その9 嫉妬とか敵対の物語
「普段は男には絶対近寄らないんだけどねぇ。 今のところ数少ない例外さね。 惚れられたかね?」
「れ、レラ……!」
レラが茶化すと、ルチルはわずかに表情を変えた。 恐れと怯え以外の感情が乏しい少女だが、たまには表情筋が仕事をするらしい。
「……さて、と。 アンタはこの世界の住人じゃないってことだ」
「信じるのか?」
「まぁね。 ただ、今の今まで神話の中の世界だと思ってただけに、少し驚いちゃいるけども」
レラが遠い眼をした。
「ガキの頃に聞いた昔ばなしさね
「今から300年も昔、どこか遠い世界からやってきた英勇が、世界を救った、なんて話さ。
「この国に住む人間なら、誰でも知ってる御伽噺さ」
「なるほど。 前例がないわけじゃないのか。 真偽のほどはともかく」
「あぁ。 それに、魔術や七種族について、知らないのは今どき、よほどの原始的な田舎民くらいなもんでさ。 それに、竜殺し級の実力者が近くにいたら有名になってるだろうし、それ以上遠くから来るには、荷物無しはおかしい」
「俺は、ド田舎の喧嘩屋ってところか。 箱入りのお嬢様には需要があるだろうが、世間知らずの野郎なんざ、需要がねぇな」
雷牙は自虐的に笑った。
「そ、そんなこと…ないよ…。 ライガは、強い、から……」
ルチルがフォローを入れるが、雷牙は首を振った。
「いんや。 俺は強くはねぇよ。 前にも一度、女一人さえ助けられなかったことがあるしな」
「……?」
「あぁいや、昔の話だ。 ……まぁ、今回も助けられなかった難民が大勢いる。 今この瞬間にも増えてるんだろ?」
雷牙は天井を仰いで、頭を抱えた。 その表情には、諦めが浮かんでいた。
「なぁに言ってんだい!
「若い男がそんなことでどうするよ!!」
レラは身を乗り出すと、雷牙の眼前に爪を突き出した。
「いいかい? 強いだの弱いだのは大事なことじゃない。 やるかやらないかが大事なんさ」
「……」
「例えば、アンタは、ルチルを守るためにやった。 自ら動いた。 その結果、ルチルやアタシやレジスタンスの仲間の命を救った。 これは英勇と呼ばれるべき偉業さね」
「……あぁ、そう、だな。 すまん、ちょっと落ち込んでた」
「いいさ。 それに、アンタくらいの実力があれば、そうそう死なない。 だから戦いな。 自由ってのは、戦わないと手に入らないんだから」
~~~ メガネの汚れは気にする派なんだ ~~~
「……で、いつまで隠れてんだ? 出てこんかいワレェ」
レラの部屋を出て、少し歩いたところで雷牙は立ち止まり、柱の影を睨みつけた。
そこには一見誰もいない。 否! 雷牙のニンジャ感知力を以てすれば、この程度の隠密を見破ることなど、アサメシオイシイだ!(←いや、どんな諺だよ)
「……よく見破ったわね。 その位置からは見えないはずなのに」
そう言って、誰もいないはずの空間から人影が現れた。
淡い赤毛の女だ。 細い躰に、若い顔立ち。 そして、腰に差した細剣が、闘うものであると語っていた。
「で、何の用だ? その気配から察するに、お友達になりたいってわけじゃなさそうだが」
「愚問ね」
その女は不敵に笑った。 何かを企んでいる笑みだ! スゴイアブナイだ!
「新人が入って来たって言うから、この私、メア・ボルテージが、レジスタンスの厳しさを教えてあげようと思って」
「あぁ、そういうのいらねぇよ。 ───正直に言わんかい。 気に入らねぇから、叩きのめしたいんじゃけぇの。 最初からそう言えばええに」
雷牙の口調が、訛る。 怒りが、本性を表に出させているのだ。
だが、この挑発はモーストデンジャラス(危険度大きい)だ! まさに一触即発☆禅ガ〇ルだ!
あまり隠せていないが、気にしないでいただきたいッ!
「へぇ。 いい度胸じゃない。 アンタたち、出てきなさい」
「「「ハイ、ヨロコンデー!」」」
周辺からいくつもの声! 気が付けば、雷牙は屈強な男たちに囲まれていた。
「もう逃げられない。 フフ、私についてきなさい? 後悔させてあげる!」