第13話「謎の少年」
クルミは勇者を置き去りにしたまま、まだ燃え上がっている樹木の方向に歩き行く。あそこまで燃え上がってるとなると、街からはかなり離れてはいるが、気付いている人は多くいそうだ。
あの勇者は仲間が生きていると信じていた様子であったが、あれはギランかマリアの炎。炎を扱えるのがこの二人しかいないからだ。敵に同じことができる人物がいたとしても、人間が出す炎と魔物が出す炎の区別ぐらい容易く見抜ける。
どちらにしても、人間があの炎の温度には耐えられない。正確に言えば、どれほどの温度で攻撃したのかにもよるのだが、近付いていくにつれて熱さが伝わってくる。これは、並大抵の生き物が耐えられる熱ではない。まともに覆われれば、灰すらも残らないと思われる。
人間相手にここまでするということは、不愉快なことがあったからこそしたのだろうか。クルミの見立てでは、あの人間たちもギランたちの実力を引き出すほどのエネルギーを感じなかった。
「はぁ……やれやれ」
クルミは立ち止まる。その場からギランたちの居場所まで移動するのは、いつもなら転移魔法で瞬時に行っていた。魔力も消費することになるが、クルミはマリアと違って大して気にしていない。
それなのに使わない訳。
それはあの勇者との戦いにおいても、クルミなりに遠慮をしていた理由にもなっていた。あの勇者は始めから周りの木もお構い無しに薙ぎ倒してきたが、その場所も、とある存在に危害がいかないように誘導していたのだ。何か用があるのか全くその場から離れようとしなかったため、下手に害させることもしなかった。クルミが移動した今も、ひっそりと付いてきている。
「いつまで付いてくる気? 最初からずっと見ていたみたいだけど、ひょっとして私のファンだったりする? ふふ、なんちゃって」
冗談混じりに何者かに問いかける。
すると大木の裏側から、徐に姿を現す、ショートのような小柄で小さな外見をした者。
「えっと……あの……」
子供だ。背丈もショートとほとんど同じであるが、人懐っこく明るいショートとは対照的に少しおどおどしている印象だ。
それよりも、どうしてこんな森の中を子供が一人歩いているのだろう。
人間には親がいるはずだが、こんな小さな子をここに行かせるのは危険なはずだ。とは言っても、クルミとも身長があまり変わらない。
「こんなところで何をしてるの? 下手したら死ぬかもよ」
「僕は……その……あなたに、お願いがあります!」
「却下」
即答で断り、話も聞かずに少年を無視して再び移動を開始する。
「ま、待ってください!」
「なーに? 子供の相手は一人だけで十分なんだけど。
まぁ、とにかくさ、ここで話すのも何だし話があるなら付いてきていいよ」
「あ、ありがとうございます……」
クルミは謎の少年を連れ、ギランたちの居るところに移動する。気配からして、まだそこに滞在しているみたいだ。
クルミと少年の間に暫しの沈黙が流れ、燃えている空間の中に足を踏み込む。
「っ……」
「熱い? 大丈夫?」
「うん……」
やや強がってはいるが、表情からして熱がっていることが読み取れる。それに気付いたクルミは、手元から水色の丸い液体を出現させる。
「はいこれ」
クルミはその液体を少年がいる後方に投げる。
「わっ!? えっと……これは?」
「水属性の魔法の玉。それを持ってれば熱くないから」
「あ、はい……。あの、ありがとうございます」
「別に」
そんなことをしている内に、目的の場所に辿り着く。
「やっほー」
「あ、クルミちゃん来たよ! って、その子誰?」
「さぁ? 何か話があるみたい」
少年は辺りを見渡す。周りに転がっているものを眺めているが、特に態度の変化はない。これぐらいの子供なら、死体を見たら泣き出してしまいそうなものだが、動じない様子にクルミはわずかな感心を持つ。
「私たちに話ですか……。変わった人間もいるものですね」
「ふん……それって私らに関係があるのか?」
ツンツンとした雰囲気を纏うレイ。レイは初対面の人物には特に厳しく当たる。
「それは……その……」
「何だ? はっきり言えよ」
「レイ! そんなに威圧したら可哀想だよ! 怯えてるじゃん!」
「………………は?」
ショートの注意に対して、レイは腑抜けた声を漏らす。
その声の意味はクルミにも分かる。ずばり、ショートは人間を嫌っているのにこの子供を庇うような発言に、意味が分からなかったのだろう。
「えっと、君、名前は?」
「カナタ……です」
「カナタくんか、分かった。じゃあクルミちゃん、この子の話、ここで聞くの?」
「いや、アジトで聞こう。ここだと落ち着いて聞けないし」
「よろしいのですか?」
「問題ないよ。ということでここら一帯の後始末、任せた」
言わずもがな、マリアに対しての言葉だ。
「人使い……いえ、魔物使いが荒いですね」
「しょうがないじゃん。あなたが一番手っ取り早くやれるんだから」
その気になれば、ギランやショートも火を吸収することは可能だが、これだけ燃え広がっていると時間がかかる。マリアの場合は、それよりも効率的な方法で火を消せる。
その方法は、時間の巻き戻し。
マリアが魔法を発動すると、辺り一面光を放つ。
特定した人物や空間の時間を逆行させ、元の姿に戻す〈時間逆行〉だ。
ただし、死体に向けて発動しても効果はない。
「はいお疲れさま」
魔法の発動が完了すると、あれだけ燃え上がっていた地帯が、元の綺麗な緑に戻る。
「クルミ様、こいつらの死体はどうしますか?」
「森の入り口に捨てておいて。そいつらの武器もまとめて」
「かしこまりました」
再び魔法を発動し、勇者たちの死体は血もまとめて何もなかったように消える。この森には人間が入ってくること自体が滅多になくなった。
国に勇者たちの死を知らせるには、人間たちに発見させる必要がある。
その後国はどんな対応を取るのか。
また、勇者たちを殺したクルミたちにどんな感情を向けるのか。
そしてそこから生まれるかもしれないものにほんのちょっぴりの期待を抱きながら、クルミたちは一人の小さな少年、カナタを連れアジトに帰還する。
「というわけで到着。さぁ、この部屋でゆっくり話そう」
「は、はい。す、すごいですね。この建物、近未来的と言うか、色の艶とかすごい綺麗……」
ルイは周りをキョロキョロと見ながら言う。
「そりゃあ、私たちには超優秀な魔法使いがいるからね」
「褒めても何も出ませんよ。それよりも、話があるならさっさと済ませてしまいましょう」
「そうだね。じゃあ、その椅子に座っていいよ」
「え、でも、この椅子、五個しかしない……」
確かに人数分の椅子がなくて全員座れないが、別に全員が座る必要はなく、マリアの魔法で増やすこともできる。案の定、マリアはこんなことで魔力を消費することに関しては断るはずだ。
クルミは小さい割りにずいぶんしっかりとした子だと、さらに感心する。
「僕は別に椅子なくてもいいから、遠慮しなくて大丈夫だよ!」
ショートの言葉に、ちょっと戸惑っている様子であったが、赤面がちで椅子に腰をかける。
「さぁてと、改めて聞くけど、何の用かな?」
クルミたちも椅子に座り、ショートは空中を落ち着きなくウロウロとする。
そしてカナタは、室内に沈黙が訪れると口を開く。
「あの……僕、ヴァリキリー王国から来たんです。実は今、ヴァリキリー王国はある集団に手を焼いていて……日に日にたくさんの人が死んでいるんです……」
「その集団って人間? 魔物?」
「人間……だと思います。
極悪非道な集団って言われていて、熟練の冒険者チームも倒せないみたいなんです」
クルミは割りと真剣にその話を聞いてみたが、一つ解せないことがあった。というよりも、全く理解ができないこと。
「ふーん……。何でその事をよりによって私たちに話すの?
そういうのって普通、人間の問題でしょ?」
「そうなんですが……もう頼める人があなたたちしかいなさそうだから……。最初は勇者たちがこの依頼を引き受けてくれていたみたいなんだけど、結局ほとんど……」
つまり、クルミたちが勇者たちを殺したせいで、その極悪非道な集団がさらに手に負えなくなったわけである。
クルミは頭の中でカナタの話を一度まとめる。
この子はヴァリキリー王国から来て、そのヴァリキリー王国は現在謎の集団によって危険な目に合っている。熟練の冒険者も勝てないと言う発言から、人間にしては強いということが分かる。
当初は勇者たちが引き受けていたが、クルミたちがほとんど殺してしまった。クルミと対峙していた勇者は死んではいないが、今は虫の息だ。その内目が覚めるだろうが、その後どのような行動を起こすのかは予測が付かない。
しかし、これらの話をまとめてもまだ分からないことがあった。
「でもさぁ、それでも私たちに頼む理由にはならないよね。私たちがやっていることが分かってる? おまけに人間じゃないし、あなたたちの勇者を殺しちゃうぐらい悪い奴なんだよ?」
「それでも……僕は……。それに、みなさんが悪い魔物にも、そんなに見えないというか……」
人を疑うことを知らない、そんな純粋な言葉。
場の空気が凍る。
「……バーカ、それでもやってることは悪。私たちは悪党なんだ。で、最後の質問。の前に、あなたは私たちにそいつらを倒してほしいってことでオーケー?」
「は、はい! そうです!」
「その理由は? そこまで殺したい理由。自分が助かりたいからってわけじゃなさそうだけど」
「許せないんです……」
声色が変わる。少年の声にしては低く、迫力のこもったもの。
許せない。察するにそれは、復讐心だろうか。
「僕の両親を殺したあいつらが! 絶対に許せないんです!! 一回、あいつらに挑んだこともあるけど……僕は弱いから、勝てるわけなんてなかった。しかもそいつら、その時僕を殺さなかったんだ!! 死んだ方が、マシだったのに……!」
涙目になりながら、クルミたちに立ち上がり訴えかけてくるカナタ。
クルミは心の中で、ずっと探していたモノに出会えたような、不思議な感覚に陥る。
だがその矛先が、クルミではなかったことに残念な気持ちにもなる。
ヴァリキリー王国からアーネスト王国まで来たと聞いた時にも思ったが、この子の執念は相当なもの。それも全て、“復讐”という感情が心と身体を動かしているのだ。




