教会と地下牢と奴隷取引
「これが……この竜が、みんなが…私を…恐れる、理由」
ルチルの顔に、影が落ちる。 なにか、重大なことを抱えている表情だ。
「私が……ここの人たちを───殺した───から」
「見せてあげる……。 私の……キオク」
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ここで物語は、3年ほど、遡る。 3年前つまり、真暦3217/3/10、クサリ村の教会から、記憶再演を始めよう。
おっと、ここから先は本当に後味の悪い話が展開される。 覚悟ができているのでなければ、この章を飛ばすことを推奨しよう。 それでも読みたいのなら、この先に進むがいい。
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クサリ村は、ドラン王国の片隅にある農村の一つだった。 その日までは。
暗雲が天を隠し、豪雨が地を叩き、雷鳴が轟く日に、クサリ村の運命が決定されたのだ。
おお、見よ! この豪雨の中、歩いてくる人物がいるぞ! レインコートで隠れるため、顔は分からない。 一体、こんな雨の日に何を?
その答えは、男の前方100m地点にある。 それは、村の教会だ!
ギィイイ……。 金属音と共に門が開き、人影を迎え入れる。
「……私だ」
人影は低い声で、戸に囁いた。 男の声だ。 すると戸が開き、神父が現れた。
「ようこそ───ギラル様」
ギラルと呼ばれた男がフードを外した。 その時、稲光が男の顔を照らした。 白と黒の鬣を持つ、獣人族の男だ。 顔が怖い!
「クク───約束のものは、用意できているか?」
「無論で御座います。 さぁどうぞ、こちらへ」
そう言って神父はギラルを迎え入れ、本棚に手をかけた。
あ~っと! 見よ! 本棚の仕掛けが開き、隠し通路が姿を現した!!
二人は、現れた階段を下っていく。 その姿を、赤紫の提燈が不気味に照らす。
そして、逆さ十字の描かれた、背徳的な扉を開けると、むせかえるような嫌なにおいが漂ってきた。
「この臭い、懐かしいものだな。 久々に聞く、死体のニオイだ」
ギラルは満足げに頷いた。
おお! この臭い! これは死臭! 扉の先は、地下牢に繋がっていたのだ!
薄暗い部屋に、鉄格子が並ぶ。 そして、その中には、やせ細った子供の姿が、いくつも見える。 どれも虚ろな目をしていて、正視に耐える姿ではない。
地下牢は薄汚れ、その鉄格子には錆が浮かんでいる。 だが、それよりもなによりも、壁に刻まれた、細い線が、恐怖を煽っていた。
この線は、『出荷』『入荷』されていく子供たちが、最後の抵抗として壁に残した爪痕、その集合体だ。 壁に爪を立てて抵抗し、それを蹴り飛ばされ、押さえつけられ、首輪をはめられ、地下牢に監禁されていく……。
後に残るのは、悲鳴の残響と、涙の跡、そして壁の線だけだ。
「しかし、おぬしもワルよのう。 表向きには孤児を保護するなどと言い、裏では人身売買とはな」
「いえいえ、日夜人体実験をしておられるギラル様には敵いませんて」
「ククク。 お前にはあの実験の価値は分からんよ」
と、そこで神父が足を止めた。
「ギラル様。 こちらがお求めの品で御座います」
「ほう、これは……!」
檻の中にいたのは、幼い姉妹だ。 岩石族特有の
褐色の肌、白い髪。 粗末な服に、首輪、足枷、手枷……
そして、怯えた目で檻の外の二人を見ている。
「お望み通り、十代前半、生体魔力A判定の女で御座います。 お気に召しましたかな?」
「うむ、十全だ。 では、約束通り……」
ギラルは懐から小袋を取り出し、神父に渡した。 神父は中身を確認すると、ニマリと哂った。 袋の中身は、色とりどりの宝石だった。
おお! 考えるだに恐ろしい取引が行われようとしている!!
「ハイ、確かに」
神父は檻の戸を開け、中の壁にかけられている鎖を手に取った。 鎖の先は、姉妹の首輪に繋がれている。
「そう言えば、名は何というのだ?」
「ハイ。 左が、『ルチル・E・ガーネット』、同じく右が『ヒスイ・E・ガーネット』。 間違いなく、あの血族に連なる物で御座います」
「……なるほど。 間違いはないようだな」
「はい。 ───ホラ、おまえらとっとと歩け!」
神父が鎖を引っ張ると、姉妹はよろめくように檻を出た。
「あ……!」
その時、ヒスイが檻の縁につまづいて転んだ。 手錠が石の床に当たって、甲高い音を立てる。
「何をやっている、愚図が!」
神父が、鎖につけられた宝石を握り込むと、首輪から電撃が放たれた。
「アアアア!」
バリバリと電撃がヒスイの幼い躰を責め苛む。 ヒスイは、苦痛に身をよじらせた。
「おい、なにをやっている? 遊んでいないで、とっとと馬車に乗せろ」
「も、申し訳ありません! そのようなつもりは……!」
「フン、まあいい。 早くしろ。 私は暇ではない」
「ハイ、今すぐに! ホラ、早く歩け! ギラル様がお待ちだ!」
姉妹は、神父の鎖に引っ張られ、階段を上った。 そして二人は、外に停められていた馬車の荷台に、押し込まれ、豪雨の中を出荷されていった。