第22話「幼き復讐者」
カナタは勢いよく小屋の天井を突き破る。マリアは崖の上から眼鏡を外し、千里眼でカナタの様子を見守る。今もマリアはカナタに復讐をしてほしくはないと願っているが、こうなった以上仕方がない。乗り掛かった船というものだ。故に、復讐を果たさせる。
「な、なんだ!?」
男の驚いた声が響く。こちらは黒ずくめの標的ではない見ず知らずの人間だ。この男の周りには、複数の男女の姿があり、いずれも同じ人間。黒ずくめの人物たちと対立するように向かい合っていた。
「……子供?」
「普通じゃない! みんな、気を付けろ!」
黒い服装をした者たちと対立していた人物たちは一部を除いて驚いた様子を見せていたが、それに対し、目的の標的たちは特に驚いた様子はない。
だがその目は、明らかに警戒していた。
「また会ったね……。僕は嬉しい……この手で、直接復讐をすることができるんだから!!」
狂気。カナタの瞳にあるそれは、子供とは思えない圧倒的な威圧感を放っている。復讐というのがどういうものかを分かっていたマリアには、これが当たり前だと理解していた。誰が何を言おうと、復讐が終わるまで決して意味を成すことはない。
カナタの発した言葉と同時に、小屋全体に嵐が吹き荒れる。
それは興奮。
本人が意図していなくても、燃えたぎる復讐心が自動的にそうさせているのだ。まるで、復讐を楽しむかのように。
「お前……いったい何者だ?」
黒ずくめの男が初めて言葉を発する。カナタの力の一端を見ても尚、冷静に相手を観察している彼らはやはり妙だ。
「僕はカナタ。お前たちを殺しに来たんだ」
今のカナタには他の人物たちのことは興味がないみたいだ。後方にいる男女には一切の一瞥も送らず、眼中にない。
「お、おい。お前……」
カナタの後ろから声がかかる。何が起こっているのか困惑しているようだ。それは当たり前の反応で、天井から人が降ってきたら誰もが驚愕し動揺する。
声をかけてきた男に対して、初めてカナタはその人物を見る。
本当に今まで気付いていなかったような反応だ。
「……君たち、誰?」
「いやそれはこっちのセリフだっつーの! お前こそいったい何なんだ!?」
「……ダイチは黙ってて。私たちはS級冒険者、国王陛下よりあの者たちを退治するように言われた。あなたは誰?」
ダイチと呼ばれた人物は、この中で最も動揺していた。剣などの武器は所持していない。
ダイチとは対照的に、落ち着いた雰囲気を醸し出している女性は誰よりも冷静沈着。その女性に何者なのかを問われたカナタは無言を貫き、答えようとはしない。瞳にも感情がない、読みにくい目をしている。
やがて、興味がなくなったのか、黒ずくめの男たちに向き直る。
「あなたたちの出番はもうないです。僕がこいつらを殺します」
「ちょっと待て。陛下からは殺さずに捕らえろと言われている」
小屋にいる誰よりも図体のデカイ男が話しかける。
「だから?」
たった一言。
ダイチたちの身を震わすほどの威圧が秘められていた。
「すみません……。あなたたち、ちょっと邪魔なので出ていった方が良いです」
カナタはダイチたちに向けて手を伸ばす。
それは相手に対して手を差し伸べるような優しいものではない。カナタの小さな手からは突如として竜巻が宿り、明らかな敵意を指し示していた。
その技の正体は魔法だ。しかも、かなりの高位。人知を越えた力。
マリアはその魔法を知っている。
《風体化》
風を自分の身体の一部として扱うことのできる魔法。今回カナタは左腕のみに風を宿したが、その気になれば全身を包むこともできるだろう。そうしない理由は、追い出すだけで殺しはしないということだ。そのため、本来発揮する威力よりも制御されている。
「おいアルト!! あれは何の魔法だ!?」
しかし、ダイチたちはそれがどういう魔法なのか理解していなかった。
見たこともないのだろう。当然だ。
人間に扱える魔法ではないのだから。
扱えたとしても、その肉体が持たないのだ。
「……分からない。ただ、危険だということは分かる。ルビアとズンも気を付けて」
「ごめんなさい」
カナタの前方、竜巻が小屋全体に拡大する。
さらにその姿は龍を描いており、生きているみたいに動いていた。
圧倒的な風格。
元が風とは思えない、凄まじい威圧感。
これにはたまらずダイチたちも畏怖し、冷や汗をかく。
「お、おいおいマジかよ?」
龍の姿を保ったまま、竜巻がダイチたち目掛け襲いかかる。
ーーだが
竜巻が振りかぶるより前に、動きが停止する。
風の音さえも、存在していないかのように。
予想外の出来事。
それはカナタのわずかに驚いた表情を見ればすぐに分かった。
謎の力の正体、魔法とは違う。
魔法であれば少なからず魔力がこめられており、どんな魔法にだって存在するものだ。
「た、助かったぜ、アルト」
アルトと呼ばれた女性は腕を前に突き出しており、表情が曇っていた。
「……もうやむを得ない。ルビア、早く攻撃を!」
「で、でも……!」
「このままでは私たちがやられてしまう! 本来の目的を忘れたの?」
ルビアと呼ばれた女性は迷いながらも、両手に小さな物体を出現させる。
一見、カナタが劣勢に立たされているようにも見えるが、マリアが与えたエネルギーはそんなに柔なものではない。
「うるさいよ」
カナタの一言で停止されていた竜巻が、突然活動を再開し、ダイチたちの身体を包み込む。
これは魔法。魔力がこめられていたため断言できる。
〈能力解除〉
使用された能力を無力化する魔法だが、あくまで本人が最初から持っていた能力のみに有効だ。
つまり、魔法をキャンセルすることはできない。
この魔法が効いたことから分かることは、アルトという人物が先天的にそのような力を持っていたこと。
考えられる能力は様々だが、人間にしては強力な力かもしれない。
能力を解除されたアルトたちにもはや防ぐ術はなく、強烈な風がその身に覆い被さる。
ダイチ、アルト、ルビア、ズンの四人は微かな抵抗を示すが通じることはなく、有無を言わさず小屋の遥か外にまで吹き飛ばされる。
そのまま彼らが動くことはなかったが、死んではいない。
〈風体化〉によって作られた風の中には、睡眠系の魔法も含まれていたからだ。
魔法に対する手解きを一切していないにも関わらず、ここまでの技術が使えるのは才能だろうか。魔法の中に魔法を忍び込ませる行為には、マリアも関心させる。
「ごめん、これで邪魔者はいなくなったよ」
「お前は……いったい」
カナタは再び相手に向き直り、自らの腕を纏っていた風を消す。
「ねぇ答えてよ。どうして僕の両親を殺したの?」
カナタからの問いに、男たちは答えない。
「いや、それだけじゃない。僕の両親以外にも、お前たちはたくさんの人を……。絶対に許さない」
憎しみに満ちた瞳。
マリアには分かった。その目には、涙も浮かび上がっていたことが。
相手には見えていない。
「……あのエネルギー」
「ええ、神は私たちに味方したようね。大物だわ!」
何を言っているんだと言いたげな、消えぬ憎悪の瞳で睨み付ける。
「………………答えてってば。どうしてお前たちは……! たくさんの人々を、僕の家族を殺したんだ!!」
カナタの激昂を前にしても、余裕感のある態度で微動だにしない。
何か裏があるのは間違いない。
だが、人間が今のカナタに勝てるとは思えない。いったいどんな手段を使うつもりなのだろう。
「まずは自己紹介をしようや。俺の名前はフェガー。こっちの女はジネル、大きい方の男がガドスで小柄な方がモイドだ」
フェガーと名乗った男が丁寧にメンバーの紹介をする。
四人の共通点と言えば、揃って黒い服装とマスクを着用しているところ。夜に活動しているため、闇に溶け込むためかもしれない。
「ふざけるな。お前たちのことなんて聞いてない」
「おー、そうだったな。何故俺たちが人殺しをするのか、だったか?」
「それはね、必要な犠牲だったからよ。私たちのためにも、そして私たちの王様のためにも!」
何を言っているのか、マリアでさえ混乱する。
王というのは何を指しているのだろう。
国に属する国王だった場合、フェガーたちは王からの刺客。
即ち、国王が悪人、ということだろうか。
しかし、分からない。
だからと言って何故、人を殺す必要があるのか。
「何それ……意味分かんないよ。ふざけるのもいい加減に……」
「別にふざけちゃいないわ、私たちは大真面目よ。あの悪魔を殺せるだけのエネルギーが必要なの。でもあなた、ラッキーね。私たちと会ったことで、きっと天国にいる両親にも会える」
遠回しに殺すと言っているが、今のカナタに勝つ自信があるということだろうか。
あの魔法を見ても尚。
「そうだね……お前たちを殺した後で、そうするのも良いかもしれない。でさぁ……もういいよね。我慢の限界だよ……。早く……早く復讐を……!!」
狂気じみた声を出すカナタ。
今のカナタは、出会った頃のカナタとは別人だ。
見ているのも苦しい。
復讐をしても、何も変わらない。
カナタだって、それは理解しているはずなのに。
しかしながら、マリアには分かっている。
それを抑えようとしてしまえば、自分自身が壊れるということに。
人間も魔物も、脳裏に復讐という言葉が憑依してしまえばそこまでだ。
生き物を動かす上で、最も強い感情。
今のカナタは復讐者。
憎き敵に向かい、足を運ばせるのみである。




