第12話「意外な結末」
「ぐっ……‼」
身体全体が焼けている。実際はそんなはずはないが、そうだと錯覚するほどシャルドの肉体は灼熱地獄で満たされていく。苦しさと吐き気を催すシャルド。
他にもさまざまな負の感情のみがシャルドを支配していった。
「ぐぅっ‼ ……が……あぁ……!」
悶え苦しみ、立ってることも敵わずしゃがみこむシャルド。身体からは得体の知れない力が流れ込んでいるのが実感できた。
その力に支配され、感情が希薄になる感覚すら覚え、自分が自分じゃなくなっていくようだ。
これにはクルミも訳が分からないと言った顔をする。
「えーと、大丈夫? 今にも死にそうな顔してるけど。それよりも、まさか人間が妖気を纏うなんて思わなかったよ。さっき飲んでたものは種族転換でもするのかな?」
妖気。それを聞いたシャルドは猛烈な激痛の中、疑問が浮かぶ。
本来人間は霊気と呼ばれるオーラしか持たない。妖気は魔物たちが持ち、身に纏うはずの力。
シャルドは己の手の平を見て、ようやく気付く。
自らの肉体を纏う邪悪な魔力を。圧倒的な妖気という名のオーラを。
国王はそのことを知っていたのだろうか。
「ぐっ……はぁ……はぁ……!」
しかしそんなことはどうでもいい。今は目の前の敵を倒すことが先決なのだから。
シャルドは煮えてグラグラと沸き上がる身体の痛みを覚悟の力で押し潰し、立ち上がり、顔を上げる。
「あ、もういいの?」
「ああ……。一泡吹かせてやる!!」
激しい掛け声と共に、シャルドはクルミの元まで右拳を握ったまま近寄り、殴り倒すかの如き一撃を放つ。
周りに衝撃波が伝わるほどのパワーを、クルミは手の平で軽々と受け止める。
が、それで攻撃は終わらない。シャルドは突き刺さったままの剣を意思の力で呼び寄せ、その勢いに乗ったまま縦に剣を振るう。
「なんかキレがよくなってるね。パワーも上がってるみたいだけど、いったいどんな手品?」
またしても受け止めるクルミ。人差し指と中指の二本でガッチリと止めている。シャルドが引き抜こうと力を込めてもビクともしない。
すると突然、スポッと剣が抜け、勢い余って後退する。
「くそっ!」
シャルドは再び空中で踏み込む。今度は縦ではなく横向きで剣撃を放ち、その瞬間、まさかの出来事にシャルドは唇を噛み締める。
剣を受け止めるのであればいざ知らず、クルミは自らの手刀で剣を斬ったのだ。
剣とは相手を切断するための武器。その存在意義を奪う現象であった。
「なんなんだよ……お前!!」
もはや使い物にならなくなった剣を捨て、近距離から蹴りを放つが、当然通じることもなく、簡単に防がれてしまう。。
「ただの冷酷非道な化け物だよ」
そう言ってクルミは、ハエを払うように手の甲でシャルドを弾き飛ばす。勢いよく地面に叩き潰されるが、それでも闘志の炎はまだ残っていることを確認する。
「くそ、あれだけの代償を払ってるのにどうして勝てないんだっ!」
地面を拳で殴りつけながら、シャルドは怒号をあげる。それに対し、クルミが微笑んだ。
「あ、言い忘れていたんだけど、もしあなたが私に負けたらアーネスト王国を滅ぼすから、そのつもりでね」
そんなクルミの冷酷にして残酷な台詞に、シャルドは言葉すら出ず、ただ目を見開き、頭の中が真っ白に染まっていた。
今この化け物は、アーネスト王国を滅ぼすと断言した。それはシャルドにとって、何よりも絶望であり、絶望が絶望を呼ぶ展開である。そもそもこれは、アーネスト王国の住民を守るために決めた戦い。予感とはいえ、シャルドは自らの運命を感じ取っていた。人よりも優れた第六感を過敏に働かせ、それが予想通り当たったからこそ、今ここにいるのだ。
それなのに、全てが無駄になる。命まで賭け、仲間まで危険に晒したのに。
勇者に課せられた国を守るという使命を果たせずに朽ち果てる。
シャルドの脳裏に、一瞬にして多くの言葉が浮かんだ。
そして、シャルドが最後に出した結論はただ一つ。
ーー勝つ
「そんなことをしたら……俺はお前を絶対に許さねぇぞっ!!」
自らの妖気が増し、痛みは忘れ、再びシャルドはクルミを目掛け突撃する。それに伴って発生する強風は、先程よりも激しくなっていた。
「ふふ……」
クスクスとした笑い声と共に、シャルドの猛攻からの殴打を、何でもないことだとばかりにまたしても平手で受け止める。何の進展もなく、ワンパターン化してきているが、クルミの反応には違いがあった。
「あははは! そうだよ! それだよそれ! 人間が一番力を発揮できる感情がそれだ!」
何を言っているんだ。そう思うよりも早く、目にも止まらない膝蹴りが腹部に直撃する。
「ぐぅっ……⁉」
今までに感じたことのない痛み。
たった一つの攻撃で、ありとあらゆる全ての角度に衝撃波が飛び散った。
シャルドは身体全体の力が一気に抜け、地面まで落下する。
「ごめんね。さっきの国を滅ぼすって話、あれ嘘だよ。いや、嘘っていうか、最初はそのつもりだったんだけど、気が変わったの。あなたが飲み込んでパワーアップした、あれを見てね」
シャルドは仰向けに倒れながらも必死に意識を保ち、重くなってくる目蓋〈まぶた〉を抑えていた。だが、クルミの発言に混乱しながらもどことなく安心していくのが分かる。最も、本当かどうかは分からないが、なんとなく信じられると予感したからだ。
「で、教えてくれる? あれっていったい何? 人間が持っているものにしては結構危険なものに見えたんだけど」
「ぐ……」
クルミはシャルドが上手く喋れる状態ではないことを確認すると、魔法を発動したのか、シャルドの身体が光る。
「あ……? な、何をした?」
シャルドは身体の痛みが完全に消えていることを確認してから、上半身を起こし、クルミに問いかける。傷がなくなっていないところを見ると、〈回復〉などの回復魔法ではなさそうだ。
「〈鎮痛〉って言う魔法なんだけど、これも知らなそうだね。それで、さっきの質問に答えてほしいな」
「……国王陛下から授かったものだが、陛下が言うからには、グローリー王国の王から貰ったものらしい。詳しいことは俺にも分からない」
本当は答える義理などないのが、素直に答えたのは国を案じてのことだ。
もしもここで、答える義理などないと言って、クルミの気が変わっては困る。
それで全てが崩壊しては、その責任はシャルド自身にあると、深く後悔することになるだろう。
「へぇ、そうなんだ。国王があんな危ないものを人間に持たせるなんて、普通とは思えないね。しかもグローリー王国か……。そんな国まであったんだね」
クルミは少しの間考える素振りを見せてから、口を開く。
「ねぇねぇ、取り引きをしない?」
「取り引き?」
「うん。今のあなたじゃ私に傷一つ付けることはできない。つまり、このままやればあなたは間違いなく死ぬってこと。だけど、あなたの持っている全ての情報を私たちに提供し、仲間になると言えばそのまま生かしておいてあげる」
「なに……?」
クルミからのまさかの発言に、思わず口ごもる。
命にしがみつきたいのであれば、仲間になる方を普通なら選ぶかもしれないが、自分よりも他人を優先しているシャルドが出す答えは、最初から決まっているも同然だった。
「……断る。俺は国に仕えているからこそ、悪の仲間になるわけにはいかない」
「死を選ぶってこと? なるほどねぇ……」
それを聞いてから、クルミはさらに考え込む素振りを見せる。
「やっぱり、あなたを殺すのやーめた!」
「え?」
一瞬、何を言っているのか分からなかった。死を覚悟していたシャルドにとっては、衝撃的且つ拍子抜けな発言であった。
いや、まだその発言が真実なのか疑わしかった。
だがそれが真実であることを証明するように、未だ空中浮遊をしていたクルミはゆっくりと地面まで降り、燃え上がっている森の方向に歩を進める。
「な……」
読めない。あえて生かしておくという意図が。
最初から、いったい何を考えて、何を目的として戦っていたのか。正確には戦いにすらなっていなかっただろうが。
だからこそ、許せなかった。
このまま、何もしないでその後ろ姿をただ見ているのが。悪を、野放しにするのは。
「ーー悪?」
しかしながら、不思議と、このクルミという少女が、悪人として見るにはピンとこなかった。本当の悪なら、瀕死の相手を見逃すことをするだろうか。
あの取り引きがきた時点で、既に死ぬことを悟っていた。それなのに、今こうして生かされようとしている。それもまた、許せない。
シャルドの心に残ったのは、疑惑と虚しさと、ちょっぴりの抵抗。
それを勇者の意地としてフルに出し、去っていくクルミの元に駆け寄る。
「っ!!」
その刹那、シャルドの身体が崩れいく。激しくも猛烈な激痛が、突然訪れたためだ。
クルミの魔法が解除されたのか。
追いかけることも立ち上がることも、喋ることもできず、シャルドは静かに目を閉じる。
それはシャルド自身が予想だにしていなかった、意外な結末であった。




