登り、村の内部を見渡す。 と、村の道に、人影が数名。
「憲兵っぽいのが歩いてんな。 仕方ねぇ、一旦隠れるか」
雷牙は柵から飛び降り、近くの民家の陰に隠れる。 何故か人通りは少なく、誰にも見られることはなかった。
「……」
雷牙は建物の陰から、憲兵を観察する。
装備は皮の鎧、短めの槍、そして腰には、皮の鞭。 ───推測される役目は、懲罰または拷問、だ。
雷牙は息をひそめた。 周囲の人通りは少ないが、数名の村人がいる。 ウカツをすれば、雷牙の存在がばれ、作戦は台無しだ。
迂闊には動けない。 例えば、目の前で憲兵が無法を働いているとしても、助けに行くことはできないのだ。
───だが、現実とは、理不尽な物である。 憲兵たちは一見の民家の戸を蹴破り、中へ押し入ったのだから。
「チ……こんな時に……!」
雷牙は目を閉じ、聴覚を研ぎ澄ませた。 辛うじて声は聞き取れそうだ。
『お前の家は、前に金を借りてたよな』
『そして、返済がまだだったよな』
『お、お許し下せぇ。 金は、金は必ず返しますんで!』
何かを叩く音。
『お前、前にもそう言ってたよなぁ? だが、利息がたまって、もう限界なんだ。 お前らの命をもらう』
”””闇金、か。 利息とか言ってたな。 村人に金を借りさせて、暴利で金をむしり取って、合法的にあらゆるものを取り立てられる。 そういうことか?”””
”””だが、そんなことができるなら、なぜこんな農村にこだわる。 もっと大きな町ならともかく、ここで奪えるのは作物くらいだろ”””
そんなことを考える間に、話が進んでいた。
『と、父ちゃん!』
『チヨ、すまねぇ。 もう、おしまいみてぇだ』
『───つれていけ。 貧相な男なぞ、大した価値はないだろうが、炉にくべれば、少しは足しになるだろう』
『ハッ! さぁ、とっとと歩け。 此の愚図が!』
家主と思しき男が連行されていく。 その両脇には、憲兵がついている。
『これで親父は片付いたわけだ。 さて、残るは娘の方だが……結構な上玉じゃねぇか。 炉にくべる前に、少し、楽しませてもらおうか』
『え? や、やだ。 こ、来ないで、来ないで、───ギャア!』
女の声。 鋭い音。 悲鳴。 ビリ、と何かを破る音。 悲鳴。
”””チ、こんなことだろうとは思ってたがよ。 どうする? 助けられるか?”””
憲兵を確実に仕留めなければ、応援を呼ばれてOUT。 村人の密告でもOUT。 だけど、迷ってたら、助からない!
「───俺は、六道雷牙だ。 雑魚兵士にナメられてたまるかよ!」