第23話「想定外」
ついにカナタは復讐を実行するべく、その場の足元を崩し、脚力のみの力で一気に距離を詰める。
それに対して、四人の中で一番大柄な男、ガドスが前に出た。
「ぐぬぅ……!!」
カナタからのハイキックを、ガドスは両手を使って受け止める。
受け止めてしまう。
肉体能力を行っていない生身の人間が受ければ、両腕が弾け飛ぶ威力はあった。余裕はあまりないようだが、攻撃を防いだことに意味がある。
やはり、マリアの予感は当たっていた。
フェガー、ジネル、ガドス、モイド、この四人も今のカナタと同じく、人知を越えた存在。このような人物が裏で潜んでいたにも関わらず、出会ったことがないのが不思議だ。
いや、そこではない。
問題となる部分はどうやって、その力を得たのかというところ。
ジネルという女性は王様と言っていたが、その王とは何を指しているのか。人間界の王は人間だ。だが、ジネルが言っていたのは必ずしも人間サイドの王とは限らない。
魔界が関係している可能性も考慮するべきだろうか。
自らの攻撃を受け止めたガドスに対し、カナタは笑う。
「いいよ……簡単に終わったら面白くないもんね。だから楽には死なせない!」
蹴りつけている体勢で、カナタは身体を一回転させーー
ーーかかと落としを放つ。
しかもこれは、ガドスの右腕のみに集中した渾身の一撃だ。
これが意味することは、ガドスの反応を見れば分かる。
「がっ! き、貴様……!」
ガドスは右腕を押さえ、何かを痛感したようにカナタに目くじらを立てる。
明らかに苦しませようとしている戦いぶり。
ガドスの腕の骨を折ったのだ。
「ジネル!」
「ったく、仕方ないわね」
ジネルの言葉が言い終わるよりも早く、カナタはジネルに接近していた。
正しい判断だ。
ジネルは回復魔法を発動しようとしていたのだろう。ガドスの次に迫る自分の危機に、ジネルは次なる魔法を使用していた。
〈魔法障壁〉
これより低位の〈魔法盾〉より上位に位置する中位魔法だ。自身の全ての角度を結界で囲い、カナタの蹴りを防いだ。
ように見えたがそうではない。
結界が重みに耐えられず、徐々に砕け散ってきている。中位魔法ではカナタの攻撃を防ぎきることができない。それを理解したジネルは、次なる一手を打つ。
「乱暴な子供ね……!」
転移系の魔法だ。カナタの背後、上空にまで移動する。
カナタは再び接近しようと空中に飛ぶが、その前に最も小柄な男、モイドが立ち塞がる。
「調子に乗るな」
ジネルを守るように前に立ち、カナタの顔に容赦のない攻撃を与える。
ただのパンチではあるが威力はあるようで、カナタを床と衝突させ、床が壊れる激しい音と同時に煙が上がる。
その間に、ジネルはガドスに回復魔法を発動させる。
これで形勢は元通り。
しかし、カナタの攻撃は鳴り止まず、その圧倒的猛攻が敵の予想外を突くこととなった。
モイドの両手に、鎖が絡み付く。
「なにっ!」
突如として絡み付く鎖に、モイドは煙が上がっているカナタの付近に引きずり込まれる。
「っはぁっ!」
鈍い音が響く。
カナタの両足蹴りが炸裂したからだが、それにしては鋼鉄の物体が衝突したように妙な音。
モイドを鎖で繋いだまま、静かに立ち上がり、左足をゆっくりと後ろに引く。
そこから残像が残る超高速の一蹴。
吹き飛び、モイドは壁を突き抜ける。
しかし、それはまだ鎖で繋いでいる状態。
ないとは思うが、万が一逃げられても困るだろう。
「おかえり」
二度自分の元に引きずり込み、同じく一蹴。
敵と同じく容赦のない攻撃は、止まることを知らない。
「何あの鎖……魔法なの?」
「さぁな……」
「〈魔力鎖〉だ。身体的なエネルギーを全て吸い取る、肉体自慢にとっては一発でノックアウトする厄介な魔法。解除するには魔力が高くなければならない分、あれには注意が必要だな」
三度、四度、五度と蹂躙を繰り返されているモイドを余所に、フェガーは冷静に魔法の解説をする。フェガー以外は知らなかったようだが、フェガー自体知っていることが驚きだ。人間が知っているということは、魔導書でも読んだのだろうか。しかし、魔導書は人間界には存在しないはずだ。
「どうでもいいけど、さっさと助けないと死んじゃうわよ」
「俺が行こうか」
今まで見ていただけのフェガーが先陣を切る。
自信に満ちている堂々とした振る舞い。他の三人よりも格上なのが見て分かる。
フェガーは一旦立ち止まり、足に力を入れる。
カナタと同じように、離れているその場から一気にカナタとの距離を詰めるべく、空中を駆ける。
その言動に気付いたカナタは、鎖で繋いだモイドを一蹴り放ちフェガーの元に突き飛ばす。
その時には、鎖は消えていた。
「邪魔だ」
自らに迫ってきたモイドを、フェガーは仲間であるにも関わらず、無慈悲にも片腕で弾け飛ばす。
「お前もね」
カナタは人差し指で大きく円を描く。指は白く輝き、描いた円にもチョークで書かれた後のように残っていた。
円から、炎の渦が吹く。
「それは魔法属性の……。ならば!」
炎がフェガーの身を覆う寸前、フェガーの周りに防御結界が張られる。
この防御結界は、魔法攻撃にのみ効力を発揮する。対物理攻撃には意味を成さない。
魔法攻撃を無効化されたことにより、カナタの顔に動揺が走る。
身の危険を感じたのか、空高く舞い上がり、距離を取る。
加えて、出現させた魔法属性の円からカナタとフェガーの間を割るように噴射する。
これは目隠しのつもりだろう。
「なめるなよ、ガキが」
フェガーの薬指に付けられている指輪が光る。
すると、炎の渦も、魔法属性の円も一瞬で消え去った。
「ま、魔法が……! つ、使えなーー」
カナタの腹部に、重みのある強烈な一撃が打たれる。
「あぁっ! ぐ……ぅ……」
両手でお腹を押さえ、自分を襲う痛みに悶えるカナタ。
このような強い痛みには慣れていないからだ。
普段戦うこともないカナタにとっては、あまりにも衝撃的な痛覚であろう。
「ははっ! どうした? 俺たちに復讐するんじゃなかったのか?」
挑発するフェガー。
それに刺激され、痛みに耐えながらもカナタは顔を上げ、手をお腹から離し、拳を握りしめようとする。
魔法が効かない以上、肉弾戦に持ち込むしかない。
ーーしかし
「がっ!? あぁ……い……ぅ」
カナタが手をお腹から離した瞬間、フェガーは再び全く同じ箇所を殴り付ける。
カナタの瞳の両端には、涙が込み上げてくる。
痛みのあまり浮かび上がってしまったものだ。
「ははは! そんなに痛えか? ならずっと押さえとけよ。そしたら次は顔を殴ってやるよ。その綺麗な顔をよ。いや、今のは男に言うセリフじゃねぇか。あはは!」
「でも私はその坊や、可愛いと思うわよ。おまけに強いし、使えるんじゃない?」
「ああ、そうだな。あの方に献上するか」
カナタはお腹を押さえつけ、目も開けることのできない状態にいた。
優位に立っていると思われたこの戦い、フェガーという男が出てきた影響で歯車が狂い出す。
予想以上に強かった。
いや、強かったのはフェガーのみか。
フェガーさえいなければ、この戦いはカナタの圧倒的蹂躙で終わるはずだった。
このままでは、カナタの身が危ないのは明確だ。
「はぁ……はぁ……!」
息を吸い、呼吸を整えようとするが、カナタの両腕に糸が絡み付く。
「あっ!」
「ごめんね、坊や」
そのまま両腕を広げられ、無防備な状態に移行される。
これはジネルの糸を使った魔法、〈操糸〉
糸の力によって操っているわけではなく、糸の中に込められている魔力によって操られている精神操作の一種だ。
「なんだよ、しっかり腹押さえておけって言ったじゃねぇか。悪い子だなぁ……」
徐々にカナタの表情に恐怖が浮かんでくる。
いくら力を得ようと、所詮は子供だ。
「安心しな、殺しはしないさ。痛くて苦しいだろうがな。お前のことはあの方の前に連れ出し、エネルギーを奪うか、仲間にするかを決める」
「! ふざけるな!」
魔法の効力に抗い、身体を動かそうとするカナタだが、思うように動けない。今のカナタは、恐怖よりも怒りの感情が強く出ている。恐怖を感じてはいても、復讐の心は決して忘れてはいない。
例え勝てなくても、逃げるという選択肢などあり得ないのだ。
外にいるマリアにも、助けを求めようとはしないだろう。
「暴れるな。すぐ気絶させてやる」
フェガーの拳が禍々しく紫色に輝く。
「許さない……! 今僕を殺さないなら、いつか絶対お前らを殺してやる!!」
「できるのか? お前一人の行動で、その頭脳で、その力でよ」
「お前……!」
「できねぇよ。お前一人のちっぽけな力じゃな」
フェガーは光り輝く拳を、カナタの顔に向かって突き付ける。
が、初めて、フェガーの表情が変化する。
謎の結界が、カナタの周りに仕掛けられていたためだ。
カナタの腕を纏っていた糸も消滅する。
「あなたは一人ではありません。今だけは、この私が付いていますよ」
フェガーの前に、ついにマリアが立ちはだかる。
急に現れた謎の女に対し、フェガーも動揺を隠せない。
「マリアさん……」
「想定外でした。まさかこれほどとは……。一先ず、あなたは下がっていてください」
カナタの復讐に水を差すことになるかもしれない。
だが、もはや耐えられない。見ていたくなかった。
カナタの苦しんでいる姿を。
マリアにとって、カナタは弟のように尊い存在。
そのように映っていた。
少しの間傍にいただけなのに、情にほだされてしまったようだ。
だから、許せない。
カナタを傷付けたこいつらを。
マリアは内心膨れ上がる怒りと共に、魔法を発動させる。




