第4話「新たな予感」
戦闘はその後も続いていた。あれから数時間も戦い続け、マリアに至っては本を読み始める始末。中には激しい攻撃をする者もいたが、誰一人息切れ一つしていない。
緊張感の欠片もない戦いである。
彼らの間に、どうせ勝てるわけがないという気持ちもあるせいで、そう見えるだけなのかもしれない。本気で戦ってほしい気持ちもあるのは確かだが、彼らとの時間を楽しみたいと純粋に思っている自分もいることにクルミは気が付く。
以前にも何回か戦ったことはあるが、一番緊張感があり、真面目に戦ったのは初めて出会った時だろうか。あの時はお互い初対面であったため、初めて出会った人物に容赦をすることはなかった。それに比べ、単なるお遊び感覚だ。
クルミは良いとも悪いとも言えない感じを覚え、出来レースを続ける。
数時間経った頃、本を読んでいたマリアが静かに立ち上がる。
魔物にとって、時間の経過は早く感じるものだ。
「クルミ様、夜が明けたそうです。外に人が増えてきているので、そろそろ出発した方がよろしいかと」
未だ戦ったままのクルミたちが一斉に動きを止める。かなり長い時間戦っていたが、誰の身体にも傷と思わしき跡はなさそうで安心する。ギランの範囲攻撃に対しても、結局誰も傷を負うことはなかった。万が一誰かが本格的な傷を負っても、そこはマリアの回復魔法を使用することとなっている。
本人は嫌がっていたが。
「結構早かったね。それじゃあ、これから人間の街に行くわけだけど、今回は妙な騒ぎを起こすのは禁止だからね。特に……」
クルミはショートの方を見る。
「な、何で僕のこと見るの!?」
「あなたが一番知らぬ間に人間に危害を加えそうだから」
「だ、大丈夫だよ! 僕は、クルミちゃんが望んでいないことはしないもん」
クルミはじっとショートを見つめる。
今でこそ、笑顔を絶やしてはいないが、人間の街に行った途端それは変動する。当初、その様子にクルミも驚いたのだ。
連れていかない方が良いかもしれないが、クルミはショートを必要としている。
感情のコントロールを上手く出来ないこともあり不安になるが、こう見えてショートは頭がキレるところもあるのだ。本人はそれを否定していたが、クルミはショートの隠そうとしている才能を見抜いている。
「……殺気も出しちゃダメだよ。あれって無意識にでも出るから」
「だ、大丈夫だって!」
「それならよし。じゃあマリア、よろしくね」
合図を出すと、マリアは指をパチンと鳴らし、クルミたちの身体が一瞬、紫色に光る。
「完了です」
「指を鳴らすのに何か意味はあるのか?」
「いえ、特には。この方が魔法を発動したって感じになりません?」
実際には、魔法を発動するのに動作はいらない。何の前触れもなく、静かに発動させることができる。今回マリアが発動した時のように、光を放ちはするが、何の魔法を発動したのか相手に分かることはない。
それが魔女は厄介な存在だと言われている所以となっている。
「まぁとにかく、これで私たちはただの人間にしか見えなくなったわけだね」
とは言っても、クルミたちから見ればお互いの姿は何も変わっていない。その理由は、単純に“強いから”で片付けられてしまう。強者の目は惑わせないというやつだ。
つまり、この幻術にかかっていない者がいたとすれば、それはクルミたちから見ても一目置くべき人物だ。
それ次第では、途中で目的を変える可能性もあるが、とりあえずの目的は人間の街に行き、情報を集めること。どうやって情報を集めるかはその時の状況によって変わってくるだろう。
できれば地図が欲しいところであるが、入手の仕方など、そもそも存在しているのか分かっていない。
「準備は整った。さぁ皆の者、出陣しよう!」
戦争にでも行くかのような言い草だが、そこには誰も触れず、一風変わった世間話を続けながら、アーネスト王国にある一つの都市、ブレーブタウンに向かう。
ーーブレーブタウン
そこは何度か街の破壊活動を行ったことのある場所。とても活気が溢れており、人々がにぎやかに会話をしていた。
無論、それは過去の話である。
クルミたちがここに訪れた時には、前ほどの活気さはなくなっていた。
どこかひきつった顔をしている者もいる。
だが、会話がないわけではない。わずかではあるが、にこやかと話をしている者もいるようだ。
ブレーブタウンを見回しながら歩いていると、レイが何やら浮かない表情をしていた。
「……なぁ、マリア。これは本当に魔法を発動できてるんだよな?
さっきから、私のことをジロジロ見てくる奴らがいる気がするんだが……」
「顔が面白いのでは?」
「……殺すぞ」
ギロッとした目をマリアに向けてギラつかせ、妖気が放たれようとした。殺気とも呼ばれる嫌な気配だ。問題児はここにもいた。
そう思いつつも、殺気が放たれる前に、その背中に愛のムチを打つ。
クルミの平手打ちである。
「ぐふっ!」
「一応魔法はかけましたよ。ただ、他の人物たちから見て私たちがどう映ってるのかは分かりませんが。女性が男性に見えていることもあるのかもしれませんね」
「……マジかよ。ってことは、私が変人として映ってるってことか!?」
「その可能性はありますね」
レイはさらにマジかよと言いたげな顔をする。
魔法にも欠陥があるものだ。
「はいはい喧嘩しないでね」
そう嗜めると、クルミは急に足をピタリと止める。
「クルミちゃん、どうしたの?」
「あれ見て」
クルミが向いてる方向を見ると、若い女の人たちが何やら話をしている光景があった。相手はこちらに気付いてる様子がなく、夢中になって話を続けている。
特に普通の人間と変わらず、目立った特徴もない。
だが、その話している内容には、興味をそそられるものがある。
「それ本当!?」
「ええ。勇者様たちがヴァリキリー王国から帰還なさるそうよ。正確にはまだそこでの任務はまだ終わってないみたいなんだけど、国王陛下がそうも言ってられないって!」
勇者。ヴァリキリー王国。国王陛下。新たな情報がそこにはあった。
国王やヴァリキリー王国に関しては今はどうでもいい。一番気になるのは、勇者という存在。
「……やっぱここに来てみて良かったね。この世界には、まだ私たちの知らない世界がある。これはいろんなことを聞けるチャンスだ。ギラン、聞いてきてくれる?」
「かしこまりました」
「一人だと怪しまれるかもしれません、私も行きます。私たちは見ない顔なわけですから」
そう言って二人は人間の元に近付く。聞き込みをするならこの二人が最善だろう。
ショートは言うまでもなく、レイは強気な態度と荒っぽい口調。警戒されては相手を怖がらせるだけだ。
「あの、ちょっといいでしょうか?」
「え? は、はい。えっと、なんでしょうか?」
少し戸惑った様子だったが、それは当然だ。
問題はこの後の流れ。
「先ほど話されていたことを偶然小耳に挟みまして。詳しくお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「実は私たち、この国のことについて少し疎いので。勇者様とは、何なのでしょう?」
勇者という存在がいたとして、それを知らないというのは不審がられる可能性もある。しかし、クルミたちは今の今までそういう人物がいたことを昔から聞いたことがない。
それはつまり、遠くの世界にまで広まっていないということ。
「そ、そうでしたか。勇者様を知らないということは、結構遠くの地方から来ていますね。勇者様は隣接している4国家の英雄なんですよ」
けっこう長い話になりそうだ。そう思ったクルミは、無言でその場を後にする。
二人が聞いてそれを伝えてくれるのであれば問題はない。
「英雄……か」
どうやら4ヵ国の英雄らしい。もしも、そんな国の大英雄が死んだとなれば、いったい国はどんな反応と対応をするのだろう。
勇者……。そんな奴がこの世に存在していたなら、是非とも戦ってみたい。
クルミは心の内からとても興味をそそられ、同時にワクワクしてくるようだった。




