第19話「クルミとショート」
「それでは受け付けが完了致しましたので、レイ様は控え室にてお待ちください」
クルミたちは闘技を行う大きな場所で受け付けを済ましていた。何人か選手たちも見てみたが、想像していた通り有象無象の集まりだ。レイに言わせると、こいつら如き一瞬で切り伏せられると豪語していた。
事実、やろうとすればそうなることはクルミも十二分に実感していた。この戦いでも下手すれば殺しかねない。一応、手加減するようには言ってあるが心配だ。
どうやらエンペラー王国の全ての街に、このような闘技大会が部門別で開かれるという。ここは剣士だけの闘技大会だが、他の街では単純な格闘技で競うものや、魔法使いだけが参加できる大会も存在していると話していた。
あのピエロはこの街だけのメインイベントだと言っていたが、場所によって形式が違うとなると、あながち間違いではなさそうだ。
この剣士だけの闘技大会では、全員が何の変哲もない同じ剣を持って闘技する。当然のように、平和主義の人間たちは相手の殺害禁止というルールを取り入れている。
気絶しても負け。それらはまだ納得できるが、場外負けもある当たり、人間は甘さが垣間見れる。範囲を収めるためかもしれないが、単純に力を競うのであれば、あくまで舞台はそこで戦うという基準にするのが最良だ。舞台が全壊でもしたらどうするつもりなのか。
それとも、そこまでできる実力者がいないということなのだろうか。
「レイ、言っておくけど、何も問題事は起こさないでね」
クルミは周りに聞こえない小さな声で、再度レイに忠告する。
「ああ、分かってる。他の連中が私に失礼したら分からないがな」
「何かしたらこれぶん投げるから」
クルミは手品のように、三本のダイナマイトを取り出す。それも火を灯している状態。今にも爆発しそうな嫌な音を立てている。
「……それはマジで洒落にならないぞ」
「あなたが何もしなければいいだけだから」
「ふん、今回は大人しくしておいてやる」
そう言い残してクルミたちの元から去っていく。
本当に大丈夫だろうか。観客は観客席で待機することになっている。もうそろそろ開会式が始まる。近くにいれない分、不安が残る。
「大丈夫かな。でもクルミちゃん、どうしてそんなに争い事を避けたいの?」
今までは、街などを倒壊させて向かってくる人間たちも滅ぼしてきた。だから今回も、別に何かあったところで特に何も変わらない。何も問題ではない。例え争いが起こっても、返り討ちにするだけだ。
「無駄な殺生をするのは嫌なんだよねー。ますます人間がいなくなっちゃうよ」
クルミたちが奪っていった命はどのぐらいだろうか。
きっと計り知れない数。
「僕としては別に……人間なんて……」
どこか遠くを見ているようだ。過去に思いを馳せているようでもある。
「人間はクルミちゃんが思ってるよりも悪い奴だよ。僕たちと……大して変わらない」
クルミたちがたくさんの人間を殺してきたように、人間たちも力ある者はまた数多の魔物たちを葬ってきている。向こうが何もしていなくても、人々は魔物というだけで刃を向ける。
人間と魔物は紙一重だ。
違いとなる部分は、種族だけ。
「……そうだね、分かってる。あ、そうだ。何か話があるんだっけ?」
「え……でもこの件が終わってからって……」
「どうせ開会式のあとまだ時間があるし、今でいいよ。さぁおいで」
建物の中をゆっくりと出るクルミ。ショートもその後に付いていく。
外へと出た瞬間、クルミは一瞬で辺りを見渡し、誰もこちらを見ていないことを確認する。その時を見逃さず、クルミは姿を消す。転移魔法だ。
「冷たい風……だね」
そこは上空。雲の上。
風を全身で感じていると、ショートもまた姿を現す。
「クルミちゃん、どうしてここ?」
「落ち着いて話せる場所……付いてきて」
クルミはさらに空の中を上昇する。その速度に影響され、風の鼓動も速くなり、クルミたちの周りを中心に更なる風が吹き出す。疾風などで言い表せない速度で上昇し続け、クルミの視界が神秘的で美しいものへと変わっていく。やがてクルミたちは、人っ子一人いない空間、宇宙へと辿り着く。
「クルミちゃん……本当になんでここなの……」
クルミたちの真下には、薄紅色に輝く大きな惑星が存在していた。それはまるで、クルミを象徴しているようでもあった。
普通であれば、宇宙空間には酸素がないため、呼吸をすることが不可能だ。しかし、クルミとショートは自身を纏う特殊な結界を張っているおかげで何ともない。これも魔法エネルギーの力だ。
「宇宙ってやっぱり綺麗だよね。いろんな星々があって、この惑星以外にも住んでる人いるのかな」
もしも他に生命体がいるのなら、いつか行ってみたいものだ。
宇宙の広さを、この身で実感し、味あわせてほしい。
「それにここは……遠慮なく暴れられる場所。ショート、一回戦ってみよう」
「え、な、なんで?」
「二つの確認をしたいからね。手を抜いたりすると、大怪我しちゃうかもよ」
ショートの方はあまり気乗りではなさそうだ。
本気を出させるためにも、クルミから力を解放しないといけない。
そして、クルミは知っている。
昔ショートが、一つの国を跡形もなく消滅させたことがあることを。
当初そんなことを話していた。それぐらいクルミにも可能な芸当だが、そんなことができるショートは非常に貴重だ。子供ながらにして国一つ滅ぼせるエネルギー。
さらに、魔物だって成長する。
子供のショートも、時間が経てば大人になる。
大人になれば、肉体も成長し、力が増す。
それが意味することは、一番の可能性に満ちているのはこの子だと言うことだ。
「本当にやるの?」
「もちろん!」
クルミは瞬時にショートとの間合いを詰める。
未だ戸惑っている様子であったが、右腕を盾とする防御態勢に入った。
だがそれに闘志は見受けられない。
ショートの言いたいこと、それが徐々に分かってくる。拳で会話とはまさにこのことだ。
このまま普通に殴り付けるだけでは面白くない。ショートの動揺を誘うためにも、少し捻った攻撃をしてみる必要があるだろう。
クルミの右拳がショートの右腕と衝突する寸前、クルミは姿を消す。転移魔法の応用だ。
ショートの身体がピクッと反応し、ちょっとだけ驚いた様子を見せる。
「こっちだよ!」
背後から自分の存在を示し、今度こそ殴り付ける。
拳からは何かが燃え上がっている、変な音が聞こえ始める。
どれだけその拳にエネルギーが隠っているかの証明だ。
これが命中すればダメージは避けられない。
だが、単純な速度で競うのなら、クルミとショートはほぼ互角。
背後から仕掛けたクルミの拳がショートの身体に衝突するまでの間、正面を向いているのには十分可能な時間だ。
「ぐっ……!」
ショートは右手と左手を重ね、クルミの一撃を防ぐ。
いや、防ぎきれてはいない。
クルミから放たれた拳の威力は一向に止まらず、ショートを殴り飛ばすべくさらに威力が増す。
これにはさすがのショートも顔を歪める。
「ぐぅ……! 僕は……負けない!!」
やっと闘志が生まれたようだ。
クルミの拳を受け止めつつ、ショートの両足がクルミの腹部に強烈な一撃を加える。
「あはは! いいねいいね!」
しかし無傷。全くのノーダメージだ。
クルミが遠くに吹き飛ばされる程の重みが込められた蹴りも、その肉体を傷付けることはできない。
一方、ショートの左手には、クルミの拳を支えていたため、やや焦げた後がある。
「僕は……クルミちゃんよりも強くなりたいんだ」
ショートの手から黄色いエネルギー体が生まれる。
「その気持ちは、今だって変わらないよ!」
黄色のエネルギー体に向かって、ショートは勢いよく殴り飛ばす。
クルミはこの技を知っている。
エネルギー体に加わる重圧によって威力が倍増する、使用者が強ければ強いほど力を発揮する技だ。そして、エネルギー体であった物体はショートの力強い一撃によって、エネルギー弾へと変化する。
「分かってる……」
クルミはそんなエネルギー弾を、右手一つで受け止める。
軽く受け止めているようにも見えるが、そうではない。
クルミの右手に妙な感覚が生まれる。
片手だけだと、完全には防げないようだ。
それを理解したクルミはその状態で、エネルギー弾を、自らの握力で握り潰す。握り潰されたエネルギー弾は爆発音を立てると同時に物質へと変化し、周囲に美しく散っていった。
「やっぱりダメか……。本当に強いなー」
「……全然ダメじゃない」
自分の右手がわずかに痺れているのを確認したクルミは、ショートには聞こえない声で呟く。
ショートは強い。
ギラン、マリア、レイの中でもショートが一番の戦闘能力を有している。
つまり、今のところ一番クルミを殺せるかもしれない才能を秘めているのがショートということだ。
ただーー
「あなたの言いたいことは分かったよ。でもね、それだと私といる意味がーー」
「違うよ!! 僕は……!」
ギランたちがクルミと共に過ごしているのは、いつかクルミを殺すという条件があってのこと。ショートだって例外ではない。
今までもそうだったが、ショートがクルミに殺気というものを出すことはない。威圧的な気配を漂わすことはあるが、それでもギランたちとは違い、殺意を出したりはしなかった。
そこからも薄々感付いてはいた。
クルミよりも強くなりたい。その気持ちは変わらない。
それが嘘偽りない本心だということは分かった。
そこに、殺意がないということも。
「クルミちゃんが望んでいることは……叶えるよ」
弱々しく届くショートの声。
クルミの目的。それ即ち自らの死。
普通の者が決して望むことのないことを、クルミは夢見ていた。
そしてそれは、できればショートに果たしてほしい。
死ぬことがクルミの目的だが、殺される相手も選びたいのだ。
「……お願いね。あなたならきっと……」
それが宇宙空間での最後の会話となった。
それ以上は特に何も言うことはなく、自分たちの惑星に、転移魔法を使って帰還する。クルミとショート、二人の間には複雑な感情が渦巻いていた。




