第21話「歪んだ感情」
そしてその様子は、遠く離れた国にいる、とある者たちによって見られていた。マリアは水晶を掲げ、カナタにも見せるようにクルミたちの姿を映し出していた。こちらもあれからかなり時間が経っている。日はどんどん暮れてきており、人の気配も少しずつ減ってきているようだ。
「あの……マリアさん。クルミさんって……」
それだけで言いたいことはだいたい理解できた。やはり彼も、クルミの言動には疑問を感じている。カナタに限ったことではない。圧倒的な力を誇り、多種多様な魔法も扱えるクルミは最強だ。誰も勝てるはずがない。いたとしたらそれは、世界が滅亡するほどの一大事。いや、果たして世界だけに留まるだろうか。
だからこそ、クルミの目標を聞いた者は誰もが首を傾げ、耳を疑う。マリアだって最初はそうだったのだから。
「不思議ですよね。死を望んでいる魔物なんて」
「でもどうして……」
それはマリアにも正確なことは分からない。ただ、マリアたちがクルミと共に行動しているのは、いつかクルミを殺すという規約があるからだ。言ってしまえばそれ以外に、クルミと共に過ごす理由などない。
「その“どうして”とは……どういう意味での“どうして”でしょうか?」
マリアは二通りの解釈を想像した。
一つ目は、何故死を望んでいるのかという疑問。
二つ目は、何故自殺をしないで、マリアたちに殺させようとするのかという謎。
はたまたどちらの意味も含んでいるのかもしれない。
前者も後者もマリアには詳しいことは分からないが、推測はできる。推測というよりも、憶測に近いものだ。生き物が死にたいと思うとき、それは自らの運命を呪い、憎み、駆り出される復讐心によって生み出される感情。
人間社会でもそうなる者たちは数多く存在する。恐喝や暴力、パワハラと呼ばれる自らの権力を利用した嫌がらせ。そのような他人を陥れようとする行動のせいで、人も復讐心に駆り出されることがある。
クルミも似たようなことがあったのかもしれないが、あまり考えたくはない。
考えるべきではない。
いくら考えても、答えは出ないのだから無意味。
それはある意味で、考えを放棄することによる逃げなのかもしれないが、それでいい。
自殺をしない理由は、マリアも当初考えたことがあった。
その結果、強すぎるからという結論に至った。簡単に言えば、自分で自分を殺すことすらできないということだ。
あまりに肉体能力が高すぎる。
最凶最悪の種族である所以もあり、その肉体は永遠に再生を続ける。
恐らく、心臓を貫いてもクルミを殺すことはできないのだろう。
「……どうしてマリアさんは、クルミさんを殺そうとするんですか?」
カナタからの予想外の質問に、一瞬マリアの思考が停止する。まさかそんなことを聞かれるとは思ってもいなかった。
何故マリアがクルミを殺そうとするか、クルミの望んでいることだからとしか言いようがない。だが、改めて問われると思わず考え込んでしまう。特に長くはない付き合いとはいえ、マリア自身もクルミに対し好意を寄せているのは確かだ。
普通の感性を持っている者なら、その相手を殺すことなどできるわけがない。
できたとしたら、その人物は異常であり、完全なる異端者だ。
そう。マリアは異端者。
マリアには確信があった。
クルミの目的はマリアの目的であり、何としてでもやり遂げなければならない絶対のもの。
きっと殺せると。
「好きだからですよ。本来なら路頭に迷うはずだった私に、手を差し伸べてくれたのがクルミ様でした。周りから見れば歪んだ感情、訳の分からない戯れ言のように聞こえるでしょう。ですが、クル様のおかげで私にも生きがいが出来たのです。だから……せめてもの恩返しですよ。いつか絶対に、あの方を殺さなければなりません」
悲しいことだと思うだろう。愚かで哀れなことだと思うだろう。
それでもいい。マリアの気持ちは微塵も揺るがない。
だからこそ、いつまでも遊んでなどいられないのだ。
一刻も早く、決着をつけなければならない。
他の誰かでもなく、自分自身の手で。
「そう……なんだ。僕にはよく分からないです。好きな相手を殺すなんて……僕には……」
「大丈夫です、あなたは正常ですよ」
カナタはごく普通の男の子。闇に手を染めるべきではない、人間社会の中で平和に生きていくべき人間。そういう意味では、カナタに光を提供できなかった人間たちが憎い。本当なら、今も平和な街で暮らしていたはずなのだ。
そう考えるとショートだって同じであった。
人間として生まれていれば、みんなのムードメーカーとして周りを盛り上げてくれるとても貴重な存在。それなのに、魔物として生まれたせいでそれができず、ショート自身も人間を嫌っているようだ。
世の中は理不尽。
人間も魔物も、宿命からは逃れられない。
「そうなのかな……。だけど、誰かを好きになる気持ちは魔物にもあるんですね」
「……そうみたいですね」
「なら……仲良くなれたりもするのかな?」
不安そうにカナタは言った。人間にも魔物にも似た部分はあるが、だからと言って同じではない。生まれてきた場所も、育てられ方も、周りから受ける対応も、何もかもが違うものだ。
「それは無理です。人間と魔物は相容れない関係、決して混じり合うことはありません」
肯定してほしかったのか、カナタはガッカリしたように意気消沈する。
「あの、いろいろと話してくれてありがとうございます。そろそろ……」
マリアは再び眼鏡を外す。
ここに到着してから結構時間が経過したため、場所を移動していることもあるだろう。
千里眼で遥か先を見通し、隠れ家のような薄暗い中で、複数の人間がいるのが確認できた。だが、最初見た時と異なっているところがある。
人数である。最初見たときは四人だったが、今はその倍の八人だ。
しかも、何か対立しているように見える。
戦っているのだろうか。
「早く行かないと先を越されてしまうかもしれません」
「そいつらは反逆者ですから……よくあることです。あと、そこまで行くのに僕、走って行きたいです」
「分かりました」
カナタに与えた力は強力なもの。人間であるカナタはそれを上手く制御できずに暴走することもあるかもしれない。少しでも慣らしておくべきだ。
「では……」
マリアは位置情報を再確認し、目的の方向に数歩歩く。
「行きましょう」
「は、はい!」
全ては復讐のため。
闇の目的を果たしに、人々の空中を股がり、家々を踏み台として歩み寄る。
距離はそれなりに離れているが、このペースならば五分もかからない。
そして感じる。誰かと誰かが争っている気配が。
それだけじゃない。今まで感じたことのないような、妙な力の流れも感じ始める。
カナタの話を聞く限り人間だと思うが、それにしては違和感。
普通とは違っているのがマリアには分かった。
「……ここですね」
違和感を感じている間に、目的の小屋に着いた。
激しい爆発と同時に飛び散る火花。中で戦っているのが分かる。
「ようやく……」
カナタは力強く拳を握りしめる。今度はその小さな拳を中心とした火花が散り、その表情は憎悪に満ちていた。この火花はカナタの握り拳が出しているものであり、それほど強力な力だ。
誰が誰と戦っているのかなど、興味もないのだろう。
「一応、気を付けてくださいね」
「はい」
今までよりもおどおどとした口調ではなく、感情のない声で返事をする。
するとカナタは、その場から一息に足場を崩し、小屋に向かってジャンプをする。既に力を使いこなしてるような動作だ。
魔法の使い方などは教えていなかったが、肉体能力だけで戦うつもりだ。
もちろんそれで十分だろうが、どこか不安を感じる。




