第11話「最後の切り札」
それから少し前、とある場所では一対一の戦闘が繰り広げられていた。
戦闘と言っても、それはあまりにも一方的なものだ。
シャルドが剣を振るう度に、周りの大木が崩れ、次々と薙ぎ倒されていく。
ただそれを避けるだけのクルミは、全く反撃をしてこない。
次第にシャルドは、手の平で遊ばれている感覚に陥っていた。
「ちょっと自然破壊しすぎじゃない?」
「こうでもしなければ、お前を倒せそうにないからな」
実際、さっきから自然が崩壊するほどの圧倒的猛攻を続けているのだが、その攻撃がどれもかすることなく空を斬っていく。
戦闘場所が森である分、環境が崩れてしまうことは最初から予想できていたことだ。街の近くでやるよりも、遥かにマシだと目を瞑っている。
だが問題は、クルミという少女の異常なまでの余裕。
戦闘が始まってから一度も、攻撃を仕掛けてこないのだ。いったいどういうつもりなのか、シャルドはこの意図がまるで読めずにいた。
考えられることは、力量の計測。
あえて攻撃をしないで、相手の戦闘能力を見極めるというものだ。しかし、それにしてはそれまでの時間が長すぎる。そろそろ仕掛けてきてもいい頃だと思うが。
様子見でもしているのだろうか。こちらとしても、相手の攻撃手段が分からなければ対策がしにくい。そのため、上手く実力を出せずにいた。相手の力をほとんど見ずに、こちらの手の内を明かすのは戦闘において何より怖いことだからだ。
そこまで考え、シャルドは間合いを取る。
このままでは進展がない。ならばクルミがこちらに近付いてきた時に、この剣で斬る。
シャルドが持つこの剣は普通の刀ではない。魔法の力が秘められている、特別なものだ。シャルドの意思一つで、炎や水を纏わせることができる。奥の手の一つであり、それを知らないクルミの意表を突くことができる。
相手の力量が分からずに手の内を明かすのは怖いことだと言ったが、あくまでこれは奥の手の一つだ。最後の奥の手は、命の危険が及ぶまでとっておくべきだろう。
シャルドは両手で剣を持ったまま降ろす。その先は大地に触れ、ほんの少し削れている。
(さあ、来い……)
静かな鼓動を打ち、クルミの接近を待つ。
このまま近付いてこない可能性も考えられるが、そもそも勝負を仕掛け、ここまで転移させてきたのはそっちだ。
そしてシャルドは、気付かれない程度の構えを作り、魔法の発動準備もする。
だが次の瞬間、逆に意表を突かれたのはシャルド自身であった。
まるで幻でも見てたかのように、突如としてクルミは姿を消す。
「き、消えた!?」
目を離すことなどありえない。
しっかりとこの目で、わずかな動きも見逃さないようにと見ていたはず。
転移魔法か、それとも超速移動か、いずれにしても厄介だ。
だがこの二つであれば、転移魔法の方が幾分か救いがある。
もしもこれが、肉体能力による速度であるならば、勝てる望みが薄くなる。対処のしようがなくなるからだ。最後の奥の手を使わない限りは。
「こっちだよ」
上空より聞こえるクルミの声。シャルドは慌てて見上げると、クルミは右拳を振り上げていた。
距離はかなりある。
クルミがそこから手を伸ばそうとしても、届くことのあり得ない位置にいた。
それなのに、それを見たシャルドは身も毛がよだつ感覚に襲われる。
この少女ならば、そこからでも……。
直感的に、そう感じたからだ。
「えい」
クルミは拳を降り降ろす。シャルドはただならぬ威圧感を感じ、その場から跳び跳ね勢いよく距離を取る。驚愕に全身から渦巻いてくる恐怖心が、シャルドを追い込んでいく。
クルミが右腕を降り降ろすと、シャルドの元いた足場が崩れ出す。クルミが拳から放った衝撃波が影響したのだろう。それだけでも驚きだが、まだ納得してもいい。
シャルドがより驚愕したのは影響を及ぼした範囲。
少女のたった一振りで、直径数十メートルにまで及ぶ大地に大穴が開いたのだ。ただの衝撃波。空気と風を利用しただけの波に、何故これほどまでの力が……。
シャルドの脳裏に浮かんだ言葉はただ一つ。“異次元”
人間が手を出していい存在ではなかった。それだけだ。
魔物。モンスター。化け物。そんな言葉で収まる相手ではなかった。いったい何をしたらそこまでの力を手に入れることができるというのか。
「こんなことでビックリしないでよ。
はぁ……またこうなるのか。ホント興醒めだよ。結局、正義ってのはこんなものなわけ?」
クルミはわざとらしく視線をそらす。
「なめてもらっては困るな!」
半分は強がり。半分は可能性。
肉体能力は圧倒的に彼女の方が高いというのは分かった。それなら、戦術で勝るより他はない。
種族が不明な分、明確な弱点も分からない。
ならば、強者故の弱点を突くべきだ。そう、その油断を。
狙うべきは精神的な油断と、誰もが致命傷になるはずの心臓。
心臓をこの剣で貫くことさえできれば、さすがにこの少女も息絶えるはずだ。
そう思い、魔法を発動しようとした時。
「! な、なんだ?」
激しい爆発音、突如として左より見える光景が紅く染まった。
何か、とてつもなく嫌な予感に駆られる。
まさかという想い。あってほしくないという気持ち。
現実逃避したくなる感情。
何が起こったのか、詳しくは分からない。
シャルドの目に差さったのは、広範囲に渡って勢いよく燃え上がる樹木。
そしてそれは、アンナたちが戦っているであろう地帯から起こっていた。
「うわぁ……。すごい燃えてるじゃん」
「お、おい! あれは……!」
「ギランの炎かなぁ。あんなことしたらマリアが修復する羽目になるから、本人がやるわけないと思うし。何にしても、癇に障ることでもあったんだろうね」
クルミは冷静にそう呟くが、シャルドは冷静にはいられない。
「あなたの仲間ってさ、あの爆発に耐えられる?」
クルミからの問いに、不思議とシャルドの心は落ち着いていく。
それは、仲間を信じる想いから生まれたものだ。
こんなに離れていたのに、近くで爆発したかのように身近に聞こえた。正直、あれを間近で受けたとしたら耐えられるかは分からない。
人間の肉体は、それほど脆い。
(だが、俺はあいつらを信じる!)
シャルドは意を決し、覚悟を決め、再び構える。
「あれ? てっきり仲間のことが心配でそれどころじゃないって思ってたよ」
「ああ。あいつらはそれでやられるほど柔じゃない」
「どうかな。人間って死ぬときは結構呆気ないものだけど」
「そうかもしれない……。なら今お前を倒し、あいつらの無事を確認しに行くだけだ!!」
シャルドは地面に剣を突き刺す。
すると、クルミの真下に大きく広がり、空いている穴。
そこから噴水の如く水が、上空にいるクルミに向けて大きく溢れ出す。
その様は、超巨大な水鉄砲だ。刀の鋭い切れ味と、魔法を利用した大技である。
「うん、いいね。すごく心地いい」
だがクルミは、それを真っ向に受けてもその身体は微塵も揺るがない。
「化け物め……!」
シャルドは刀の先端をクルミに向ける。ビリビリとした雷が刀全体に流れ、クルミに向け、電撃が放たれる。
水流全体が電流へと変化し、クルミを包み込む。
「どうしてだよ! なんで効かないんだ、ちくしょう!!」
一方的に攻撃をしてるのはシャルドであるが、逆に追い込まれているのもシャルドであった。何をしてもクルミには、かすり傷さえも与えられていないらしい。
戦術で勝ろうとしても、これでは埒が明かない。
心臓さえ貫ければとは考えていたが、そもそもあの強靭な肉体を貫くことができるのだろうか。
「まぁ、人間の中では確かに強い方だよ。ここまで派手な攻撃をしたのもあなたが初めてだし」
全然嬉しくない。それでも勝てなければ意味がないのだ。
「でもなぁ……ちょっと飽きてきた。そろそろ終わりにしていい?」
その時、流れている水流が、電流が、一瞬にして消滅する。
あとには、大穴が開きっぱなしの大地と、寂しげな空間だけが残った。
「ごめんね。手っ取り早く魔法で消しちゃった」
「どんな魔法だよ……!」
「〈全消去〉。全てを消しちゃう魔法だよ」
聞いたことのない魔法名を聞いたシャルドは心の内で思う。卑怯だ、と。
人体にも影響を及ぼせるのであれば、有無を言わさず最初からシャルドを消せていたということだろうか。
「あまり使わないようにしてるんだよね。人間も魔物も簡単に消せちゃうから、なんかこう……ずるいと思わない? 特に人間の前でやると……あはは! そうそう! みんなあなたみたいな顔して目を見開くの!」
面白そうにシャルドを見るクルミ。シャルドの方はそんな楽観的にはいられない。それを使った瞬間ゲームオーバーだという事実が、シャルドの心をさらに蝕み、絶望させていく。
それよりも、戦闘という行為を全否定するそんなふざけた魔法が実在していいわけがない。全てが無意味になる。人間は強くなろうとして、必死に努力しているというのに。救いがあるとすれば、あまり使わないようにしているというクルミの言葉。
もはや出し惜しみしている場合ではない。
シャルドはついに、“国王より賜った最後の切り札”を使うべく、懐に手を入れる。
シャルドは思い出す。あの時、会議室で、国王より受けた言葉を。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「陛下……これは? あめ玉ではないと存じますが」
「それはグローリー王国の国王より授かったもの。製造方法など詳しいことは知らされていないが、一粒飲み込むごとにパワーが膨れ上がる、禁忌の薬だ。明らかに、人間が飲むには危険すぎるもの……」
「そうですか、奥の手として使えということですね。ですが何故……これをアンナたちには渡さなかったのでしょうか?」
「……それは危険な代物だ。下手をすれば、その者の肉体が破裂する恐れもある。だからこそお前なのだ。一番の強さを持ち、皆のリーダーであるお前ならば、この苦痛に耐えられるかもしれん。だがあくまで、切り札として使え。使わないことが一番ではあるが、もしもの時のために……な」
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
以上だ。この切り札を使うことは危険であり、場合によっては死んでしまう。
しかし、今これを使わなければこの少女に、一泡吹かせることすらできそうにない。
なら今ここで、死ぬ気でやってやる。
膨れ上がる覚悟と同時に、シャルドは最後の切り札を、口に含む。




