第14話「次なる目的」
やはり、人間が一番力を発揮する感情がそれであろう。
あの勇者も、国が滅ぶかもしれないという極限の状況で、さらに力を増した。結局は取るに足らない力にすぎなかったが、実際に王国を滅ぼしてしまえばあんなものでは済まない。
心や身体だけでなく、その人の秘めた才能にまで影響し、発揮する。復讐がもたらすエネルギーは、想定を遥かに上回るものなのだ。
「うぅ……。何でお母さんとお父さんが死ななきゃならなかったんだろう……」
零れ落ちる一粒の涙。場に重たい空気が流れる。
「えっと、ごめん。ちょっと空気読まないこと言うけど、そう言えばクルミちゃん、国を滅ぼすって話どうなったの?」
「え? 滅ぼす……?」
「あー、ごめん。やっぱりやめることにした。国にはまだまだ可能性が眠ってるみたいだし、滅ぼせばそれで終わりだけど、残しておけば価値が生まれるかもしれないからね」
「そっか」
「……僕としては、別に滅ぼしてくれても」
カナタは小さな声でそう呟いた。聞き取ることは困難なほど小さかったが、人並み外れた聴力を持つクルミたちにははっきりと聞こえていた。
それほど、今の彼には生きる気力もさほどなく、簡単に言い表せば絶望していることも理解できる。自分も死ぬことになろうと、カナタにとっては関係ないのだ。
「ま、まぁ。つまりは、その復讐を僕たちに果たしてほしいってわけだね。で、みんなどうするの?」
「復讐は自分で果たさなければ意味がないと思いますが」
「私らがそれを引き受ける義理はないだろ」
ギランとレイの冷たい一言が響く。
しかし、彼らの言っていることは正しい。人間が魔物に頼み事をするのはそもそも筋違いなのだ。人間と魔物はお互いの領域に踏み入ってはいけない関係。人間は魔物を討伐し、魔物が人間に脅威を与える。それが両者の関係と言っても過言ではない。
カナタは瞳の端にうっすらと涙を浮かべ、俯く。
「じゃあ……僕を殺してください。もう、生きていくのも嫌だよ……」
再び重たい空気が場を包む。
「では……交換条件というのはどうでしょう。この子の持っている全ての情報を、私たちに提供すれば力を貸すというので」
それはあの時、クルミがあの勇者に持ちかけた取り引きと目的が一致する内容であった。結局決裂に終わったが、ここでそれを使うのもアリかもしれない。
「採用! なんか私たちとグルになるようで悪いけど、君はそれでいい?」
「はい、大丈夫です。えっと、ありがとうございます!」
迷うことなく即答で答える。まずは何から聞くべきだろうか。
この子はまだ幼い。もしかしたら知らないこともたくさんあるかもしれない。
だが、ヴァリキリー王国からここまで来たということは、少なくとも方角ぐらいは把握しているはずだ。
クルミがその事について質問すると、このアーネスト王国を中心とした知る限りのことを教えてくれた。まず、アーネスト王国から南に進んだ地点がヴァリキリー王国らしい。森の中をくぐり抜け、川や岩山を通った先に位置する。他の場所からでも、通回りにはなるが行くことはできるみたいだ。
カナタは最初、気付いた時から森の中にいたが、川や岩山を通り抜けて来たということだろうか。そこは別に重要ではないため、詳しくは追求しない。
そして、ここから南西に進んだ場所がエンペラー王国。西に行った場所がイージス王国らしい。いずれも、近道して行った場合の地点だ。
これらはまとめて連合国となっており、協力関係にある四ヵ国であるようだ。
「オーケー、ありがとう。それじゃあ最後の質問。あなたは勇者たちよりも強い相手を知っている?」
「えっと……分かりません。でもいるとしたら、他の王国かな……」
「国はまだまだあるんだよね。近くにある国家だけ教えてくれる?」
クルミの問いかけに、カナタは素直な態度で話をする。ここから遥か北に移動した先がグローリー王国。その東側がクレセント王国、西側がストラース王国という国が存在しているようだ。
特にグローリー王国は、他の王国と比べて異質であり、治安が悪く、人々が活き活きとしていない国だという。別に、そんな国があることは不思議ではない。
だがそのあとの話を聞いたクルミは、思わず耳を疑った。
その内容は、国王自身が高い戦闘能力を持つ唯一の国だという事実だ。
戦えるという点においては不思議ではない。問題はその後の発言。
隣国のストラース王国から戦争を仕掛けられた時には、たった一人でほとんどの住民を根絶やしにし、返り討ちにしたという。
国王ならざるその強さ。クルミはあの勇者が言っていたことを思い出す。
あの飴玉のような何かは、グローリー王国の王からアーネスト王国の王に向けて送られてきたものだと話していた。グローリー王国には、普通じゃない何かがあるのかもしれない。
「へぇ……ちょっと興味湧いてきたかも」
事が済んだら行ってみるのも悪くはない。この子の依頼をこなした後で。
「いろいろと教えてくれてありがとね。とりあえずは、ヴァリキリー王国に行って、そいつらを殺ればいいわけだ」
「なぁ……全員で行く必要ってあるのか?」
敵の力量は分からない。カナタならば、何かを知っているかもしれないが、あえて聞かないようにしていた。その方が、面白味が生まれるからだ。
とはいえ、大した実力を持っていなさそうなのもまた事実。
勇者が苦戦する程度の相手ではまだ足りない。
「確かに、一人だけで十分かもね。マリア、行ってきて」
「私……ですか?」
「言い出したのはお前だろ? なら責任を持って行ってこい」
表情からして嫌がるマリア。そういうアピールかもしれないが。
やがてマリアは溜め息を吐き、立ち上がる。
「仕方ありませんね。分かりましたよ」
「その間僕たちは何するの?」
「別の国に遊びに行こうよ」
「おい……。それってまさか、またこいつに魔法をかけられるってことか!?」
あの時のことをまだ根に持っているのか、ご丁寧に指差しまでして示す。正体を知られないようにするために、マリアの魔法によって幻覚魔法を使用された時のことだ。
通りすがりの人々がレイに視線を向け、変なものを見たような顔をしていたことをクルミは覚えている。またどこかの国に行くのであれば、もう一度魔法をかけてもらおうかと思っていたが、レイは受け入れてくれなさそうだ。意外と世間体を気にするタイプである。
「こいつ……? しかも指差しまで。失礼じゃありませんか?」
「人を変人にする方が失礼だろ! いったいどうなってんだよあの魔法は!?」
「魔法にいちゃもんを付けないでください。あれは私が作った魔法じゃありませんし、私だって完璧じゃないんです。たくさんの魔法が使えると言っても、全ての魔法には欠陥があるものですし、そもそもあなた人ではないじゃないですか」
「何を……」
二人の間に火花が散る。
圧倒的な威圧感と、静かな威圧感。それは殺気とも呼べるもの。
こんなのを街中で放てば、たまらず逃げ出す者もいるだろう。
ところが、カナタは平常心で、ただ二人を眺めているだけだ。精神力が人よりも屈強だからだろうか。
「もう二人とも! 良い大人がみっともない!」
ショートが二人の間に釘を刺すと、二人はお互いの視線をそらす。
「すごいなぁ……仲良いんですね!」
『は?』
「カナタくん、これが仲良く見えるの?」
「うん! ケンカするほど仲が良いって言うし、僕にはそんな風に本音を言い合える友達がいなかったから」
ショートの顔色が虚しく変化しーー
「友達……か」
と呟いた。
「じゃあさ、この子に見てもらえばいいんじゃない?」
「名案だな、その手があったか」
マリアの魔法により、お互いの姿が変わったことは、本人たちが確認することはできない。強者であるがためである。マリアの使った魔法〈変化術〉は中位に位置する魔法であり、これよりも上位の魔法が存在する。
それを使うこともできるが、基本的にマリアは低位の魔法で済ませられることを上位の魔法でこなそうとはしない。
そこで、カナタに見てもらうという方法を思い付いたのだ。
カナタは彼女たちと違って、非力な人間だ。当然、魔法の効果にかかる。
「クルミ様、申し訳ありませんが、今回は留守番をしていてもよろしいでしょうか?」
「……いいよ。頑張ってね」
ギランの目を見たクルミは承諾する。ギランがそう言うということは、何かしら理由がある。そしてそれは、クルミ自身の目的のため。そう感じ取ったのだ。
彼らだって、ただのんびりと過ごしているわけではない。
「じゃ、というわけで、よろしくね」
「えっと……?」
「あなたには幻覚が見えると思うから、どう見えてるのか教えてもらうだけ」
「は、はい。分かりました」
そうしてマリアは、自身とギランを除いた全員に魔法を発動する。




