ガールズ・トーク
たっぷり五秒間の空白を得て、ルチルはハッと我に返った。
「ライ、ガ……?」
「おうよ。 無事か? 怪我は、な……」
そこで、ルチルが裸であることに気付き、台詞が中断された。
その胸は、今日も豊満だった。
~~~ 拠点にて ~~~
「で、またセクハラをして、嫌われた、と。
「アンタ、若くてサカるのは分かるけど、あんまりすぐに手を出すのはどうかと思うよ?」
ずぶ濡れのまま拠点へと戻った二人を、レラはあきれ顔で迎え入れた。
「不可抗力だ……。 というか、今回は触ってねぇ。 信じてもらえるかはともかくな」
ちらりと横を見ると、若干怯えた顔のルチルと目が合う。 が、すぐに視線を外されてしまった。
「……見ないで、って…言った…のに。 ……のぞき魔」
「誤解だァ!?」
「諦めな、雷牙。 あの娘は誰とも仲良くならないのさ」
「……仲良く、ならないとは、どういうことだ?」
「そのままの意味さ。 アタシとしちゃあ、誰かと仲良くなってほしいがね」
レラは遠い眼をした。
そう言えば、ルチルがレラ以外といる所は、見たことがない。 少し不自然だと思っていたが、それ以外に考えることがあって、気にしていなかった。
だけど、気付くと、確かに不自然だ。
「相当、酷いことを、されたんだな。 虐待されてたガキを引き取ったことは何度かあるが、人を信じられるようになるのは、難しいんだよな」
「おや、詳しいねえ」
「まぁな。 一度絶望に沈んだ心は閉じる。 それをもう一度開けるのは……正直、時間がかかるな」
「……経験してきたかのようなものいいだねぇ。 じゃあ、ルチルには引き続き、アンタの世話係をやらせるから、仲良くしなよ」
「俺は介護老人かよ。 ま、それが一番まともだろうが、な。 だけど、当人の意思は?」
「……わ、私は、いやじゃ…ない…けど」
ルチルは小さく俯いた。 雷牙と目を合わせたがらないのは、何故だろう。
「なら、問題ないさね。 気に入られたかね?」
「気に入られる? 俺が?」
「あー、気付いてないなら、それでいいさね」
「……? まあいい。 それよりも厨房へ案内してくれるか? この猪の肉を、さっそく今日の飯にするんだからよ!」
~~~ 赤駒な ~~~
「レ、レラ……私…ね…」
ルチルは、そこで一度間を置いた。 代わりに、衣擦れの音が響く。
ここは、レジスタンスの拠点の奥にある、ルチルの私室だ。 ある理由から、ルチルとレラ以外の人間は訪れない。
ルチルは、濡れた服を脱ぎ、古びたラックにかけた。 誰かさんのせいで、着替えまでずぶ濡れだ。
「何だい。 アイツのことが好きなのかい?」
「べ、別に……ライ…ガ…のこと、は……、気になる、だけ、だから……」
レラの問いかけに、ルチルの頬が赤く染まる。
「へぇ」
だが、レラはその反応を見逃さない。
「名前は言わなかったんだけどねぇ。 そんなに雷牙のことが気になるのかい」
レラはベンチに座ったまま、ルチルに微笑みかける。 当のルチルは慌てふためいて、図星だと態度で告げていた。
「あ、あの、えっと……、ま、まだ、よく…わからなく…て」
ルチルは俯いて表情を曇らせる。
「れ、レラ以外で、誰かに優しく……されたの、初めて…だし…。 あ、家族は、優しかったと、思う…けど…」
「なるほどねぇ。 人に愛されたことがないんだから、そうなるさね。 アタシも忙しくて、かまってあげられてないしねぇ」
実際レラは忙しい。 50人以上いるレジスタンスや難民を管理するのは、実際激務! こうしてルチルと会話する時間が、レラにとっては数少ない休息なのだ。
「ま、それなら。 これから覚えていけばいいさね。 アイツは良い男だろう? 強いし、見かけで人を判断することもないし、まぁ、喧嘩っ早いのはともかくとして」
「……うん」
「話してればわかる。 アイツは本質的に悪人になれないタイプだ。 フフ、子供好きみたいだし、ぞんぶんに甘やかしてもらうがいいさ。 『竜の巫女』を、アイツは怖がらないだろうしね」
「……ほん、と?」
ルチルはサラシを巻きなおすと、レラに向き直った。
「ラ、ライガ…は、私のコト…知っても、変わらない、かな?」
レラは諭すように、ルチルの頭を撫でた。 それは、とても優しい手つきだった。
「安心しな。 アタシのカンは当たるんだ。 アイツは人間も怪物もいっしょくたに見てる。 きっと変わらないさ」
「うん……。 そうだと、いい、ね」