第25話「脅威と確信」
人間が魔物特有の妖気を纏うこと自体が驚きなのだが、種は飲み込んだあの玉にあるのだろう。これもグローリー王国が作り出したものだとすると、最後の可能性はそこにある。
クルミが死ねる、その可能性が。
しかしながら、自分ではない他の誰かに殺されるわけにはいかない。
もちろんあやふやな可能性でしかないが、障害となりえる存在はなるべく排除するべきだ。
本当であれば、マリアが援護してカナタに止めを刺させるつもりだったが、それは難しくなった。今のフェガーは、カナタの手に負える相手ではない未知の領域と化したのだ。
方法がないわけではない。
カナタにかけた魔法よりも上位のものを発動させればいいが、あの魔法より上である超級魔法に、強化魔法は存在していない。カナタにかけたあれは上位魔法であり、それより一つ上に存在しないということは、それより二つ上。極限魔法にしかないということだ。
極限魔法は最上級の魔法でありながら、その数は極端に少ない。
一つ一つが時間もかかるため、それを相手が待っているとは思えず、悟られれば先にカナタを攻撃されてしまう。
カナタにリスクを背負わせるのは無理だ。
「まずはてめぇからだ!!」
無鉄砲と言える突進でマリアとの距離を詰めていく。
ーー時間停止
ーー幻覚
ーー分身
対処法はいくらでもある。
だがこちらも、いつまでも遊んでるつもりはない。
攻撃魔法で終わらせる。
「仕方ないですね」
上位魔法、〈魔炎〉の発動だ。
魔界のみに生息する凶悪な炎は意思を持ち、狙った獲物を死ぬまで焼き尽くす。
「がっ!? ちくしょうが! こんなところでやられるわけにはいかねぇ!」
炎で身体全体を焼かれながらも決して屈することのない意思の強さ。
何がそこまで彼に力を与えているのだろう。
悶え苦しみながら、フェガーは魔力の込められた玉を飲み込む。
身体のあらゆる箇所から血が流れ出る。
それはマリアの炎による出血ではなさそうだ。得体の知れない玉に秘密がある。
「ぐっ、そが! いってぇな!」
フェガーの怒りと比例するように、妖気の力が増していく。
さらには、〈魔炎〉の炎をかけ消した。
「まさか……」
魔法を打ち消されたことにより、マリアも多少の驚きを示す。
今まで、こんなことができた相手はいなかった。
それはつまり、目の前の男は強いということだ。
フェガーはマリアの眼前にまで迫る。
しかし、だからと言ってマリアが負ける要素など一つもない。
フェガーの右ストレートがマリアに向けて放たれるが、マリアはなにもしない。する必要がない。
威力の込められた拳の前に、結界が道を阻む。
「なんだこれは……!!」
「あなた程度の力では、私に触れることさえできないということです」
冷静に現象を説明する。
常時発動スキルの一つであり、物理的な攻撃も魔法も一定の戦闘能力を越えていなければ触れることもできない。
それを理解したフェガーは、またしても謎の玉を飲み込もうとする。
何度も繰り返されればさすがに厄介になりそうだが、様子を見る限りリスクもあるようだ。何回も繰り返して飲めば死ぬといったところだろう。
そんなことはどうでもいいが、マリアはあの玉に興味がある。
ならば奪い取る。
「なっ!」
目には見えない程度の速度で、マリアは盗み取る。
「申し訳ありませんが、これはこちらで鑑定させていただきます」
個人的な興味と、クルミにも知らせる必要があるからだ。近くでこの玉を凝視してみるが、やはり魔法なしでは正体が読み取れない。ただ、人間が作り出したものではないこと、そして闇属性の魔法で作られていることは分かった。
「てめぇ! こうなったらやるしかねぇな! 本当ならあの女に勘づかれた時だけに使えとのご命令だったが、俺をここまで怒らせた褒美ってやつだ」
フェガーは手元に禍々しく黒い魔力が漂う水晶を持つ。
ーーその水晶は
「! それは!?」
予想していなかった品物を出されたマリアは思わず驚愕の声を出してしまう。フェガーの手に握られているのは魔の水晶と呼ばれる特別な品である上、人間界には絶対にあるはずのないものだ。
さらにそれには魔法が封印されている。
自らの力で魔法を習得することのできない者が、特殊な技術と実験で編み出し封じ込めているのだ。その中にあるのは、超級魔法と極限魔法のどちらか。
水晶の輝きの強さからして、それは間違いなかった。
「カナタ! できるだけ遠くに逃げていてください!」
「え……!?」
「極限魔法なら世界全体に影響を及ぼすので無意味ですが、超級魔法なら対処できます。さぁ早く!」
「は、はい!」
想定を遥かに上回っていたとでもいうのか。
ーーこの男、いや。
この男を操っている人物は侮れない。
マリアを含む、ギラン、ショート、レイと対等に渡り合う者だって現れたことはなかったが、これで確信した。
この四人と互角に渡り合える者が、この世界にはまだいる。
目の前の光景を見ればそれは明確だ。
「なぁ知ってたか? 超級魔法を使えるのはてめぇだけじゃねぇ。表向きは一つの国家として成り立っているが、グローリー王国は強えぜ」
冥土の土産話のように言葉を言い放つと、フェガーは水晶の力を解放し、超級魔法、〈黒死砲〉を撃ち放つ。
これは即死魔法と呼ばれている厄介な魔法だ。
即座に転移魔法を使用しなければ避けることはできない。
そして何より厄介な部分は、追尾式である点。
転移魔法を使ったところで、この魔法自体転移してしまうのだ。
防ぐ方法はない。
あるとすれば、攻撃の主導権を奪うこと。
クルミも使っていた魔法だ。
「ーーっ」
超級魔法の相手は、さすがのマリアにも荷が重い。
魔法を打ち消すには、それより同等か上位の魔法を使わなければいけない。
同等である場合は、両者の力量で打ち消せるかが決まる。
超級魔法、〈絶対奪取〉の発動だ。
「ふふ……なるほど、この程度ですか」
それは決して強がりではない。
確かにこの魔法の威力は相当なもの。すぐには打ち消せないようだ。
しかし、それでも。
クルミの方が何倍も強い。
クルミと本気で戦ったことのあるマリアには分かる。この男もこの魔法も、クルミに手も足も出ないちっぽけな生き物であることが。
感じる。技の威力がなくなっていくのも。
こちらの魔法が上回ったのだ。
「ふざけんなよ……なんなんだよてめぇ!」
「……私は、クルミ様以外に負けるつもりはないのですよ」
「クルミ……? まさか、てめぇは!?」
何かを察したのか、フェガーは驚愕に顔を歪める。
「さようならです」
そんなことはどうでもよく、マリアはフェガーが放った超級魔法を制圧し、そのまま跳ね返す。〈黒死砲〉がフェガーを覆う。
その寸前、さらに想定していなかった出来事が起こる。
フェガーの姿が、その肉体が、消えたのだ。
またしても想定外の展開を目の当たりにしたマリアは、自分はまだまだであると自覚する。最初から本気を出していれば、このように相手を取り逃すこともなかった。
特にこの辺り周辺に人の気配はしない。
となると、誰かが転移させたということだろう。
遠くから誰かを転移させるという行為は、魔力の集中も必要となり容易くできることではない。いったい、誰が行ったのだろうか。フェガーが言っていた、グローリー王国が関係していると見るのが自然だ。
とりあえず、この騒動はこれで一件落着。
マリアは小さく溜め息をする。
「やれやれですね……」
予想以上に今回の戦闘で魔力を消耗してしまった。
敵が想定してきたよりも強く、手強かった。
始めから極限魔法でカナタに最上位の力を与えれば良かったのか。残りの三人はカナタの手で倒せはしたが、フェガーを取り逃がしたことは悩ましい。
「マリアさん!」
いろいろと考えている時、幼い声が聞こえる。
「カナタ……ですか。無事に逃げ切れたようで良かったです」
あの魔法は小屋全体を包み込む範囲だった。
逃げていなかったら、巻き添えになっていたことも十二分にあり得たのだ。
「それと、あの男は取り逃がしてしまいました。私としたことが、申し訳ありません」
「い、いえ! むしろそれで良かったというか……次会った時は僕が倒します!」
「次……ですか」
次があるだろうか。
だが、そうなると、カナタの力を取り消すわけにはいかなくなる。
この件が終わったらその力を返してもらう予定だった。
カナタには普通の人間として生きてほしいからだ。
このままいけば、後戻りができなくなる。
いや、もう手遅れだろうか。
「あの……マリアさんに、お願いがあります!」




