表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Step to Tomorrow  作者: 巣立最中
終章
18/20

明日への一手

   終章


「夢への第一歩だな」

「はい」

 教育学部への進学が決まったことを伝えると、先生が抱き締めてくれた。

 初めて逢ったあの日から、一センチ伸びた背丈。少しだけ増えた体重。先生の目に、私はどう映っているだろう。

「いよいよだな」

「はい」

「親父さんとはうまくいったか?」

「胃に穴が空きそうだと言われました」

「それで、灯理は」

「内科に掛かってくださいと」

 先生は肩を震わせて笑う。

「腕の良い医者に掛かれるといいな」

「はい。私が継ぐまでは、お父様に頑張って頂かなければ」

 私の肩に掛かる先生の手に、ぐっと力が籠もった。

「灯理ならやれる。頑張れ」

「はい」

 道だ。

 此れが私の道なのだ。

 次の一歩を決めるのは、私だ。



 養護教諭養成課程

 その文字を見るだけで私の胸はときめき、指先の筋肉にまで力が籠もった。

「俺は青春を碁に捧げることが、碁を極めることが、俺の雪環を創ることに繋がると信じた。だが灯理は、碁に捧げるだけでなく、碁という道から、新たな道を見出した。灯理が大学を出て養護教諭になると言うなら、十年は遣れ。そうして絶対に、灯理の雪環を創れ。半端な覚悟では世間の波に呑み込まれるぞ」

「覚悟は出来ています。それが私の雪環に、必要なことなのですから」

「苦しむことが分かっている道に、それでも進むのか。失敗した時の風当たりは、尋常ではないぞ。況してやお前は女――」

「承知の上です。いつだって一人目は、誰も経験したことのない困難に立ち向かうことになるのでしょう。自分で道を創らなければならないのでしょう。お父様もそうだったのではないのですか。勝負をしていたのではないのですか。人生を懸けて、意地を張り通したのではないのですか」

「並大抵のことではないぞ。人を救うどころではなくなるかも知れない。養護教諭になったことが雪環で活かせる保証など、どこにもないんだぞ。迷い込むかも知れないんだぞ」

「成功する保証のある道に、誰も見たことの無い世界はありません。私すらも知らない世界を知るには、信じるしかないのです。艱難辛苦で諦めるようでは、何も救えません。それを闘い抜いた先に、私の歩みが在るのです。新しい雪環で人々を幸せにするために、私の道は在るのです」

「見せてくれるのか」

「それが私の、(おも)いですから」




 翌朝私は夢を見た。広大な砂漠を一人行く夢だ。

 ひび割れた大地は岩石が散乱し、左手では火山が噴煙を上げていた。

 生きるとは何だ。

 心臓が動いているだけでは、私は其れを実感出来ない。

 自らの血肉が健康であるだけでは、私は其れを実感出来ない。

 此の血肉が評価され消費されるだけでは、私は其れを実感出来ない。

 家畜の様な其れでは、私は其れを実感出来ない。

 私が陽射しを浴びるのは、私が其れを欲したからだ。

 私が一人砂漠に居るのは、私が其れを望んだからだ。

 私が雪環を継ぐことになるのは、私が其れを求めたからだ。

 私が汗みどろになりながら砂漠を歩くのは、私が道を行くからだ。

 私の手には烏鷺の碁石。ザックには碁盤が入っていることが分かる。私はきっと旅に出た。誰も助けには来てくれない其処で、更に誰も助けに来てはくれない世界に飛び込んで行く。それでもザックにキイチゴのジャムが、裏山の湧き水が、この手に、春の陽射しの暖かい、草原の温もりがある。火山の煤に汚れても、大地の砂に汚れても、目を閉じれば、見下ろした盆地が、見上げた裏山が、いくつも林道が、澄んだ小川が、雨に霞んだ山影が、いくつもの局面が、今もここにあるかのように思い出される。そんな旅に、私は出ていた。

 だから私は打ったのだ。目覚めた其の時打ったのだ。


 私が見出す魂の在処――明日への一手


 私をその気にさせたくば、激烈の道を行くことだ。

 渇きに飢え、飢えに渇き、激烈な道を行くことだ。

 私の暁光を浴びたくば、激烈に道を行くことだ。

 心が叫び、魂が叫ぶ、激烈を道にすることだ。


 私は灯理。

 今、飼い切れない牙を剥く――雪環灯理は此処に居る。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ