その11 暴走する牙
「ハッ、誰が、ゼェ……、認める、かよ……!」
「そう」
メアは無表情に頷き、次の瞬間、雷牙へと前蹴りを繰り出した!
ボグッ!
「グハッ!」
顎へと直撃! だが、雷牙に反撃する体力は残されていない!
二発目、三発目! メアの身体能力も、常人を超えるレベルだ。 そして、何発目かの蹴りが左肩にヒット!
「グアァア!」
激痛が襲う! もはや打つ手はないのか? このままでは傷口が開き、雷牙は失血死してしまうぞ!
「レラに気に入られてるからって、いい気になってるからよ。 さぁ、くたばりなさい!」
メアが大振りな一撃の準備に入る。 見るものが見れば、それは古代暗黒格闘術ムエタイの膝蹴りの動きだと分かるだろう。
踏み込み入りの蹴りが入れば、いくら雷牙といえど、無事では済むまい。 どうする、雷牙?
ヒュン───無慈悲な蹴りが雷牙へと吸い込まれ、ピタリと停止した。
「!?」
メアは反射的に足を引こうとするが、まるで万力で挟まれたかのように動かない。 それもそのはず、雷牙の左腕が、脚を捕らえているからだ。
雷牙の体力が回復し、ガードしたのか? 否、雷牙は意識すら手放している。
その証拠に、虚ろな目をしている。
では、雷牙はいかにして動いているのか? 答えは簡単、『怒り』だ。
怒りが、雷牙のうちに眠る本能を呼び覚ましたのだ。 読者諸君は思い返していただきたい。 雷牙は気合だけで山の主の突進を止めた。
だがちょっと待て。 人間と竜では体格差がありすぎる。 竜の突進を止めるために必要な力は、およそ5トン。 いくら雷牙と言えど、無茶な数値だ。
だが、雷牙はやってのけた。 自らの内に眠る力を呼び起こし、竜を狩り取った。 そして、今の雷牙は、その時の力を発揮しているのだ!
メキメキ。 雷牙の握力が、メアの脚を攻め立てる。
「は、話しなさい!」
メアは足を動かそうとするが、まったく意味がない。 そして、雷牙が立ち上がったことで足を引っ張られ、無様に転倒した。
「キャッ」
足を掴まれているせいで、受け身も取れずにダウン。 突然のことに、周囲の兵士たちも動けずにいる!
「あ、アンタたち、助けな───」
ボキン
「GYAAAAA!」
まるで小枝のように、メアの脚が骨から折れ、悲鳴が上がる。 激痛にのたうち回るメアを嘲るかのように見下す雷牙の姿!
その貌には、邪悪な笑みが浮かんでいた。 コワイ!
ニタリ。 雷牙の異様な雰囲気に気圧され、兵士たちは距離を取る。
そして、そのことを、兵士たちは後悔した。 なぜか? 雷牙は兵士にも容赦しなかったからだ。
雷牙の右腕が振られ、兵士の一人が場外まで吹き飛んだ。 ALASH! 辛うじて生きているが、あと数ミリの差で兵士は死んでいた!
雷牙はそのままの勢いで、残る兵士を瞬殺! もはや描写が馬鹿々々しいほどの動きで、兵士を全滅させたのだ。
そして、雷牙はゆっくりとメアに向き直り、その首を掴んで、片手で持ち上げた───ッ!
「カッ……ハ……」
片手でのネックハンギングツリーに、苦しそうにメアが喘ぐ。 だが、雷牙は動かない。 ミシミシと指が食い込み、危険な状態!
メアの視界が、だんだんと暗くなっていく。 その中で、邪悪な笑みを浮かべる雷牙の姿だけが、網膜に焼き付いて───
「そこまで!」
遠くから声が響いて、メアの躰が落ちた。
声の主は、レラだった。 騒ぎを聞き、駆けつけてきたのだ。
「……」
その姿を見た途端、雷牙の瞳から殺意と邪悪さが消えていく。 まるで、何もなかったかのようにだ。
「バケ……モノ……」
その言葉を最後に、メアの意識は奈落へと落ちた。