おなか減らないの?
二
アラームの鳴った記憶はない。
今日も私は、セットした時刻の一分前に目覚めたのだろう。
ベッドの上で匍匐して、サイドテーブルに手を伸ばす。探り当てた携帯で時刻は五時五十九分。今朝も私の感覚は狂い無い。そのまま間髪容れずに操作してアラームをオフにすると、庭木で小鳥の囀る静かな朝だった。
窓へと向かうと、上下の隙間から射し込む光は弱く暗い。先ずは右側のカーテンを掴んで端まで歩く。留め具で固定したら中心に戻って、左側を開ける。分厚い雲に覆われた空が広大な窓一杯に姿を現すと、三十畳はあろうかという私の部屋が薄らと明るんだ。
私の部屋、即ち雪環家の四階からは、町全体が望める。分厚い灰色の下で……この町は、薄暗いだろうか、薄明るいだろうか。表現に困った。
世間では対義語として定義されているそれは、直感的には明るいけれども薄らと暗いのが薄暗いで、直感的には暗いけれども薄らと明るいのが薄明るいだ。詰まり明度では薄暗い方が明るいはずなのだけれど、「薄暗い」「薄明るい」と並べて見れば後者の方が明るそうに感じてしまう時もあって、区別の基準も定義の根拠も頼りない。振り返って私の部屋を眺めても、これが薄暗いのか薄明るいのかははっきりとしない。
確かなのは私がカーテンを開けたことで私の部屋が明るんだということで、重要なのもそれだけだ。
勉強机の隣で、高さならその半分もない碁盤が目に留まる。私はすぐに目を閉じた。咄嗟に落とした視線を、眼下に広がる芝生へと向けた。雪環家の庭は、青く、青々と青い。春夏秋冬この庭が青くない日はない。それはなかなかに大変なことらしく、庭師の方が毎日のように手入れをして下さって、初めて実現しているのだそう。
素晴らしい庭なのだろう。
「さて」
きっと、そうなのだろう。
町に背を向けた私は、既に室内照明で明るい廊下へと歩み出た。向かうのは突き当たりにある女性用化粧室で、その奥から二番目にある化粧台。そこが私の使う化粧台で、そこは私だけに使われる化粧台だ。戸を開けると、使用人の吉田さんが手前の化粧台で髪を整えていた。
「おはようございます」
会釈する私に吉田さんがにこりと答える。
「おはようございます、灯理様」
吉田さんはいつも元気な笑顔を向けてくれる。本当に元気なのかどうかは分からない。私はそれを額面通りに受け取るだけだ。毎朝この時間には化粧台で自身の支度をしつつ、私の起床を確認する――彼女は今日も、果たすべき職務を遂行した。
彼女に与えられたマニュアルには、もし私が時間になっても起床して来なければ部屋まで迎えに行く、という策も講じられているらしいけれど、それが施行されたことはない。彼女が彼女で完璧に仕事をし続ける以上に、私は私で完璧に生活しているからだ。彼女が私以上に完璧であるかは、今のところ証明されていない。それは私が完璧でなくなった時に初めて試されるもので、雪環家の車に施された防弾ガラスのようなものだろう。実際に銃弾など撃ち込まれたことはないからそれが本当に命を護れる物か否かは証明されていないが、実験的には銃弾を通さない筈だから策としては万全である筈という、そんなようなものなのだろう。吉田さんという、もう六年も私のお世話をして下さっている一人の女性に対してそんな喩えを用いてしまうなんて、私もどうかしていると思うけれど。今はそんな気分だった。
「朝食のお時間はどう為さいますか?」
「四、五分遅らせて頂けますか」
「畏まりました」
少し一人になりたかった。
吉田さんが後にした化粧室で、私は口を漱ぎ顔を洗い髪を梳かす。部屋に戻ろうかとも思ったけれど、一人になるにはここの方が適している気がした。私の部屋は、何だか妙なのだ。私の部屋であって私の部屋でないような、私以外には誰も居ない部屋なのに、私だけが居る瞬間など無いというような、そんな感覚がひしめいている。勉強机も、寝具も、照明も大きな本棚も、しなければならないことを思い出す為に、そこにあるようだから。その点この化粧室はちょっとした公共空間だから、余計なことを考えずに済んだ。私だけに与えられた化粧台こそあれど、すぐ隣にはお母様の化粧台や使用人の方々のそれもある。身支度の為に大きな鏡と広い床、即ち開放的な空間だって用意されているし、後ろにはお手洗いもある。実に公共的だ。そんな場所で一人過ごすというのが、私の解放感には適していると思った。
「はぁ」
薄い溜め息を吐いた、私の脳裏を過ぎるは昨日の対局。私はまだ、私という人格の全てが否定されたような地獄から抜け出せないで居る。全身に残る地獄の触覚は私の血液。その熱を感じる度に地獄が蘇る。ただ碁に負けただけなら、こんなに苦しいだろうか。碁がただの趣味だったなら、ただの遊戯だったなら、ただの教材だったなら、こんなに悶えることがあっただろうか。
相手がお父様でなければ、こんな地獄があっただろうか。
私。
私は碁に、お父様との碁に何を見ているのだろう。
碁などただの趣味、ただの遊戯、私にはそうは思えない。
真面目が過ぎるだろうか。
碁は道だと、誰かが言っていた。
私もそう思う。今ではそう思う。
雪環家に生まれた私がどうして幼少期から碁に触れていたのかを考えれば、それが一人の人間の教育に役立つと信じているお父様の考えは透けて見える。
私が碁の手解きを受けたのは、幼稚園に入る前だったらしい。らしい、というのは、私には碁を覚えた記憶が無い。いつだったか、お箸を正しく持つより先に碁石を美しく打っていたから理解に苦しんだものだと、私を躾けて下さった使用人の方が冗談交じりに仰っていた。当時の写真や映像を見ると、たどたどしくはあるけれど、確かに私はそれらしく石を打っている。お箸を持つ筋肉より先、碁石を打つ筋肉が私の右手には付いていたのだ。
ひらがなの読み書きや加減算を覚えるように、鉛筆やお箸の持ち方を体得するように、それは雪環家では当たり前のことに見えたという。プロの先生から、時には使用人の城野さんから教わり、幼稚園を卒業する頃には、私は初段格を優に有していたそうだ。そうして小学校という社会に一歩近付いた、より社会的な空間に放り込まれた時、私は退屈な授業への集中力や忍耐力、相手の意図を汲み取り的確に応じる力、道具を大切にする気持ち、そして自分なりの考えを持つ力など、挙げれば切りがない人間としての自律や自立に必要なそれらを、既に碁によって洗練させていたらしい。周囲の生徒からは頭一つ抜けたその能力は、先生方や父兄に「流石は雪環家のお嬢様」と言わしめたのだ。
成功だっただろう。
けれどどうだ、思考力や集中力、礼儀作法や品行を育むことに繋がるという、それは現実的な話だった筈だ。道というのとは、少し違うのではないか。
九九を習得するように基本死活を習得し、多様な方程式を覚えるようにあらゆる定石を知り手筋を覚え、計算力を高めるように読みを鍛えヨセの価値を計算出来るようになる。それが碁に於ける現実的な勉強だろう。その力を高めることが勝利に繋がる一つの道であることは疑いようもない。けれど今の私に必要なのは、そんなことではない気がするのだ。仮に勉強だけを続けたとしても、私はこれ以上強くはなれない。お父様に二子で勝つことさえ、出来ないだろう。
幼稚園児の頃に私は、お父様とは九子の手合で打っていたらしい。盤上に印された九つの星の全てに黒石を置いた状態で対局を始めていたのだ。一子あたり十目以上と云われているから、当時の私とお父様の対局には百目程度のハンデがあったことになる。それから私はめきめと力を付け、幼稚園を卒業する頃には八子で負けなくなり、七子、六子と置く石の数を減らし、小学五年の時には三子で連戦連勝するまでになっていた。だから中学校に入学する前には二子で打ち始めていることになるのだけれど。
それから三年間、私が手合割を先にまで進めることは、なかった。
それは――負け始めた時期は、私が雪環の後継ぎとして悩み始めた時期と重なる。
入学試験に合格し、完璧にプログラムされた授業で高校卒業までの六年間を過ごし、目当ての大学の入学試験に合格し、そこで経済の何たるかを学び、雪環グループの子会社に入り、経営の経験を積み、やがては本社で雪環を継ぐ――そんな道が鮮明に見えて来た時期と、重なる。
生きるとは何だろうと考え始めた時期と、敷かれた道を家畜の様な其れだと覚えた時期と、碁を道だと思い始めた時期と、重なる。
雪環を継ぐという道の上で、迷い始めた時期と、重なる。
生きるとは何だ。
心臓が動いているだけでは、私はそれを実感出来ない。
自らの血肉が健康であるだけでは、私はそれを実感出来ない。
此の血肉が評価され消費されるだけでは、私はそれを実感出来ない。
家畜の様な其れでは、私はそれを実感出来ない。
それでもその道を外れることは――雪環の後継を放棄することは――私には出来ない。そんなことをすれば、多くの人から受けた恩を仇で返し、多くの人の期待を裏切り、失望させることになる。そして、いつか私が継ぐものとして道を整備していてくださっていたであろう方々の労をふいにすることになる。雪環家史上初めて後継を放棄した女として、お父様やお母様の顔に泥を塗り、その負い目を一生拭えない道へと進むことになる。私を後継者とする為に与えられた飼料が、獲得させられた力が、この肉体を作り、支えている今、それがなければ今日生きているとは断言出来ない私は、もう、抗えない。
十八万時間。十八万時間が刻一刻と減り続けている。そんな現実がひしめく身体には、いつからか閉塞感があった。何日が経過しても、何ヶ月が、何年が経過しても、見える景色が変わったようには思えない。私の目に映るのは、果たして私が生まれる前からそんな景色であったとさえ想像させられるような、雪環という牧場。私はそこで、少しばかり背丈を伸ばし、少しばかり物を名で認識出来るようになり、そして光を失った。
このままでは雪環ブランドの雌牛として生涯を終えてしまうだろう。そんな絶望が、いつからか私の中に居座った。
大きな成功を収めたお父様の下、失敗すれば全てをふいにするという中で、管理され、約束された成功を与えられる。それが、家畜の生き方と、どう違うのか。そう思い至った。
私に美味な料理が与えられるのは、私がそれを望んだからではない。
私に最適な学習が施されるのは、私がそれを望んだからではない。
私が雪環を継ぐことになるのは、私がそれを望んだからではない。
私がそう望むように、雪環灯理がそう望む存在になるように、刷り込まれただけのことだ。
家畜が品種改良を繰り返され、生まれた時にはもう人間に食される為の死を迎える身体に最適化されているように。私に在るのは、私が、望まれた雪環灯理に成る為に、必要とされた刷り込み。生まれた時にはただのヒトだった私を、雪環灯理にする為に、施された刷り込み。生まれる前から、お母様の母胎の中から既に雪環灯理だった私を、望まれた雪環灯理にする為に必要だった刷り込み。
私の血肉がその刷り込みによって構成されていると気付いた時、吐き気を催した。
そんなのは御免だと思った。
でも、それに抗う道を見出せそうにもなかった。
私は雪環灯理であり、雪環灯理は、それに抗う人間ではなかったからだ。
それでも私は、そんなのは御免だと思った。
雪環灯理が生きるとは、どういうことなのか。
私にはわからなくなっていた。
生きるとは、どういうことなのだろうか。
家畜だって生きている。死ぬまでは生きている。
だがそれを生きていないとするのであれば。
私が生きる為には、
私が私である為には、
其処に私の魂が在る為に。
私は、どうすればいいのだ。
お父様に勝つことだ――いつからか抱いた抗いの道。それが本当に抗いの道なのかどうか、私にはもうわからないけれど。それが私に見えている、唯一の道標。
「負けました」
いつの間にか熱を帯びていた血液で、灼熱地獄が姿を現す。指先が碁石を握りたがる。声が喉を突き上げて来る。拳が力を握り締める。汗腺で私が飛び出した。
理性が奥歯で私を抑え、脚が背後の個室に閉じ込める。
「迷いでもあるのか」
上座からの問い掛けが蘇る。
「いえ……」
下座での否認が蘇る。
迷いなどあったらどうだというのだ。
迷うなと言うだけではないのか。
迷っている場合ではないことを知らされるだけではないのか。
知っていることを知らされるだけではないのか。
迷ったところで道は一つしかないのだから、枝道に進む可能性など存在しないのだから、迷うなどと、それは心の弱さでしかないことを、指摘されるだけではないのか。強力な磁気に舐め回されて、心の中に閉じ込められた鋭利な刃が暴れ狂い、心の内壁からズタズタにされる。そんな未来が訪れるだけではないのか。
碁。
私の碁。
この三年間、お父様を相手に、見失ったままの道。
碁には、人間が出る。
字を書けば、絵を描けば、琴を奏でれば自分が出るように。性格や生き方からその時の感情や体調まで、全てが表れる。
だから碁の相手に迷いを指摘されるということは、私の迷いを指摘されることに等しい。一局の碁の勝ち負けではない、この先の道についての、私の迷いを指摘されたことに等しい。私の弱さを指摘されたことに等しい。雪環を継ぐしかない雪環灯理が、それでも抱いてしまった反抗心、それをへし折られようとしていることに等しいのだ。
指摘された時点でどう転んだって私に分が悪い。盤に向かう前から指標を失っている私は、その問いにどう答えても駄目なのだ。否認する以外に、表面的な損失を生まない方法は無い。否認と言うのも憚られるただの時間繋ぎなのだとしても、良い手が浮かばないから、どう打てばいいか分からないから、逃げているだけなのだとしても、今の私にはそれ以外の手が打てないのだから。
お父様は、私にどこまで気付いているだろうか。
雪環家を継ぐしかないことを重々承知している私が、それでもこのままでは家畜のように飼い殺されるだけだと知り過ぎている私が、碁で何かを表現出来れば、或いは目指すべき道も見えて来るかも知れないと、期待している私が。自分が迷っていることなど、疾うに承知している私が、それでも否認して堪えた、娘としての私に。
お父様は、気付いているだろうか。
迷いでもあるのかと問われ、涙した私に。
心の内に突き立てられた鋭利な刃が、私を脅し、否認させたことに。
今も家畜化が進むこの雪環灯理の肉体で、私の心が悲鳴を上げていることに。
気付いているだろうか。
そっと目尻を拭うと、ダイニングへと階段を駆け下りた。
食卓に着くと、雪環家専属の料理人の方々が腕を振るった前菜が吉田さんに依って運ばれて来る。私は礼を言って、吉田さんを向かいの席に迎えた。
他愛の無い話をしながら、料理人の方が運んで来るスープやメインを口に運ぶ。
「ご両親は、先程発たれたようです。今夜にはニューヨークに到着されるかと」
今朝も両親は居ない。それを私が気にすることは、ないのだが。
「そうですか」
ニューヨークに飛んだ両親は、雪環の推し進める事業に必要な商談や視察に励む。ついでに休暇を利用して、フロリダで友人を訪ねてから帰宅するらしい。そのご友人というのも、仕事と無関係な方ではないのだろうけれど。
私が両親と食事をするのは月に数日くらいで、日常的にはこうして使用人の方々と食卓を囲む。今日のように出張するでなくとも、私が食卓に来る頃には両親は出社しているからだ。誰よりも早く出社し、誰よりも早く準備を整え、誰よりも早く仕事を始める。それが社長の在るべき姿なのだという。
お父様もお母様も、私と居る時にはきっかけさえあれば仕事の話を為さる。何せそれがお父様とお母様の世界のほとんどを占めていらっしゃるのでしょうから、他に話すこともないのでしょう。……というのは私の考えた嫌味で、事実は違う。実際は、私が後継者候補だからそうされているに過ぎない。
私だけが後継者候補だから、そうされているだけだ。
お父様で四代目となる株式会社雪環。それは男系の男子によって、さながら皇位継承の如く雪環家だけで継がれて来た。それがどうして私を後継者に据える事態になったのかと言えば、お母様が男の子を産めなかったからだ。私以外には産めなかったからだ。
お父様の後継者たり得る世代に雪環家の男子が居ないではない。きっとそれなりに優秀だろう。しかし彼らは遠い。本家から遠いのだ。血の濃さだけではない。親族の集まりで会ったことはあるけれど、年下の私から見てもそれは頂けないというような、そんな品行もあった。お父様が彼らを後継者としたくない気持ちは、だから幼い頃から私にも分かった。お父様が、お爺様が、曾祖父様が、高祖父様から受け継いで来た雪環を、彼らには任せたくないという気持ち。
任せられないだろうという、雪環灯理が紡ぎ出す心。
雪環灯理は雪環の後継者に相応しい唯一の存在であるという、誇り。
その誇りを実感する度に、これを実感出来たのはお父様とお母様のお蔭なのだから、私はお二人の気持ちを踏み躙るようなことをしてはならないのであろうと、そう思わされる。
私には、唯一生まれた私が女だからと諦めたくなかったお父様の気持ちと、女しか産めなかったお母様を思うお父様の気持ちと、そんなお父様を思い、私を思うお母様の気持ちが、分かってしまう。
だからそれを思えば、私だって「嫌だ」とは言いたくなくなる。言えないのではない、言いたくなくなるのだ。
そうして私は、そう思うことをやめた。
そうして私は、雪環灯理に抗うことをやめたのだ。
愛。
それが愛なのだろうか。
愛とは、そういうものなのだろうか。
人間を科学した時に、望み通りの結末を綺麗に獲得する為の、都合の良い要素。人が人を操る為のトリガー。引き金。その引き金に指を掛ければ、愛は揺らぎ、心は痛む。
迷いでもあるのかと、そう訊いたお父様の心は、揺らいでいたのだろうか。
それに否認すれば、私の心が痛んだように。
愛。
私に灯理という名を付けた時、お父様もお母様も、こんなことになるとは夢にも思っていなかっただろう。いつか男の子が生まれるに違いないと、だからこの子は後継者にはならない筈だと、この子は雪環家の長女として美しく育ってくれさえすればいいと、そんな風に思っていたのではないか。
もしも私が後継者になると初めから分かっていたなら、もっと別の名を付けられていただろうか。
私に向けた愛の形が、灯理ではなかったことも、あったのだろうか。
私。
私とはなんだろうか。
雪環灯理。それが、本当に私なのだろうか。
私は雪環灯理でなくとも私ではないのか。
雪環でなくとも私のお父様とお母様は変わらないのではないか。
雪環灯理――私という存在にとってそれは、実に空虚な物ではないのか。
私。
もし私が雪環でなかったらと考えたことがある。別の母胎に宿り、別の姓だったならどうだっただろうかと。しかし結論から言えば、それは仮定することさえ許されなかった。何故ならお母様以外の胎内に生まれ、灯理ではない名前を貰い、雪環家とは違う家で育つ可能性など、存在しなかったからだ。私は生まれた時、お母様の母胎の中で既に雪環灯理だったからだ。雪環灯理として生まれたのが私であり、私が私になった時、私はもう雪環灯理だったからだ。
結局私という存在は、この脳が築いている意識でしかなく、どこまでも物質的で科学的な存在だ。魂や心などという自由や思想に富んだ存在ではない。この人間社会で雪環本家の長女とされる肉体に在っただけの回路。電気信号の集合体、私。
四階にあるジムでストレッチをして全身の血流を活発にしながらそんなことを考えていると、時間になった。鞄を手に階段を早足で降りる。
この腕もこの脚も、この肺もこの心臓も、私にとってはこれである必要など無い。雪環灯理に必要なのは、どれだけ字を書いても性能の落ちない腕と、どれだけ動き回っても動き続ける脚と、穴の開かない膨らむ肺と、どんな時でも需要と同じだけ血液を供給してくれる心臓であり、二十八日周期で私に手間を掛けさせても目的に支障を来さない、子宮だ。今のところ雪環灯理のそれらは、必要とされる水準には届いているらしい。
小学四年の時、プロへの登竜門ともされる少年少女囲碁大会、その小学生の部で準優勝した。五年の時、優勝した。その場でプロへの道――院生へと、誘われた。
断った。断らなければならなかった。雪環を継がなければならない可能性の高い雪環灯理にそんな道を歩ませることが、お父様にもお母様にも、出来なかったからだ。
そして小学六年の夏、お母様に私以外の子供は生まれないことが判った。
玄関を出ると、使用人の城野さんが後部座席の戸を開けて待っている。十年前から変わらない光景だ。もう五十歳になろうという城野さんがいつから雪環家で働いているのか、私は知らない。住み込みの吉田さんと違い城野さんには家庭があり、通ってくださっているということくらいは知っているけれど。
挨拶の後、私を乗せた車が雪環家の敷地を走る。正門を出る頃、私は鞄から詰碁の本を取り出した。三年前に同じ事をした時、城野さんはこんな風に言った。
「囲碁部には、入られないのですか?」
「ええ」
私の即答が予想外だったのか、
「それはまた、確固たるご意思で……」
ミラー越し、城野さんは私の顔色を窺っていた。
私はそれから目を逸らし、詰め碁の本に目を落とす。
「興味が湧かなくて」
午前の授業が終わると、この春からのクラスメイトが声を掛けて来た。
「雪環さん、お昼一緒に食べない?」
私は切なげな表情を浮かべる。
「ごめんなさい。私、お昼は食べないのよ」
「えーっ! そうなんだぁ。おなか減らないの?」
「ええ。私の身体って、省エネで動いているらしくて」
「だからそんなにスタイルいいの?」
「そ、そうかしら」
そう言われることについて私が無自覚な訳ではない。恍けただけだ。
雪環の社長令嬢としてパーティなどにも出席する都合上、私は体型を蔑ろに出来ない。許されないし、そうならないようにプログラムされているのが雪環灯理という人間だ。朝、昼、夜と雪環家専属の料理人の方が料理で養分を制御し、四階にあるジムで毎日汗を流している。何よりあのお母様の遺伝子がこの身体の基となっているのだから、暴挙にでも出なければ乱れようがないかも知れないくらいだ。
「肌も白くて綺麗だよね。雪の肌っていうの? あ、雪環さんだけに」
雪だけに寒い、とは返さない。何度か耳にした駄洒落、今更どうということはない。
私はそれに某かの反応を示したのか否か、果たして私が認識出来ていない頃、彼女の新たな問いが来た。
「そういえば雪環さん、SNSはやってないの?」
「ええ……時間が無くて」
やる気はもっと無い。
「そうなんだ。大変だね……」
「じゃあ、私はちょっと」
言って、鞄を手に立ち上がる。クラスメイトを払うのには慣れていた。
「散歩とか?」
「そんなところね」
失礼を詫びる笑みを残し、一―Aの教室を出る。雪環さんって神秘的だよね、なんていう声がどこかから聞こえて来たけれど、私は廊下で歩を進めた。
腕時計に目を遣りつつ校内を適当に彷徨き、やがて頃合いが来ると一階まで降りて、渡り廊下の先にある図書館に入る。週が明けて最初の十二時五十五分。先週もそうしたように受付に会釈して三階を目指す。最奥にある専門書コーナーの手前で一度立ち止まり、周囲を確認する。
誰の視線も無いそこで、私は本棚の陰へと消えた。
日本語大辞典より分厚い医学書を横目に、窓際のカウンター席に腰を下ろす。私がここを選ぶのは、ここが他のあらゆる席から死角となっているからだ。誰の視線も届かないからだ。そもそもお昼休みが始まってすぐであれば、死角でなくとも生徒が近付くことはないのだろうけれど。
図書館では、飲食禁止なのだから。
私は鞄から一冊の本を取り出して立て、カウンター席に更なる死角を作った。本が安定したことを確かめると鞄からお弁当箱を取り出し、てきぱきと広げる。芳醇なおかずから漂う香りも、前方の窓を開けさえすれば、ここでお弁当を食べていたという証拠は残らないだろう。
この窓からは住宅街や遠くの山並みを眺めることが出来、肩身こそ狭いものの、居心地は悪くなかった。雲が流れたり鳥が飛んだりするのを、見るとなしに見ながら過ごす。
どうやらクラスメイトから、私は神秘的な印象を抱かれているらしい。確かに、昼食も食べず散歩に出掛ける優等生というのは、少し神秘を思わせるかも知れない。学校外での付き合いも無いし、流行りのSNSにも手を出さない。どうなっているのかが分からないのに成績だけは一番なのだから、神秘という言葉を向けられるのも自然だと思える。
けれどそれは、あくまで私に雪環という姓があるからそう思われるのであって、私が雪環でなかったなら、或いは私にこの容姿がなかったなら、それは神秘的などという綺麗な印象ではなく、変人というレッテルだったのではないか。あいつは勉強が出来るし素行も良いけれど、変な奴だと。今だって私はそう思われていて不思議ではないと思うのだけれど。一度クラスメイトに訊いてみたら、雪環家のお嬢様が変人な訳がないだろうと言われた。何より、変人には見えないと。
それを聞いて私はこう思った。静脈が青く見えるのと同じようなことなのだろうと。
光は皮膚組織に入ると散乱するが、そのうち青い光が最も散乱する。一方で赤や緑の光はすぐには散乱せず、奥深くにまで届いてから筋膜などの白に反射して来る。しかし静脈は黒々と赤い灰色だから、そこで赤や緑の光を吸収してしまう。結果、静脈のあるところは、光の性質に従って青く見える。
針を刺せば、青いそこから赤い血潮が零れ出す。世界の程度など、そんなものだ。
雪環という皮膚組織の中で、私の色は映らない。決して見る者が色眼鏡を掛けている訳でも、私に特別なフィルターが掛かっている訳でもない。光が、世界がそんな程度のものなのだ。
窓の外でやはり青い空に、私はそっと目を閉じた。
静かだ。穏やかだ。
静穏。風速0.3m/s未満のほぼ無風の状態を指す気象用語。
確かにそんな状態であれば、静かだし穏やかだろう。そしてそれより強い風が吹いているようでは、静かで穏やか、静穏だとは言えないというのが、日本人の感性、なのだろうか。
私はそっと手を伸ばし、窓の外に目を瞑る。無風。否、完全に風が無いではないのだろうが、それを感じ取ることが出来なくて、私はそう思った。
きっとこれは、静穏なのだろうと。
静穏。
風が静穏状態であると、汚染物質は拡散せず、滞留し易くなる。
お弁当の中身を半分程残したまま蓋を閉じると、壁としていた本をケースから取り出して読み始めた。
ミシェル・フーコー『監獄の誕生 ―監視と処罰―』
最近はずっと通学鞄に入っているからか、ケースの角は少し折れてきた。ハードカバーのざらざらとした感触が癖になって、ただ指先で撫でる。ケースの裏面で消えない焦げ茶の染みは、先日飛ばしてしまったらしい醤油の飛沫。気付いたのは翌日で、濡らしてぼかそうかとも思ったけれど、食べ方が成っていないことへの戒めにでもなるかと思って、そのままにしてある。誰に見られることもないけれど、ここに二つ目の染みを作る訳にはいかないと、監獄の誕生を読みながらもそう思うのは、私の性なのか否か。誰に見られることもない死角での食事だのにそんなことを思ってしまった私には、それはわからなかった。
予鈴が鳴るとお手洗いに入る。弁当箱を取り出すと、音がしないように残飯を捨てる。私はそれを、水に流した。
パノプティコン。
一望監視施設とも呼ばれるそれは、イギリスの哲学者ジェレミー・ベンサムが考案した監獄システムだ。
その象形をイメージするのに最も近いのは、シフォンケーキの型だろう。だが型にケーキの材料を入れてはいけない。イメージに使うのは、あくまでも型だけだ。
シフォンケーキの型は中央に細い円柱がそびえ立ち、それ以外には底と外壁だけがある。
パノプティコンでは、中央にある円柱、ここに看守が居る。そして外壁の部分に全ての囚人が居る。詰まり、円形に配置された個室に囚人を収容し、それを中央の塔から一望に監視するシステムだ。
それだけだとただの看守の人員節約だが、パノプティコンには妙がある。それは光の加減やブラインドなどによって囚人達はお互いや看守の姿が見えないようになっていながら、囚人からは中央の塔に立つ看守の影だけが見え、それでいて看守からは全ての囚人を監視出来るようになっている、という妙だ。
ベンサムはこれを、囚人の自律に役立つとした。
パノプティコンに収容された囚人達は、実際に看守に監視されているか否かに関わらず、中央の塔に人の影が存在するだけで、「監視されている可能性」に監視される。看守の目がこちらに向いているか否かなど知る術もないままに、常に監視されていることになる。だから、通常は外的に存在するはずの監視者の視線が内的に存在することとなり、社会復帰後も自律した行動を取れるようになる、とベンサムは言ったのだ。
加えて、この監獄には頑丈な鉄格子や鎖も要らず、システムが機能するだけの設備でいいとした。なんと経済的で、効率的か。
実に優れた監獄システムで、実に秀でた更正方法だろう。
だがフランスの哲学者、ミシェル・フーコーは、このシステムは監獄だけでなく一般社会にも広く浸透しているとした。
監獄の誕生―監視と処罰―
その後半でフーコーは、パノプティコンを持ち出し、こう言った。
『これは重要な装置だ、なぜならそれは権力を自動的なものにし、権力を没個人化するからである。』
その上で、中央の塔に居る人間は囚人からは姿形を見られないのだから、そこに居るのが責任ある看守である必要はなく、その家族や友人や来訪者でも構わず、動機もまた、好奇心や意地悪など何であっても構わないとした。
そして、こう続けた。
『可視性の領域を押しつけられ、その事態を承知する者は、みずから権力による強制に責任をもち、自発的にその強制を自分自身へ働かせる。しかもそこでは自分が同時に二役を演じる権力的関係を自分に組み込んで、自分がみずからの服従強制の本源になる。』
詰まり人々は、そうして誰に強制されるでもなく強制的に社会のルールを守り、社会の価値観に従うようになっている、とフーコーは言ったのだ。であれば、我々人間に主体的に行動する自由など、果たしてあるのか。
自分の意思で主体的に行動していると思っても、それは自分の属する社会のルールや価値観から影響を受けている。そう言われると、自分の取った行動が本当に自らの意思に基づく主体的な行動であったのか否かが、疑わしくなって来る。
ここで気紛れに、シフォンケーキの型にケーキの材料を入れてみる。
オーブンに入れ熱し始めると、中央にそびえる円柱は、熱効率を高め、ケーキを万遍なく焼き上げる為に働く。円柱の中には何も無い。在るのは、空気だけだ。焼き上がったシフォンケーキはやがてしぼむが、中央にそびえる円柱に支えられ、形を保つ。
学校から帰り宿題を片付ける私の元に運ばれて来たおやつのシフォンケーキを食べながら、そんなことを思った。
雪環家で出された物はきちんと食べて、雪環灯理を取り繕う。雪環灯理の肉体は正常であると偽る為に。心がずきんと痛むのを覚えながら、私に他の手は打てない。もし私の胃腸に異常があるとお父様に知れれば、どうなるか。碁に負けた私が酷く落ち込むことは、雪環家の誰より知っているお父様だ、碁を打つのはやめようと、そう仰るかも知れない。いよいよ、勉強だけは続けてお父様の後を継ぐという、最低限の道を踏み外さない為に、私の居ない雪環灯理へと導かれてしまうかも知れない。爪を折られ牙を抜かれる日が、来てしまうかも知れない。
そんなのは御免だ。
私にも碁を死守する権利くらいはあるだろうと、雪環灯理に問うてみる。
応えは無い。
私はもう、社会という監獄に収監され、雪環の名の下に監視されている。入学式で氏名を読み上げられれば会場がざわついたように、クラスが変われば新しいクラスメイトから一挙手一投足に注目されたように、私はこの監獄に居る限り、誰彼構わず、動機さえ問わずに監視されている。そこで雪環灯理らしくない行動を取ったなら、たちまち噂が広がり、やがてはお父様やお母様の耳に届くだろう。私に求められているのは雪環灯理らしさであって、私らしさではない。だのに、私は私らしさを求めてしまう。
であれば、一層のこと本物のパノプティコンにでも収監された方が、私は楽に生きられるだろうか。在るか無いかも知れない魂を抜かれ、爪を折られ牙を抜かれた方が、私は幸せだろうか。
反抗心を抱いたという罪で罰せられ、収監されたなら。そこで囲碁さえ奪われたなら。私は、楽になれるだろうか。
社会などシフォンケーキの型と同じだ。
中央に得体の知れない空間があり、その働きによって配下の全てを効率良く管理する。より良い社会とは、配下の全てを管理出来るそれであり、全てを均一に仕上げるそれだ。人々はより美味なケーキを食べる為に、型の改良を続ける。
人間などシフォンケーキと同じだ。
様々な材料を混ぜ合わせても、結局は社会という型に注がれ、焼かれる。上手く火が通らず半生のぐちゃぐちゃになった部分は、誰に食されることもなく失敗作として廃棄される。綺麗に焼き上がったところで、圧されれば潰れるし、最後には食される。より美味なケーキは賞賛され、その型が賞賛され、人々はその型を求めるようになる。
私の食べる紅茶シフォンは、料理人の方の、料理人の型の、苦労の結晶だ。修業時代には数々の失敗をしただろう。数多の失敗作を生み出しただろう。私の手元には、決して届くことのない失敗作。
私のところには、いつもふわふわのケーキがやって来る。
完璧に計算された、完璧なケーキがやって来る。
それだけが、やって来る。
お父様が私を嵌めた型――私の通う学校。その学校が用意した型――宿題を片付けると、学校が用意する型――明日の授業に備えて、予習を始める。
昨年一年間、学年一位の座を譲らなかった私。それは誇らしいことだろうし、私が雪環の後継者候補たり得たのも、学業の優秀さを抜きに語ることは出来ない。品行だけで継げる程甘い席ではない。私が幼少の頃から、文字を覚えるのにしても計算の力を磨くのにしても、図抜けて優秀だったから、私は雪環の後継者候補たり得たのだ。
だがそれは、私が望まれた雪環灯理であることの証でもある。私が学校にとって、型にとって望ましい生徒であることの証でもある。私がこの型で綺麗に焼き上がりそうであることの証でもある。
私に、私を望まれた雪環灯理にする為の刷り込みが、順調に施されている証でもある。
私はもう、焼かれているのだろうか。やがてこの型で冷ます過程でひっくり返され、型の中に閉じ込められ。やがて型が取り払われた時には食される定めなのだろうか。その時私は綺麗に焼き上がっているのだろうか。そんなのは御免だと思っている私は。
私は。
私は型を飛び出すには、型を破るには、どうしたらいい。
明日の通学鞄を整えると、盤側に腰を下ろす。一度流行り始めると皆が揃って同じ布石を、同じ定石を打ち始め、研究し少しずつ進化させて行くプロの碁を並べながら、私は問い掛け続ける。
私は何をすれば、この型を破れるのだ。私は何をどうすれば、私を取り戻せるのだ。
私らしい碁は、何処に在るのか。
この三年間、私は碁に負ける度に、否、対局中に私の主張を否定される度に、全身が煮え返るのを覚えた。
否、お父様との碁に、限って。
私は、お父様に負けていては駄目なのだ。
十八万時間は、今も刻一刻と減り続けている。
教育の為に物心をつく前から私の中にあった碁も、私にとっては飼料でしかないのだろうか。私が道だと思ったこれでさえ、雪環家の、お父様の用意した型でしかなかったのだろうか。
私が熱中した此れは――
否、碁は道だ。
それを確かめる術は、ただ一つ――
そんなことは、疾うに分かっているのだけれど。
――――お父様に勝つことだ。
私はお父様に、勝たなければならない。
私の存在を証明する為に。
其処に居るのが望まれた雪環灯理ではなく、私であることを証明する為に。
碁が、道であることを証明する為に。
私の世界に、光を取り戻す為に。




