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復讐の果て  作者: 雲母稔
30/31

第30話「私の宝物」

 幼い日々の私の記憶は、幸せに満ちていた。

人間関係における大きなトラブルも、魔物と戦って負けることもなかった。日々私は、人の役に立つために努力を重ねていたんだ。周囲のみんなもそんな私を、とても可愛がってくれていた。


もっと強くなりたくて、魔法の勉強だって必死に頑張った。魔物と戦って負けなしだったのは、その努力が実ったからだろう。唯一の不満があるとすれば、両親がいないということ。


私の父親は冒険者組合に加入しており、生まれる前に他界。母親も私が生まれて間もない時、この世を去った。その頃の記憶は、ぼんやりとしか覚えていない。


そんな私を育ててくれたのが、この世でたった一人の……。

ーー私の大好きな姉。


アンナだ。

今でもお姉ちゃんと過ごした日々は、私の大切な思い出。

私の宝。何事にも代え難い。私の生きた証そのものだ。


だからこそ、不安だった。

お姉ちゃんも私と同じ魔法使い。私なんかよりも優秀で、特に優秀な魔法使いだと国が評価していた。お姉ちゃんは、冒険者組合に加入し、歴代の誰よりも優秀な働きを見せた。


そしてお姉ちゃんに負けないぐらい優秀な働きを見せた四人と肩を並べ、まとめてこう呼ばれた。

“勇者”と。


それはチーム名にもなったもので、人々にとって期待の象徴。

当時の私は、お姉ちゃんのことを誇らしく思っていた。


「お姉ちゃんってやっぱりすごいね!」


「ふふ、そんなことないわ。私になれるってことは、アンリだってなれるってことだから」


 お姉ちゃんはいつも、私のことを過大評価していた。私はお姉ちゃんと比べると、どうしても劣ってしまう部分がある。魔法の使える数だって、実績も、何もかもお姉ちゃんとは違うんだ。


深く考えれば考えるほど感じてしまう劣等感。

だけど私はお姉ちゃんのことが好きだから、そんなことは気にもならなかった。


お姉ちゃんと過ごすこの時間がとても幸せだったから。

そう実感していたある日、お姉ちゃんの帰りが遅い日があった。いつもなら外が暗くなる前に帰って来るのに、その日は夜になっても帰って来なかった。


心配になって、夜遅くに私は家を飛び出した。

探知系の魔法を使って、すぐにお姉ちゃんの居場所を突き止めることができた。


場所は林の中。比較的小規模な木に囲まれた所。

転移系の魔法を使えない私は、脚力を強化させ、走って向かうしかなかった。


到着するまでには一分もかからない。

そこで私の目に刺さったのは、お姉ちゃんが魔物に囲まれている光景。数は百に及ぶか及ばないかぐらい。お姉ちゃん以外の人物はいなく、普段ならこのぐらいの数ならお姉ちゃん一人で勝てるかもしれない。


問題は夜であるという点。

夜になると魔物の力が活発になり、種類によっては色を変える者もいるという。


目の前の魔物がまさにそれだ。

赤小鬼レッド・ゴブリンと呼ばれる小鬼ゴブリンよりも強大な力を持つ夜の姿。いくらお姉ちゃんでも、これほどの数を一人で相手するには荷が重い。


いや、私が加勢しても勝てるか怪しい。

聞いたことはあるだけで見たことはなかったから、どんな攻撃手段を持っているのかも分からない。ただ、普段の魔物同様に扱ってはまずい。それほどの威圧感を感じる。


「お姉ちゃん……!」


「アンリ!」


 魔物たちの視線が私に集中する。

鋭い眼光で睨み付けてくるが、どうでもよかった。


お姉ちゃんは、傷を負っている。

こいつらにやられたのだ。

許さない。


「薄汚れた……豚共が……!」


 数匹の魔物たちが一歩後退していた。

ちょっと睨み付けてやっただけでこの様だ。

どうやら魔物にも恐怖心はあるらしい。


「アンリ……あなたは……やっぱり……」


 私の体内に不思議な力が流れ込んでくる。

純粋な魔力と、汚れた魔力。

いずれも強大なエネルギーだ。


この力の正体は、この時点ではまだ分かっていなかった。

憎しみを向けていたため、考えることもしない。


ただただ、殺戮の炎を灯したまま、複数の魔法を同時に発動させる。私が会得しているだけの肉体強化系の魔法全てを、私の身体に宿す。


このような魔法を適当に乱用すれば、命の危険が伴う。

だが、そんなことさえもどうでもいい。


死ななければいいだけ。執念は昔から人一倍だ。

魔法の発動が完了した私は、瞬時に駆け出す。


私は次々と、赤小鬼レッド・ゴブリンたちを肉体で粉砕する。

だが、そう簡単に全滅させてはくれない。


どこから飛んできたのか、背後から斧が突き刺さる。


「アンリ!!」


 お姉ちゃんが杖を握り、立ち上がる。


「大丈夫だよ……お姉ちゃん。私一人で戦える。こんなの、全然痛くない」


 強がりじゃない。

私以外の誰かが、私を守ってくれている。


傷だって、すぐに塞がった。

一滴の血も流れず、そのまま戦える。


その後も何度か魔物たちに攻撃を浴びせられることはあったけど、痛みなんて感じない。身体を見ても、損傷はない。赤小鬼レッド・ゴブリンたちは、すぐに全滅した。


「全員倒したよ……お姉ちゃん」


「アンリ……あなたは……あなたなら」


 お姉ちゃんはそんなことを言った。その言葉の意味は、深くは分からなかった。一つ分かったことは、お姉ちゃんは私に期待してくれていること。


この日、初めて私は私の中にある潜在能力を自覚した。

お姉ちゃんが言っていたことが何となく理解できた。


この一件の後、お姉ちゃんに勧められて、私も冒険者組合に加入した。そこで出会った四人の仲間たちと一緒に、C級から始まり、様々な依頼をこなしてきた。優秀かつ貴重な能力を持つ仲間がいたこともあり、S級に上がるまで時間はそんなにかからない。


私の生活は充実していたかのように思えた。いや、確かに充実していたんだ。しかしある日、アーネスト王国にある一つの街が、魔物の襲撃にあったという情報が広まった。


最初の時点では、その辺にいる冒険者たちがどうにかすると勝手に思っていた。だが、違っていた。次に私の耳に飛び込んできた情報は、誰一人その魔物に勝てず、それどころか殺されたという情報。


街はありとあらゆる箇所が倒壊。冒険者の人数も減っていく。

ついに国は動き出し、魔法道具を用いた強力な軍隊を送り出した。


結果は全滅。どんな手段を用いても、その化け物には敵わなかったという。


それは最も難度の高いZ級の依頼として、人々に知れ渡った。

決して野放しにしてはおけない魔物が、この世に存在する。


私も戦う覚悟はしていた。

だけど、先に戦うこととなったのは、お姉ちゃんたちだった。


「ねぇお姉ちゃん! やっぱり私も行くよ!!」


「それはダメよ。アンリだって今日依頼をこなしに行くんでしょ。休んでいなさい」


 この日、お姉ちゃんは朝早くから魔物たちを討伐しに出発することになった。昨日も帰ってくるのが遅くて、疲れてるのはお姉ちゃんの方なのに。それでも私が同行することだけは、頑なにダメと言い続けた。


お姉ちゃんのことだから、今回もきっと大丈夫……。

そう信じて、私はお姉ちゃんの後ろ姿をそっと見送った。


けど、その日、結局お姉ちゃんが帰ってくることはなかった。


本当にどうしてこの日、こっそりでもお姉ちゃんに付いて行かなかったのか。

私はこの時の自分が強烈に憎い。


私が依頼をこなした後、家に帰ってもお姉ちゃんの姿は見当たらない。それからしばらくしてから、心配になった私は家を出ようとした。


その時、一人の兵士が私を訪ねてきた。


「アンリ様ですね? 誠に残念なお知らせが……。どうか、ご同行願います」


 私の嫌な予感が、確信に変わろうとしていた。

嫌だ。そんなはずはない。


私は兵士の言葉を無視し、家を飛び出した。


「アンリ様!」


 私はあの時と同じように、お姉ちゃんを探知系の魔法で探す。

居場所は、大きな建物の中。

病院だ。


嫌な予感と共に、私は病院に駆け込んだ。

私が到着すると、お姉ちゃんは力なくベッドの上に倒れていた。


「お姉ちゃん……? お姉ちゃん!」


「あなたは……アンリ様!」 


「お姉ちゃんは……?」


 医者から私は事情を聞いた。

結論から言えば、お姉ちゃんは負けたのだ。


ということは、死んだ?

今、お姉ちゃんは死んでるの?


分からない。考えたくない。

生きてる。きっと生きてる……。

私の思考は停止し、考えることを放棄していた。


そんな時、脳内にノイズのようなものが走る。


『アンリ……』


「! お姉ちゃん!?」


 お姉ちゃんは目を閉じている。

それなのに、私の脳内に声がかかる。

紛れもない、お姉ちゃんの声だ。


『ごめんね……。私の魔力はわずかに残ってるけど、私の肉体はとっくに死んでいる……。もう、貴方の傍にいてあげることが……できないの……』


 魔法を使える者は、魔力を持っている。魔力がある限り、魔法が使える。これもお姉ちゃんが残った魔力を振り絞って出した、最期の魔法だった。


謂わば、魔力は魂の一種。

肉体が死んでるのなら、回復魔法も意味を成さない。


つまり、お姉ちゃんはこのまま……。


私は何も言わず、お姉ちゃんの声を聞いていた。


『アンリ……あなたは気付いているか分からないけど、あなたは私よりも優秀な……魔法使い。この国の……いや、この世界の、最後の希望……。あなたに託すわ……。どうか、この国を守って……』


 それが、お姉ちゃんが私に言った、最後の言葉だった。

自然と、私の目から涙が溢れ落ちる……。


そして、次に私の感情に宿ったのは……。

言葉では言い表しようのない、烈火の如く燃え上がってくる憤怒の炎。

私は、無言のまま病院を出ていった。


周りに誰もいない空間で、私は初めて怒りを露にする。


「ぐっ……! 許さねぇ……!! よくもよくも……!!

殺してやる!!!」


 私の大切な姉を奪った奴らを、私は決して許しはしない。

例え私が死んでも、他の誰を敵に回しても、絶対に殺す。


この日から私は、復讐だけを考えてありとあらゆることを調べていた。敵の居場所、攻撃手段、目撃証言を頼りに、ありとあらゆる情報を。敵だけではなく、国のことも事細かく調べ尽くした。今の私が使える魔法を使用すれば、そんなことは造作もない。


何か使える兵器はないか、誰かが隠し持っている情報はないか。

すると、一つの情報が私の頭に流れ込んだ。


それは、グローリー王国が禁断の薬を開発したという情報。そしてそれらは、各国の王に向けて送られたという。この情報を、黙って見過ごすわけにはいかない。


そう思い立ち、アーネスト王国の国王から禁忌と呼ばれる薬をもらった。


短いようで、長かった。

これでやっと復讐ができる。


アンリは今までのことを頭で思い出し、空中より見下ろす。

多少の邪魔はあったが、とうとうアンリは、アンナを殺した魔物たちがが生息していると噂の、森の方にやって来た。


「絶対に……殺してやるぞ。くそったれな魔物共」


 そう言ってアンリは、炎を手に灯し、森の方角にぶちまける。










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