第16話「戸惑い」
大混乱。国の状況を一言で表すならばそれであった。
勇者たちの遺体が発見され、すぐさまそれはアーネスト王国全体に知れ渡った。他の国にまで情報が行き届くのに、一時間もかからない。
あれだけ信頼していた勇者だ。それが敗北し、それも死亡したとあれば、精神的なショックは相当なものだ。誰もが信じたくないと俯く。
そんな状況の中、クルミたちは能天気に過ごしていた。
国の事態などそっちのけで、試行錯誤しながら変装を楽しんでいた。そこにギランの姿はなく、マリアは眠っているカナタの隣に寄り添っていた。
「えへへ……黒髪にしてみるのもいいかも。この方が人間っぽく見えるよね」
ショートは人よりも大きな鏡を見て、自分の染めてみた髪を確認していた。しばらく浴室に籠っており、そこで染めてきたのだろう。髪などを元に戻すときは、時間を巻き戻す魔法で簡単に元に戻せる。実のところ、マリアでなくとも時間を操る魔法はクルミやショートも扱えるのだ。何故魔法でてっとり早く髪を変化させないのかが疑問ではあるが。
「でもショートは金髪の方が似合うと思うなぁ。
あ、そうだ。このヘアピン付けてみて!」
そう言ってクルミが渡したのは、スモールピンタイプのヘアピンだ。ヘアピンは本来男が付けるものではないが、ショートの場合は顔立ちがやや中性的なところがあるため、とても似合いそうだと思いながら。
「な、何これ? 僕この付け方分かんないよ」
「じゃあ付けてあげる」
ショートの前髪を触り、クルミは馴れた手つきでヘアピンを留め始める。ショートは恐らく、魔物の社会で生まれたからヘアピンを見たことがないのだ。
クルミの視界には、心なしかショートの顔が赤く見えた。
「あ、ありがとう」
ショートは鏡を見て自分の髪を確認する。ショートがどう思ってるのかは分からないが、クルミからして見ればやはりショートにピッタリだと言えた。
ただ、基本的には女の子が身に付ける装飾品であるためか、やや恥ずかしそうである。
「おい……お前らどんだけ時間かかってんだ」
ふと後ろからレイの声がかかる。その姿を見た二人は、知らぬ内に息を飲んでいた。
普段はロングヘアーの髪を一本結びにしたレイの髪は、ツインテール。さらに眼鏡を着用しており、若干知的なイメージを思わせた。キャラ崩壊とはこの事を言うのだろうか。
「わぁ……なんかすごい」
「完璧な変装だろ? 別に髪なんて染める必要はないんだ」
「でもレイは髪が長いからできることでしょ? 僕とクルミちゃんはそんなに長くないし」
レイの場合は、髪が長いからこそ出来た芸当である。髪を道具で染めたりするのは面倒ではあるが、二人の場合は色を変えたりでもしないと人によってはバレてしまう。
「そうだよねー。ねぇショート、私は何色の髪が似合うと思う?」
「そのままが一番似合ってると思うけど、変えるとしたら……水色とか?」
クルミの髪は現在薄紅色。
一気にイメージが変わるようになり、変装をするのであればそれが一番良いかもしれない。
ちょうど、水色はクルミの好きな色だ。
「そうだね、そうしよっか!」
そう言ってクルミは、細長く大きめな机に置いてある髪染めの道具を一瞥する。通常であれば、これらを使うのが正解であるが、世の中には魔法という便利なものがある。
髪の色を変えるぐらい、魔力の消費量も少なく朝飯前に使うような魔法だ。
「別にこれを使わなくてもね」
次の瞬間、クルミは指をパチンと鳴らし、その髪が水色へと変化する。
指を鳴らしたのは、ただのそれっぽい演出あり、実際その必要はない。
「えー! クルミちゃんずるい!」
「何で魔法があるのに使わなかったの? 髪を染めるのってすごく面倒じゃない? ヘアカラーリング剤を塗ったり、洗い流したり……。どうせ消費した魔力は一日で元に戻るんだから、こうしとけば良かったのに」
そもそもよく、人間社会の髪染めの仕方が分かったものだ。
「確かにそうだけど……」
時々、ショートは人間を嫌っていながらも、人間らしい言動を取ることがある。こうして見てみると、普通の人間にしか見えないのに。いろいろと惜しい気もする。
もしもこの子がーー
脳裏にそんな感情が宿ったが、クルミはそれを心の奥にそっとしまった。
「まぁいいや、変装はこのぐらいにしとく?
……いや、最後にこれだけ付けてみようかな」
クルミはテーブルの上に置いてある水色のリボンを取り、それを左前髪のあたりに飾る。水色以外にも、たくさんの色が用意されていた。
よくもこれだけの種類を集められたものである。
「やっと終わったようですね」
マリアが一人言として呟く。クルミたちのもとまでは届いていない。
ふとマリアの視線が、カナタにいく。
ぐっすりと眠っているようだ。あまり顔には出していなかったが、マリアたちと出会った時からカナタは疲れきっていた。それだけ大変なことがあったのだと、予想がつく。
それでも挫けた素振りを見せなかったこの子は、相当強い子だ。
眠りについているカナタをどう思ったのか、マリアはカナタの頭をそっと、優しく撫でる。そうしているマリアは、我が子を見ているように優しく、微笑んでいた。
「もう大丈夫ですか? 道具は片付けますね」
マリアは置いてある全ての道具を瞬時に消滅させる。元の場所に戻したのか、本当に消滅させたのかは定かではない。
「ありがとマリア。いろいろと楽しめたよ」
「それは良かったです」
「それで、そろそろ出発するんだろ?」
「そうですね。……安眠しているところ悪いですが、そろそろ起こしますか」
マリアはカナタの身体にゆっくりと手を伸ばし、優しく揺する。
「ん……あ、あれ……。ここって……」
「急に起こしてごめんね……」
普段とは異なるマリアの口調。発言をした時の表情。
いつもなら絶対に見せることのない、安らぎに満ちた顔。
それに対して、カナタが激しく反応した。
「お母さん!!」
「ーー!」
カナタは一気に上体を起こしマリアの方を見るが、次の瞬間我に返り、数秒の間ぼんやりとマリアを眺める。
「あ……! いや、その……ご、ごめんなさい!」
「……いえ、謝る必要はありませんよ」
クルミはずっと気になっていた。マリアの、カナタに対する優しさが妙であると。マリアがここまで優しさを向けるという時点で、何か裏がある。それが良い意味でか、悪い意味でかは分からないが、どちらにしても、マリアとカナタが共に行動していれば明らかになるだろう。
しかしながら、悩ましいことでもあった。
「私たちの準備は整いました。いつでも私は出発できますよ。
……あなたの復讐を果たしに」
「はい……。あ、あの、ありがとうございます」
少し眠そうにしていながらも、きちんとお礼を言う。礼儀正しい子だ。
だからこそ、こんな幼い子に罪を着せたくないものだが。
例えマリアがその手でカナタの代わりに復讐を果たしても、その罪の意識は結局カナタにいくのだ。魔物ならともかく、人間であればその感情は特に感じやすい。
悪い人間なら、罪悪感を感じることはないのかもしれないが、少なくともカナタは優しくてとても良い子のはずだ。それは間違いない。様々な人物や魔物を見てきたクルミには断言できた。善と悪とでは眼の輝きが違う。生きてさえいれば、輝きは必ず現れるからだ。
復讐をするということがどういうことなのか、本当に分かっているのだろうか。
「……行きましょう」
ここからは別行動だ。クルミとショート、レイは他の王国に行ってみるだけ。それ以外にすることは特になく、あくまで暇潰しの感覚だ。もしかしたら、途中で興味の出てくるものや行ってみたい場所ができることもあるだろう。目的は定まってはいない。
マリアはカナタと一緒にヴァリキリー王国に向かい、ギランはここに残る。
それぞれの事が済んだらグローリー王国という国に行ってみるのも良い。
一応クルミたちだけで今行くこともできるが、面白そうなところには全員で行ってみたいのだ。
そこに新たな発見があるかもしれない。




