第31話「対価」
炎は森の方向へと転がり、樹木が密集している森はすぐさま燃え広がっていく。
ーーそのはずだった。
炎は確かに森へと降り、燃え広がるようにと調整もした。普通ならば全く燃えないなどありえない。このまま森を焼き払い、あぶり出そうと考えていたがそれも一筋縄ではいかせてくれないようだ。
アンリは魔法使い。この現象も正体も把握した。
魔法による結界が、この森全体に張り巡らされているのだ。その魔法の原理は今のアンリには分からないが、力だけでは勝てない相手だということが読み取れた。
自分が魔法使いで良かった。
アンリは安堵すると、まだまだ余っている薬を取り出す。
下手にたくさんの薬を飲み込めば死ぬかもしれない。
それでも構わないが、簡単に死ぬこともない。
何故なら、誰にも負けないこの執念、アンナの妹だということの誇り、生まれ持っての能力が、自身の身体を守ってくれているためだ。
一つ、二つ、三つ、さらに四つ、五つと、薬を取り出したアンリは、一気に五つの薬を口に含む。
一つ目を飲み込んだ時とは比較にならない、焼けるような痛みが身体全体に広がった。常人ならこの痛みに耐えられず、たまらなく倒れ込み、吐き気と悲鳴を漏らすだろう。最も、今のアンリにとっては蚊に刺されたようなもの。
「ふふふ……あはははは!! いいぞ……これだ……! 復讐に対価は付き物だからな……!!」
アンリは先程と同じく火の玉を手に浮かす。
唯一同じではないところは、やはりその大きさであろう。果たして何百倍の大きさへと変化したのか。しかもこれはまだ序の口だ。これならば、この森を焼くどころか灰にできると断言できる。
魔法の障壁など、軽く突破できる。
アンリは巨大な火の玉を森目掛け放つ。大きければ直撃までに時間がかかると思われるかもしれないが、その心配はいらない。大きければ大きいほど速度を増し、調整もできる。
一瞬で森に到着した炎は、爆発を起こし、爆風と火花が辺り一面に広がる。大きな花火でも上がってるような美しい光景を目にした直後、緑に満ちていた樹木はなく、ただただ煙が上がっていた。
想像するまでもなく、焼かれた地面が広がってるだ。
煙がなくなるまで待つことはせず、風魔法で吹き払った。思った通り、これも威力が増している。
煙が消えようとした時、一人の男が、こちらに向かって歩いてきているのが見えた。
「やれやれ……何かと思って地上に来てみれば、この有り様とは……。隠すつもりのないその敵意、私たちに何か用があるとお見受けしますが」
敵の姿を見たことがないため、どのような人物なのかは不明だった。
しかし、この男は明らかにヤバい。
自然と溢れ出る妖気。強すぎる。
以前のアンリなら、死にに突っ走っていたところだが、今は違う。
殺しに突っ走るのだ。
どんな相手だろうと負けはしないと意気込み、男に殴りかかる。
「まずは落ち着いてはどうですか? 頭に血が上っては冷静な判断ができない」
「黙れってんだよ!!」
アンリの拳を止め、不敵に嗤う男にアンリは蹴りをかます。
ダメージはほとんどなさそうだ。
敵は一人ではない。
そう聞いたからこそ、とりあえず温存していたが、甘かった。そう判断したアンリは、男から距離を取ると、十個もの薬を飲み込む。
何もしていなくても、妖気が解き放たれる状態だ。
ーー痛い。苦しい。辛い。
それら全ての感情を怒りで押し潰し、アンリは前を向く。
「これは…………どうやらあなたは、人間ではないようですね。いや、人を捨てましたか?」
「人間じゃなくなってもいい……。お前らに復讐できるならな」
アンリは爆発的に上昇した力に加え、知っている限りの魔法を乱用し、肉体能力をさらに上昇させる。
「待っててね……お姉ちゃん。必ず復讐を果たすから!」
アンリが一歩踏み入れると、大地が破裂した。
もはや地面に足場としての役割は持てない。
勢いに乗っかかり、激怒の念をこめた渾身の一撃を男に向けて放つ。
「っ……まさか……!」
アンリはニヤリと嗤ってみせる。
どうやら、男にさっきまでの余裕はなくなった。強者にとっての特権であり弱点でもある油断が命取りであったのだ。
致命的な瞬間を見逃すまいと、さらに追い撃ちをかけようと力を込めるが、拳に熱が伝った。
これは自分のものではない。
いや、熱を帯びた魔法ではこれほどの温度を出現させることは難しい。
それこそ、太陽と同程度の熱なのだから。
危機感を覚えたアンリは一旦距離を置くことに成功する。
「……面倒ですね。一気に終わらせますか」
男は手の平を上空に向けて上げ、凄まじい熱の塊を生み出す。
遠くからでも熱が伝わってくるほど熱い。直撃すれば灰どころでは済まないだろう。
「殺れる……!」
男に聞こえない程度の声で呟く。
圧倒的な攻撃手段を目の当たりにしたアンリは、惨殺への興奮に浸っていた。例え向かってくるものが太陽そのものであろうと、関係ない。
終わるのはそっちであると、アンリは魔法の発動準備をする。
使ったことのない、正確に言えば使うことのできなかった魔法であり、反射の絶対魔法だ。
きっと薬を飲み込んでいなければ、これほどのエネルギー体を跳ね返すことはできなかっただろう。
それ以前に、扱うことすらできなかった。
「ハハハ……! 死ね!」
〈強制反射〉
アンリの周りを中心に、鉄壁の鏡が出現する。
その鏡は全ての物理的な攻撃をそのまま反射するだろう。
鏡に潜り込んだ巨大な火の玉は、直進することの拒絶反応を示し、アンリの元に訪れることはない。代わりに、巨大な火の玉は男の元へと前進する。
避けない。
いや、避けてもあれだけ巨大なものを相手に完全に交わすことはほぼ不可能だ。
太陽の如く火の玉は、そのまま直撃する。
「まず一匹……!」
勝利。
アンリは大爆発を起こす炎をよそに、ニヤリと笑みを溢す。
敵が何人いるのかは不明だが、一歩前進したことには違いない。
「ふははは……!」
笑い声。
それは、自分のものではなかった。
アンリは煙が上がっている付近を凝視すると、そこにはいた。
先程とは違い、冷酷さが滲み出た男の姿が。
「まさかあれを跳ね返せる者がお前たちの側にいるとは。久しぶりに……本気を出せるかもしれないな」
そう言うと男は、炎が満ち満ちている剣を作り出す。
「始める前に自己紹介をしておこう。俺の名はギラン。最強の種族である……龍だ」




