第7話「自らの使命」
室内を出た後、アンナたちは噴水が寂しく噴く広場にて、のんびりと屯していた。そこにシャルドの姿はなく、人の姿もない。
「シャルドだけに話って何だろうなー」
ミナトが無邪気な様子で言葉を発する。
「そう言えば、今日のシャルド……。いつもと比べて様子が変だったわ」
『えっ! そうなの?』
ミナトとキャリーが声を揃えて驚く。打ち合わせでもしてきたように声がハモり、ミナトとキャリーは顔を合わせる。
「気付かなかったの? いつも依頼を聞いている時の顔と、今回の顔は少し違っていた。声のトーンもね」
「マジで? 全然気付かなかった……」
「アンナが言うなら間違いなさそうね」
魔法使いは観察眼の面においても長けている。魔法を使える者は第六感が発達し、身の危険や人の変化などを敏感に察知するのだ。
ミナトがやや考え込んでいる素振りを見せていると、遠くの方から足音が響いてくる。夜であるために、正確に人を特定するのは困難だが予想はつく。
「待たせたな。と言うか、先に帰ってもらっててもかまわなかったんだが」
その男、シャルドである。会議室で話し合っていた時の彼とは違い、その顔には僅かに微笑みが映っていた。
「そういうわけにもいかないでしょ。あなたがリーダーなんだから」
「なぁシャルド。いったい何の話だったんだ?」
ジークからの問いかけに、シャルドは数秒の間をあけ、すぐには答えようとしない。何と言うべきか悩んでいるのだろうか。俯き加減になったシャルドは顔を上げ、笑みを向けたまま答える。
「ふっ、秘密だ。今回の依頼を解決したら教えてやる」
それに対して、一部の者たちは「えー」と残念そうに声を出すが、アンナだけは訝しげな表情を浮かべていた。
アンナとシャルドの目が合うと、何かを察したかのように。
「じゃ、解散だ。今日はゆっくり休んで、明日に備えろ」
と言い、その後ミナトたちはそれぞれの帰路につく。広場には、シャルドとアンナだけが残った。二人の間に、気まずい空気が流れる。
先にそれを打ち砕いたのはシャルドだ。
「……何か言いたいことがあるんだろ」
「教えてくれるかしら。あなたが感じてる予感を」
「全滅だ」
アンナからの問いかけに、シャルドは迷うことなく瞬時に答える。それに対し、アンナは特に驚いた様子はない。分かっていたかのような落ち着きだ。
「そう……。あなたの直感はよく当たる。だけど、じゃあなんでこの依頼を引き受けた……のかは聞くまでもないわね」
それは一種の呪縛とも呼べるものであった。勇者という立場上、どんな依頼でも拒むわけにはいかない。たとえ、死の予感を感じていたとしても。
だがもし、シャルドたちがただの冒険者であったならば、シャルドは今回の任務を断っていたことだろう。
別に、逃げたことによる国民の評価を気にしているわけではない。
この場で逃げたとして、誰があの怪物たちの相手をするというのか。
更なる犠牲者が出てしまうかもしれない。
しかし、皮肉は話であろう。
自分たちがやられれば、誰もあの化け物には勝てると思わなくなる。
唯一そんな存在がいたとしたら、同じく人ではない化け物なのだから。
ほとんどの民はこう思うはずだ。
「勇者でさえ敵わなかった相手に、いったい誰が勝てる?」と。
つまりシャルドたちの敗北は、こいつらに手を出すな。逃げろという危険信号にもなり得るのだ。それで少しでも、犠牲者が減ってくれるなら、勇者としても本望であろう。
それが勇者として崇められた己の、最後の使命であると。
故に、最期まで成し遂げる。
ーーだが。
「アンナ、お前に頼みがある」
アンナは真剣な眼差しで、シャルドからの言葉を待つ。
「もしもの時は、お前の転移魔法で俺以外の奴らを逃がしてくれ。もちろん、お前も逃げるんだ」
そう。シャルドは犠牲になるのは自分だけで十分だと考えていた。勝手に使命感を感じて、予感を感じていたにも関わらず仲間を連れていくのは、死に誘っているようなもの。それだけは絶対に許せないのだ。
「……あくまで、あなたは勇者としての役目を果たすというのね。あなたも一緒に、って言っても聞き入れてくれないのは分かる。ならせめて……私も付き合う」
「それはダメだ」
「あなただけ良い格好するつもり?」
アンナは微笑を向けて答える。
「妹がいるんだろ」
その言葉にアンナの笑みが消える。さっきまでの微笑が嘘だったかのようにピタリと。
「あいにく、俺には家族がいない。だがお前にはたった一人の妹がいる。だから絶対に危険を感じたら自分もろともすぐに逃げるんだ」
それを聞いていたアンナは少し俯いており、どこか納得していないようでもあったが、何かを決心したように顔を上げる。
「そうね。まだあの子を残してはいかない。絶対に生きて帰らなくちゃね。あなただって、私たちがいるんだから死ぬなんて許さないから」
これまで彼女たちは、まるで既に定められた敗北者のように話していた。しかし、アンナは我に返り、まだ諦めてはいないようだ。
嫌な予感を感じ、変な胸騒ぎを感じるのは確かだ。
それでも、どうなるのかはやってみなければ分からない。
先程まで話していたことは、最後の手段として心に留めていくべきだろう。
「……ああ、そうだな。俺だって死ぬのは嫌なんだ」
厳密に言えば、死を恐れているわけではない。彼にもまた、仲間という存在がいるからだ。
そしてそれは、彼の心の内を満たし、同時に苦しめているものでもあった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
森の真下に存在する、人知れない秘密基地。今回も騒がしい夜を過ごしていた。クルミたちメンバーは全員揃っており、戦闘室に集まっていた。
が、今夜は戦闘ではない。
では何をしているのか。キャッチボールである。
「いったぁ~~! クルミちゃん強く投げすぎだよ!」
もちろんそれは、普通のキャッチボールと呼ぶには程遠いものだ。ボールは一見普通に見えるが、クルミが投げることにより禍々しい薄紅色のオーラを放ち始める。
それを目にも止まらない速度で額に当てられたショートは、両手で押さえながら悶えていた。
「何を言ってるの? あなたならそれぐらい反応できるよね?」
「無茶言わないでよ……。いくら僕でもあれは本気を出さないとーー」
言い終わる前に、クルミは自身を中心に薄紅色のオーラを纏っていた。これからタイマンでも張るのかと言わんばかりに、周りの建造物が震えているようだ。
「なら……」
野球選手のような、派手な構えをし、今まさに放つ五秒前である。
「本気を出せ!」
投げられたボールは再び薄紅色のまま、ショート目掛けて放たれる。
速度はさっき放った時よりもあるだろう。
また額に直撃するかに思われたが、その寸前、ショートの両手が塞がっていた。
見事止めたかのように見えたのだが、それからも気を抜けないようだ。威力はなくなっていない。
そのため受け止めながらも身体ごと持っていかれ、足元はえぐれている。
普通であれば、ボールはとっくにパンクしているところなのだが、薄紅色のオーラを纏っていることによって強化されているのだ。
それが邪魔をして、内部にまで衝撃が行き届いていない。
「うっ……どうして僕だけ狙うの?」
「それそれ! その反応がちょっと可愛くて面白いからね!」
クルミは手の平にボールを浮かす。
ショートに分かりやすく投げるぞと合図を出してすぐさま握り、再び野球選手のような派手な構えをし、今まさに放つ一秒前である。
「ちょっと待って待って! てかどっから出したのそのボール!?」
再び放たれるボール。今度は更に速く投げてみせたのだ。謎の何かが光ったようにしか、端から見れば映ってなかったほどの異次元の速度である。
しかし、次の瞬間ショートの右手には黄金に輝くボールが握られていた。
左手は握り拳になっており、何かが破裂でもしたのか、端からは白い何かがはみ出ている。
「ほらやっぱり受け止められたでしょ? 私の目に狂いはなかったね!」
「もう……分かったよ。本気でやればいいんだね」
クルミほどの派手さはないが、ショートも構える、クルミとは違い、薄紅色ではなく黄金に輝いているようだ。
「……私たち、ここにいる意味あるか?」
今まで見ていたレイが口を開く。元々は全員で遊ぶ話であったが、完全に二人だけの世界になっており、取り残されている。
「私は見ていて興味深いですね。ショート……。ひょっとしたらあの子が一番……」
「何の話ですか?」
「いえ、何でもありませんよ」
ギランからの問いに、マリアはにっこりと微笑む。意味深な発言ではあるが、今話すべきことではないと判断したのだろう。
その後、長い間クルミとショートによる地獄キャッチボールが繰り広げられていた。それを見ていたギランとレイは退屈そうであったが、マリアはどこか興味深そうに眺めていたのだった。




