昼飯タイム・前編
「安心しな。 アタシのカンは当たるんだ。 アイツは人間も怪物もいっしょくたに見てる。 きっと変わらないさ」
「うん……。 そうだと、いい、ね」
~~~ メシな ~~~
ズシィン! 岩と木でできた粗末な厨房。 そこに、200kgはあろうかという巨大な猪が置かれると、少し地面が揺れた。
「ヒッ……」
自身よりも大きな魔獣の死体に、料理担当の少女は、か細い悲鳴を上げた。
翡翠のように淡い髪の精霊族だ。
「え、あ、あの……これは……」
「今日の昼メシだ。 やっぱ、新鮮な肉が一番だよな!」
そう言いながら、雷牙は少女を観察する。 服の隙間から、いくつかの傷跡。 この少女も、難民のようだ。 肌のツヤも悪い。 栄養状態が悪い証拠だ。
「こ、この魔物は、貴方が、狩ったんですか?」
「そうだけど。 どうかしたか?」
「い、いえ。 強いんですね……」
少女は感心したように言った。
「こんな化け物を、仕留めるんだなんて。 こんな人がいたら……おじいちゃんも」
「……? まぁいいか。 とっとと解体すぜ。 急がないとメシの時間に間に合わねぇからな! え~っと」
名前を呼ぼうとして、名前を知らないことに気付いた。
「あ、言ってなかったですね。 私、アマナと言います。 アマナ・メイヤー」
ペコリと少女が一礼をする。 雷牙の言動に警戒を緩めたのか、声の緊張が少し解けた気がした。
「俺は雷牙だ。 よろしくな」
「あ、はい。 よろしくですよ」
「おうよ。 さて、肉の解体の経験は、あるか?」
~~~ 赤駒 ~~~
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ジュワ~。 肉を焼く音と、香ばしい匂いが洞窟内に広がっていた。
勿論、匂いの発生源は厨房だ。 そこでは雷牙が、鉄板の上で大量の肉を焼いているのだッ!
「いっやー、久方ぶりのまともなメシだ。 やっぱ、うまいもん食わねーと力がでねーよな!」
雷牙は、アマナの協力を得て魔猪を解体し、それが今日の昼飯になろうとしていた。
「まったく、牛の解体よりも大変だったぜ。 血だけでも樽一杯分も出やがるし、堅いし、調味料もないしな。 拾った岩塩しか使えないってキツくないか?」
香辛料! 一般には胡椒などが知られるスパイスのことである。 だが、物流がまともに機能していないこの山では、胡椒など手に入るべくもない。 他の地域でも、同質量の黄金と等価なのだから。
さて、貴族がワインを飲むときに小指を立てる理由を知っているだろうか? その昔、香辛料が貴重だった時代、香辛料は親指と小指でつまむのが一般的だった。
そのため、小指に水滴がつくことを避ける必要があったのだ。 水分で香辛料をダメにするなどもってのほかの行為だったのである。 それくらい、貴重品だったのだ!!
さて、香辛料抜きでどうするのか? 当然、天然で手に入るものだけを使う。 つまりは岩塩だ。
塩を揉み込めば、肉の臭みを消せる。 そして、普段から汗をかく肉体労働に従事する彼らにとって、塩分は多量に必要であり、それを満たすことはすなわち、本能へと満足感を与えることに等しい!
単に小麦と塩を突っ込んで焼いただけの肉だが、五臓六腑に染み渡る馳走となっていた。
『メシはマジ重要』とは、かの始皇帝も言っていたことである!
「そうそうアマナ。 病人食の方は、出来るだけ細かくして、ぐずぐずになるまで煮込んでくれ。 消化に悪いと、胃腸を弱らすからな」
「はいですよ」
雷牙が肉を焼く隣で、アマナは大なべをかき混ぜていた。
普段作られるのは、保存状態の悪い作物、森で見つけた果実、その他食えそうなものを片っ端から入れて煮込む即席シチュー。
当然、クソ不味い。
『これは拷問器具かね?』とは、同じものを食した際の美食家、ドリアン・ヴァンガード氏の言葉である。
そこで雷牙は、現代の調理知識を持ち込み、多少なりと味の改善をした。 この世界の飯と比較すれば、雷牙の知識は画期的だったのだ。
具体的には、すべての食材をかじって味を確かめ、レシピを作り直した。
「料理の腕って大事だな。 見慣れない食材でも簡単なことで結構変わるもんだ」
「雷牙さんは料理人だったのですか?」
アマナの問いかけに、雷牙は首を振った。
「別に、そういう訳じゃねーけどよ。 なんつーか、ガキの世話と飯炊きは日課だったんだよ。 こんなところで活かされるたあ思わなんだがな」
「昔のコト……ですか?」
「ん? ああ、気にすんな。 ここじゃあ、関係ないことだ」
そう言った雷牙の顔は少し寂しげだった。
~~~ 昼飯であるゥ! ~~~
「さーさー、肉食え肉! 保存がきかねーからな。 しっかり食っとけよ!」
時刻は正午。 尚日時計なのであまり正確ではない。 食堂につけられた天窓から、日光が差し込み、とても明るい時間だ。
そんな中、雷牙の前には、行列ができていた。
「久しぶりの肉だ!」
「ゲロまずシチューじゃねぇぞ!」
「腹一杯食える……だと……!?」
「この喜び、村に残してきた母さんにも伝えてあげたいよ!!」
先週、雷牙にボコボコにされた兵士たちは今、雷牙の目の前で、ボロボロと涙をこぼしていた。
「想像を絶する喜びようだな……」
「それだけ美味しいってことですよ。 私だって、こんなに美味しいの、初めてですから」
「そうなのか……」
「普段は、獣王とその軍勢から隠れてるですからね。 畑も目立つところには作れないですし、食料探しは命がけですし」
肉にかぶりつく兵士たちを見ながら、アマナは遠い眼をした。
「なるほどな。 この森には、食えるもんなら山ほどあるのに、探しに行けないわけだ」
「この山は、魔物が多いですからね。 人間なんてただの食糧です。 ……だから、雷牙さんは英勇なんです。 貴方は誰よりも強いから」
「……期待が重いぜ」
雷牙は自身の手を見た。 鉤爪の付いた、荒々しい手だ。
「さて、と。 怪我人共にも飯をもっていかねーとな。 アマナ、そこの食器持ってくれ」
「あ、はい!」
アマナが食器を集める横で、雷牙は片手で大なべを持ち上げた。 尚、鍋の総重量は20㎏ほどだ。
「んじゃ、配給に行きますか!」