第28話「動き出す復讐心」
アーネスト王国の人口は、以前よりも減った。
まだ住んでいる人々にも希望の光は薄く、恐怖に怯えながらひっそりと目立たず暮らしている。そうなった元凶は全て、数ヶ月前に現れた異形な者たちのせいだ。
異形と言いはするが、一人一人の外見は人間と変わらない。人の世界に混ざって暮らしても決して人外だと断定はできない。当初はその見た目に惑わされる者も多かったが、実際に彼女たちは強固に作られている街をいとも簡単に破壊し、人々に恐怖を植え付けた。
さらには戦士、軍隊、勇者と呼ばれてきた者たちまでも葬ってしまった。勇敢に挑んでいった人々を虫けらのように根絶やしにしたのだ。
正義も悪も関係ない。
力こそ全てであると、証明するように。
やがて、果敢にも彼女たちに戦いを挑もうとする人間はいなくなり、いつ来るかもしれない化け物たちに怯えながら過ごすことになった。アーネスト王国付近は危険だと考え、そこから他の国に移住した者たちもいたという。
まさに絶望的な状況の中、周りの人々とは眼の色が違う一人の人物。
エッジタウンを歩き、王の住まう城を目指していた者がいた。
「あ、あなたは……アンリ様!」
城門の前に到着した女性に、兵士は驚きの声をあげる。
「……陛下は、いる?」
「は、はい。おいでになられますが」
「そう……。通して」
この城は、基本的に一般人を通すことはないが、彼女は国王と面識のある人物。問題がないと判断した兵士は、速やかに道を開ける。
「どうぞ」
アンリは無言のまま城の中へと入っていき、王の居場所を把握しているアンリはすんなりと王の元に辿り着く。すると、ノックもなしに部屋の中に入る。
「久しぶりね、陛下」
友好的とも見て取れる声とは裏腹に、敵意の色も滲んでいた。
「ア、アンリ!?」
今日この場にアンリが来たことは予定になかったようで、ノックもしないで入ってきたアンリに国王は驚きの声をあげる。王を守護する役割を持つ騎士二人にも動揺の色が見える。
「今日はあなたに話があってきたの。……あの薬をちょうだい」
「な、なに……?」
「あるんでしょ。グローリーからもらった禁忌の薬」
国王は目を見開き、声にもならない驚きを漏らす。何故なら、そのような危険な薬は王国の中でほんの一握りのものしか知らないからだ。現に、周りの騎士は何のことだか分かっていない。
「何故……お前がそのことを……」
「いいからさっさと渡せよ」
国王に向かっての乱暴な言葉遣い。アンリは肉食獣のような瞳をギラつかせ、手を差し伸ばす。それは困っている者に対して差し伸ばす救いの手とは真逆の、脅迫を露にした手だ。
「あ、あの……アンリ様。国王陛下に向かって、それはさすがに……」
「黙れよ。何の力も持たない無能な騎士共が」
「なっ……」
騎士二人は揃いも揃って後退りする。それほど、アンリからはただならぬ気迫と威圧の両者に溢れていた。
「ア、アンリよ! どうしたというのだ! アンナの妹たるお前は、そのようにーー」
「気安く……気安くお姉ちゃんの名前を言うんじゃねぇ……!」
憎しみ。恨み。アンリの心はそのような闇の感情のみに支配されていた。そこから読み取れた憎悪の念は、国全体に向けられてのものだった。だからこそ、黄に対しても反抗的な目をしている。
自分以外を敵だと認識しているのだ。
「ア、アンリ……!」
「私は許さない。お姉ちゃんを殺しやがったあいつらも、無能なお前らも……!!」
アンリは力強く拳を握り締める。
「私はお前らとは違う……。もう国なんてものには属さない。その代わり、約束してやるよ。私が絶対に、あいつらをぶっ殺すってな。だから……禁忌の薬、全部渡せ」
「ぜ、全部だと!?」
アンリが言ったことは自分の命を捨てると言っている、自殺行為そのものだ。ただでさえ危険な薬を全て使ってしまえば人の身は必ず滅びる。シャルドだって、たった一粒しか与えていなかったのだ。
「まだ分かってないのか? そうでもしなきゃ勝てるわけがない。お姉ちゃんの力は……お前らなんかより私が一番よく知っている。それなのに……!」
幼き頃から、言わば生まれた時からずっと傍にいた姉だからこそ、アンリは誰よりも信頼していた。それにも関わらず負けた時点で、アンリの中では決まっていたのだ。捨て身の精神こそ、必要不可欠だったのだと。
「だ、だが……」
国王は完全に理解した。アンリが自分の命を顧みず、何としてでも相手を殺してやるといった復讐心に駆られていることが。こうなった者を救う手立てはないに等しい。
「ああそうかよ。嫌だって言うなら仕方ない。力づくででも奪わせてもらう」
「お、お待ちくださいアンリ様!」
瞬間、騎士の頬の辺りから血が噴き出す。
軽い掠り傷のようだが、それなりに苦痛を伴うであろう傷だ。
騎士はいきなりのことで全く反応ができず、尻餅をつく。
「雑魚は引っ込んでろよ」
アンリの手元に鋭く光る一本の針。
それが攻撃の正体だ。
細工でもしているのか、投げて放ったはずの針は今も軽く二本の指で握られている。
「ま、待て! 分かった!」
このままでは、本当に殺しかねない。
そう判断した国王は、幾つもの禁忌の薬が封印されている袋を取り出す。
「最初からそうしておけばいい……。無能なお前らの代わりに、必ずこの私があいつらを殺す」
乱暴に袋を奪い取ると、アンリはそれだけ言い残してこの部屋、そして城の中を出る。アンリは迷うことなく歩を進め、向かう先は他でもない標的の場所。
近付いてはいけないと言われている、森の中だ。
正確にはその場所のどこかにいるかは不明だが、森を全焼させれば明らかとなるだろう。
だがその前に、複数の人物が行く手を阻む。
「待て! どこに行く気だ!」
ダイチ、アルト、ルビア、ズンの四人だ。
元々アンリは、ダイチたちの冒険者チームに加入していた。それを抜け出してきたのだ。
「あぁ……誰かと思ったら、依頼をこなすこともできず呑気に寝ていた冒険者たちか」
「な、何だよその言い方!」
「S級冒険者……。いつの間にかちっぽけな存在になったものね。あいつらと比べると、お前らのような奴らが小さく映るわ」
嫌味を言ってくるアンリに、ダイチ以外は割りと落ち着いていた。アンリがダイチたちに向けているものが、敵意であるにも関わらず。
「アンリ……あなたは……」
「アルト、私に協力しなさい。あなたの持つ時間停止能力があれば、戦況を有利に進められるはずよ」
「……却下。どっちみち、あなたは死ぬ気。ならそれを止める」
アルトだけではなく、全員がアンリの捨て身の精神を見抜いていた。同じ冒険者に加入していたという時点で、アンリの性格はこの場にいる全員が理解している。
「くだらない……いつまで仲間面してるつもり? いらないってそういうの……! 殺すぞ!」
アンリの身体全体が燃え上がる。近付くことすら許さない、自らを盾とした防壁だ。
アンリだって、この熱さを感じないわけではない。
炎と水魔法の合わせ技だ。
それだけではなく、〈一挙複得〉も用いている。
「おいやめろ! 街中だぞ!!」
「私は変わる……絶対的な力を持った、極悪非道な罪人に!!」
目には目をと言うように、悪には悪を。
正義は必ず勝つなんて言葉は、まやかしだった。
正義を振りかざした者たちが、無念にも散っていったように。
それを知ったアンリは、怒り狂う恨みの炎と共に、国王から奪い取ったも同然の袋を取り出し、その中から一粒掴み取る。
迷うことなく、アンリは禁忌の薬をその口に含む。
「な、何だよ……それ……!」
アンリから放たれる禍々しい妖気に、誰もが驚きを隠せない。
「人間じゃ……ないのか?」
「何!?」
「あれは妖気と呼ばれる者。人間が持つことは絶対にありえないはず。ダイチ、ズン、ルビア、ここは一旦逃げた方がいい。今のアンリは……誰よりも危険」
アンリの目に宿っているものは全てを恨む復讐心。
相手が誰であろうと構うことはなく、障害となる者は容赦なく取り除こうとする絶対のもの。それが仲間であった者だろうが関係なく。それこそ、自らの復讐を成し遂げるまで、誰が何と説得しようと意味はない。
今のアンリは復讐者。
誰の言葉にも耳を貸さず、己の執念を実行し続けるだろう。




