第26話「巻き起こる波乱」
お願い。良い予感はしない。
何故なら、この状況でする頼み事など予想がつくからだ。
「何ですか?」
マリアはカナタの言葉を待つ。お願い事やそれに対する返答を複数個見据えた上で。あってほしくない感情が渦巻く中、カナタは口を開く。
「僕を……正式に、マリアさんたちの仲間にしてほしいんです!」
「それはできません」
即答するマリアに、カナタはわずかに瞳孔を開く。即答されるとは思ってもいなかったのか。マリアは何故できないのか、冷静にカナタに説明する。できないというよりも、これにはマリアの想いが強い。
「今ならまだやり直せます。私がやり直させてあげます。あなたみたいな子は、私たちといるべきではない。復讐など忘れて、平和な日常に戻ってください。保護者がいないなら、私が弧児院に連れていきます。そこでお別れです」
復讐対象の内、三人は消えた。全員残っている状態ならばいくら止めても聞き入れてはくれないだろうが、今なら話は別だ。幾度と拳を振るったことで、カナタの気持ちも少しは晴れてるだろう。現に、あの時のような煮えたぎる復讐心を今のカナタには感じない。
きっと受け入れてくれるはずだ。
そう願っていた時、カナタの口から出たのは予想外の言葉だった。
「僕は……もう復讐はしません。ただ……マリアさんたちの仲間になりたいだけなんです」
意味が分からなかった。
いったいそれのどこがカナタのメリットになるのか。
「それにもう僕は復讐をしました。今更普通の生活になんて戻れません」
「記憶を消します。それでいいでしょう」
「ダメです! こんなの……忘れてはいけないんです!」
「忘れるべきです。あなたは子供、責任を背負う必要はない」
「あります! 僕は……僕は……!」
カナタが何かを言いたそうにしている。心を見透かすまでもなく、マリアには分かっていた。
そう。カナタは。
「……そうですね。カナタは強い子ですよ。普通の子供が持つはずのない強さが、あなたにはある」
一人でマリアたちの居場所にまで歩いてきた時もそうだった。人間の足では、辿り着くまでかなりの時間を費やすであろう場所からカナタは来ている。フェガーとの戦いでも、恐怖を感じていながらも敵に抗った。決して臆することのない強さが、カナタにはあるのだ。そして、責任を背負う覚悟も、最初からカナタにはあった。
責任から逃げようとするほど、カナタに弱さはない。
「いいでしょう……。ここは折れてあげます。私の弟と似て、言ったら聞かなそうですからね」
マリアは承諾する。
あとはクルミたちの決断に委ねることになるが、最後はクルミの判断で決まることとなる。クルミが良いと言えばいいし、ダメだと言えばダメなのだ。
しかしながら、マリアは悩む。本当にこれで良かったのだろうか。
これはマリアの本望ではない。
できれば平和な毎日に戻ってほしかった。
やはり、ダメなのかもしれない。
復讐をした者が、平和に過ごすということは。
身に滲みて分かっていたはずなのに、何故あの時這ってでもカナタを止めなかったのか。それは、カナタの心の奥底から膨れ上がる復讐心が、過去の自分と重なったからだ。
微かな後悔と同時に、マリアは決意する。自分たちと一緒に行動するということは、常に危険が隣り合わせになるということ。
カナタを、弟のように尊いこの子を、守り続けるとーー
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
闘技大会では、今、決勝戦が繰り広げられようとしていた。決勝戦の相手は、レイとレオンだ。レオンと呼ばれているこの男は、クルミがこれまでとは違う風格を感じていた人物だ。
レイは決勝戦に上がるまで、一切の負傷なく勝ち進んできた。とはいえ、圧勝ばかりするのも不審がられることもあるかもしれないと、やや相手にも見せ場を作るように忠告しておいた。少し苦戦しているフリもできるだけしてもらったのだ。
そしてレオンという名の男も、レイと同じくここまで無傷で勝ってきた。クルミは、そうなるであろうことはなんとなく分かっていたが、無傷という点には驚くべきところがある。レイとどれだけ張り合えるか、そこがクルミにとって一番見物となる部分である。
さすがにレイには勝てないだろうが、クルミには予感を感じる。
この戦いは、普通とは違うものになると。
レイとレオンが向かい合い、開幕の合図が出される。
「俺には分かっている……お前たちの正体が」
開幕の第一声に、レイは首を傾げる。
お前たちの正体とは、クルミたちのことに対して言っているのか。そうだとすれば何故。完璧に正体を見抜かれないようにしていた。それとも、ただの変装では不十分だったのだろうか。
いや、まだ決まったことではない。
「何のことだ?」
突如として容赦なく接近してきたレオンの刀に、レイは同じくして刀で防ぎきる。
「あの方の言い付けで参加してみたこの大会だが、どうやら運が良いようだ。お前と、あの子供と、最強の力を持つあの悪魔まで一緒とはな……。このチャンス、逃すわけにはいかない!」
レオンは懐から丸いものを取り出す。
それは、クルミがかつて見たことのあるものだった。
「飴玉か?」
「そう思うなら勝手に思っておけ」
レオンは、あの時、勇者が口に含んだことのある謎の玉を飲み込む。
膨れ上がるエネルギー。
その内に潜んでいるものこそ妖気。あの時と同じ現象だ。
しかし、勇者のように身体から血を流すことはない。
その様に、観客たちもざわめきあっている。
「まずそのふざけた髪型、やめたらどうだ? お前には似合わないだろう?」
レオンはレイを挑発する。
「ふっ……いいだろう!」
レイは、元のロングヘアーに髪型を戻す。
さらに観客たちはざわつき、その中で一つ、目立った発言があった。
「お、おい……なんであいつがここにいるんだ!?」
「どうかしたのか?」
「あいつは……アーネスト王国を襲っていた化け物の中の一人だ!」
会場がざわつき出す。レイが正体をバラしたおかげで、ただならぬ空気が流れ込んだ。
後でレイにはお仕置きをしよう。
そう思いながら、クルミはこれからどうするべきかを考える。
会場の状況を見る限り、このまま試合の続行とはいかない。
本人たちは続けるつもりでいるみたいだが、国王の傍にいる大柄の男が許してはくれない。男は刀を取り出すと、レイとレオンの中央に飛び降りる。
「まさかこんなところに紛れ込んでおったとは……。ふざけやがって」
闘志と殺意の炎を燃やしながら、レイに刀を突き付ける。
「この者はアーネスト王国の建物を幾度となく破壊し! さらにはたくさんの人々の命を奪った化け物の一人だ!! 皆の者、即刻立ち去れ!!」
男は会場にいる人間全てに呼びかけ、事の重大さを理解した者たちは悲鳴を漏らしながら逃げていく。歓喜に溢れていたはずの会場が、阿鼻叫喚の地獄絵図と化す。
「ったく……どうしてこうなるのかなぁ」
「……どうするの?」
変装している意味もなくなった。レオンという男は、どうやらクルミたちのことも知っている様子。聞きたいことだってあるが、それにはもう一人のあの男が邪魔だ。
すると、レオンは刀に黒い物質で作られたエネルギーを纏い、その力の矛先をその男に向ける。
「がっ……!」
刀から発射された黒い渦に呑み込まれ、鋭い眼光でレオンを睨み、男は刀を落とす。
「王よ……お逃げください……!」
意識が無くなる寸前、最後の力を振り絞り、未だ混乱が隠しきれていない王に呼びかける。
男の意識は途切れ、力なく倒れこむ。
「王国兵士長ともあろう者がこの様か。お前らの国に生き延びる資格はない」
「味方だった奴を簡単に切り捨てるとは、お前本当に人間か?」
「人間だ。ただし、強い人間だがな」
はったりではない。クルミの直感が認めた。
ただ、クルミに対抗できるかと言われればそうでもない。個人の力としては、人間の中では秀でた部類だが、レイには敵わない。なのに、自信に満ちた笑みが溢れている。
さきほどの玉を飲み込み続けるとでも言うのか。
確かにそうすれば、いずれはクルミたちの力を追い抜くだろうが、身体が持つとは思えない。強化魔法といい、身体の強度を強制的に上昇させるには負担が付き物だ。
「強い……か。ならその実力を私に見せてみな」
妖気を解放する。人が多い場では、特に注意深く力を抑えていた。最も、もうその必要はないが。
「ショート、行くよ」
変装の必要もなくなったため、適当な魔法を使用して元の髪の色に変化をさせる。これでは、何のために変装していたのやらといった感じだ。前向きに捉えるとしたら、それぐらいクルミたちは有名になっているということだ。
「情報によると、お前は魔法を使えない。ならば……」
レオンが何もない空間から出現させたものは水晶。ダイヤモンドのように綺麗なものではなく、黒く染められている歪な形だ。
「分かってないな。魔法を使えなくても私は強いんだよ」
恐らく、レオンの手元にある水晶には魔法が封じ込められている。
だが、生半可な魔法はレイには通用しない。
レオンは水晶の力を解放するべく掲げ、禍々しく輝き出す。




