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フィストバンプ

あなたの考える勇気を胸に、ぜひ読んでみてください。

「……何を、しているの?」


 暗い部屋の中、一人佇む少年に向けて、私はそう言った。彼はびくりと反応し、ゆっくりとこちらを振り向く。


 私は彼のカタカタと震えている姿を見て、やはり私がしっかり見守ってあげなければならないと思った。


 彼はいつも弱気で、勇気のないオドオドとした少年だ。いつも私が前を歩き、言葉は悪いが金魚のフンのようについてくるような存在。


 違う点があるとすれば、私は彼と幼馴染みという点だろうか。それ以外なら金魚のフンという事じゃない、決してない。


 よく遊んだし、一緒に勉強もしたし、朝はいつも私が起こしに行くほど仲が良かった。


 彼は頭が良く、勉強早く教えてもらっていた。医学部での、ホープとも呼ばれていた。私はとても誇らしかった。


 喧嘩は一切したことがない。吹っかける理由も無いし、もし吹っかけるようなことがあれば勝つのはもちろん私だからだ。



「……ちょ、ちょっとした研究だよ」



 彼はイヤホンを外して笑ってそう言った。彼はよく外国の曲を聴く。私は頭があんまり良くないので歌詞の意味はよく分からないが、彼から何度も聞かされて、一つの曲の歌詞は覚えた。確かタイトルは____。違う、今はそういう時じゃない。私は顔をしかめて彼では無くその奥を睨む。


 彼の奥に寝そべっているのは、元は人間であった生き物。青く藤壺のように腫れ上がった肉体から真っ赤な血を流し、死んでいる。


 腫れの原因は分かっている。この人は多分外から迷い込んできてしまったのだろう。悔やまれる。


 そして真っ赤な血の原因は紛れもなく彼だ。右手にあるメスが、血の滴るメスがそれを裏付けている。


「……そうだ、みてくれよ。ようやくできたよ、僕の、最高傑作」


 そう言いながら彼は私に近づき、左手の試験管をゆらゆらと揺らしながら私に見せつける。


 それが何なのか、想像もつかない。


「解毒薬でも作ったのかしら?」


 想像の限界だ。おそらく違う。作ることに意味がないからだ。


 彼は勝ち誇ったように、ふん。と鼻息を荒くした。そして。


「全くの逆。これは……安楽死の薬さ」


 安楽死の薬、その言葉を聞いて、私はかっと怒りがこみ上げて来た。


 彼の胸ぐらを掴む。もともと細い体だ、軽い。


 どこでどのように作ったからどうでもいい。ただ。


「……まさかあんた、それで死ぬつもりじゃないでしょうね」


「……まさか、大親友の君を残して、死ねるわけがないだろう」


 ふん、どうだか。


 でも嘘ではない。それはもうはっきりと分かる。


 何故なら、もう数えるのも馬鹿らしくなるほど、私はこいつの嘘をもらって来たんだ。


 見抜けないわけはない。


「分かった。早くこの空間から逃げ出したい人に、それを与えるのね」


「その通り、個人の問題にとって、生きるも死ぬも自由だ。迷惑をかけない死に方をすれば、どうと言うことはない」


 彼は優しい人だった。他人のために全力を尽くせるような存在だったはずなのに、最近少しづつ壊れていってる気がする。


 全ては、あの日からだったんだ。


 彼の左手首の切り傷を見ながら、私は思い返す。






 この街は捨てられた。


 昔は『日本』という国の一部であったと話は聞いたけど、今ではある日を境に日本は私たちの街を切り捨てた。


 捨てた、と言っても大陸を切り離したわけでは無い。私達から『未来』を切り離したのだ。


 国はどうやら、この街を無かったことにしたいようだ。


 原因は、謎の毒素がこの街全体を覆い尽くしたことだ。


 地上も、水中も、空も、人間が活動できる全てが毒に包まれた。


 取り込めば即死する、そんな毒ガスがこの街を覆い尽くしたのだ。本当に分からない。原因不明だ、何処からともなく死がこの街に舞い降りた。


 しかし不思議なことに、この毒、この街に住んでいた人達には効果がなかった。ただ外から来る外来生物は一瞬で肉体は沸騰したかのようにぶつぶつと腫れ上がり、ぐちゃぐちゃの泥のようになって細胞全てが溶けて死ぬ。さっきの、外来人のように。


 体内に取り込めば確実な死を生み出す。そんな空間に私達はいるのだ。


 ついに国は、この街を隔離し日本から切り離した。ここだけは、毒の霧に包まれたこの街は、最早街では無く(くに)だ。


 輸入も輸出も外来人も、一切何もない独立国家。そんなの何もできない。無人島に近い。


 結局のところ国のために死ねと。言われたのだ。





「そういえば、また出たみたいだね」


 彼は悲しそうに笑ってそう言った。


 このくにに毒が溢れた理由は、天変地異とか異常気象とかそういう話じゃない。


 ただ、得体の知れない存在がこの街に出現したからなのだ。




 その獣は、異形だった。


 言葉では言い表せないような恐怖が、悍ましさが、その獣にはあった。


 それは視界に映ったら、死と言う言葉を想起させ足が竦み動けなくなってしまう程。ぬめりとした肉体が音を立てて四足歩行で激しく動くその様がこの世のものとは思えない恐怖を醸し出していた。


 その獣が、一体なんの生き物なのか、どこから来たのか、生まれたのか、私には一切分からなかった。分からないと思考しているうちに、獣の近くにいた街の住人たちは一瞬で粉微塵になっていた。


 死によって飛び散る血飛沫。私の顔に降りかかり、思考が固まる。


 逃げなければ。そのときはそれしか考えることができず、回れ右して全速力で駆け出そうとした。


 その時一瞬目に映った恐怖でしゃがみこみ、震えている私の幼馴染を見るまでは。


「……!? ……!!」


 早く、立って、逃げるよ。


 恐怖で声が出てこない。ただガタガタと涙を流して震えているだけだった。


「……!!」


 私は彼を担いで、改めて逃げ出した。


 幸運にも、あの獣は私たちを追ったりはせず、肉片となった元人間をむしゃりむしゃりと食い荒らす音だけが聞こえた。


 その光景を一瞬見た私は、今もその光景が目の裏に焼き付いている。時々思い出して吐きそうになることも多々あったが、今では心が強くなったのか、人間ではなくなったのか分からないが、それは無くなっている。


 そして、その日からこの街に生気は消えた。


 親は死んだ。彼の親も死んだ。生きている人間は100もない。


 その獣は何もない空間から突如として現れ、長い舌、鋭い牙と爪を武器に人を殺す。この街に充満した毒も、奴が出している。


 毒を体で表しているような肉体、目の位置すらも分からない。


 俗に言うならエイリアン、そして日本で言うなら……。






『化け物』だ。






 そして今、その化け物がどこかに出現したらしい。


 またあの異形な姿がまぶたの裏に出現する。


 これで、実に十回目だ。


 だが、今の私にこの状況で宿る思いは決して『恐怖』だけではない。


 確かな『希望』がある。この九回、私は遠くから恐怖に怯えながらも勇気を出してあの化け物の攻撃パターンを探った。


 奴の攻撃は超高速で舌を伸ばす、走って爪で切り裂く。牙で噛むのどれか。


 動きは早いが、弱点もしっかりあった。それは二つの部位を使って攻撃することが出来ないということだ。


 舌を出せば、その間爪や牙の攻撃は無い。


 つまり、二人以上信頼できる存在と戦えば、一撃当てることができる。


 あれでも一応生き物なのであれば、頭を胴体から切り離せば、または脳を破壊すれば殺せるはず。


 そのための武器も作った。銃とかそんなものを作る技量は無かったから、街の色々な人に声をかけ、研ぎに研いだ剣を協力して作った。この街の希望の剣。


 勇気ある女性だと街の人からよく言われる。嬉しかった。その思いに応え、あの化け物を絶対に殺してやる。と思っていた。


 今日がその日だ。恐怖もあるが、武者震いで体が震える。


「……よし、行こうか」


 覚悟はとうに決めていた。部屋に置いてある剣を手に取る。


「本当に、行くのかい?」


 そんな中、私の決意を揺らすような情けない声が聞こえた。


 親友の声だ。少しイラりと来た。前々からこの作戦を決行するのはあなたと私の二人だとしっかり言っていた筈だ。


「みんな私たちに期待してる、怖くてもやらなきゃいけないの。あんただってこの街をどうにかしたいでしょう?」


「他人から期待されてるから、やる? そんな思いならやらない方がいいよ。受験先を親に決められるようなもんだ。自分で決めたことじゃ無いと人は後悔するものだよ。それに、それをやるのは別に僕たちじゃなくてもいいじゃ無いか」


 諭された言い方をされ、また少し私の機嫌が悪くなる。


「いくら期待されてても、やるのは私たち。それは自分の意思よ。それに、誰かがやってくれるかもしれないなんて可能性があったとしても、私たちがそれを黙って見過ごしていい理由には、決してならない筈」


 彼は俯き、黙った。


 どうやら認めてくれたらしい。


 私はいつもどおり、彼の服を引っ張り外に出す。


 空を見ると、青紫の霧が濃くなっている。化け物が近くにある証拠だ。


 空が見たい。どこまでも青い空と、白い雲を見たい。


 そして出来るならば、隣にいる彼とともに。


「不安だよ」


「大丈夫、あなたは剣をあいつに叩き込むだけ」


「ミスしたらどうするの」


「大丈夫、そしたら一緒に私もあなたと死ぬ」


「死にたく無いよ」


「大丈夫……」


 彼を安心させる言葉が出てこない。誰だって死ぬのは怖いから、私だってなんて言えばいいのか分からないのだ。


「二人なら、助け合えるよ」


 精一杯の笑顔で彼に言った。大丈夫だ、私と彼は一心同体。


 それだけで私は安心できる。









 巨大な化け物は、街をドスドスと突き進んでいた。青く悍ましい異形なそれは、見るものを凍りつかせ、動けたとしても背中を差し出す。


 食べたものは排泄しない。自らの肉とし、吸収しているようだった。


 化け物の背中に見知った顔もある。


 私は、それで怯みはしない。大切なものは、一つあればいい。


 今、壊れた家の屋根に彼を向かわせた。


 彼にはそこから叩き切ってもらう。


 それが成功するように私はそれをサポートする。


 そのためには正面から立ちむかわなければならないのだ。


 正直、怖い。でも二人ならなんとかなる筈。


 化け物がこちらを向いて私を認知した。


 背筋にゾクリと寒気がする。この世のものでは無い恐怖が私を襲う。


 だが逃げない。立ち向かえ、勇気を見せろ私。


 化け物が舌を伸ばして私に攻撃を仕掛けてきた。恐ろしいスピードだがまだ距離がある。私は攻撃を転がりなんとか回避した。


 躱された舌は地面に突き刺さり、そのコンクリートはめくれ上がり破壊された。恐ろしい破壊力だ、あんなの食らえば体のどこかが確実に吹っ飛ぶ。


 でま、この距離なら舌の攻撃はまだ回避ができる。この距離を保ちながら、彼のいる家まで……?












「……あれ?」











 転がりながら、私は私の背後を見た。


 剣を持った少年がいた。










 そっちは、待ち合わせの場所じゃ無い。










 彼が、逃げていくのが、見えた。





 私は、絶望を超えるショックを受けた。心が壊れるとはそういうことを言うのだろう。


 動きも止まった。転がり終えた私に、歩く気力はなかった。


 我を取り戻すことができたのは……左腕を吹き飛ばされてからだった。











 命からがら逃げ出して、何とか私と彼の住むアジトへとたどり着いた。


 血が止まらない。でも足を止めるわけにはいかない。


 そんな思いでようやくたどり着いた。止血剤もあるし、治療の仕方だって知ってる。


 あの化け物と二回も対峙できたのはおそらくこの街で私だけだ。


 鎮痛剤と止血剤をうち、傷口を縛る。元々毒には強いこの街の住人。傷口に毒が入って死ぬ事はない。


 ただそんなことよりも……心に刻まれた傷が深い。



 (しんゆう)に、裏切られた。



 それが一番の、私の傷だった。











「僕を、嫌いになった?」


 アジトで食事をとる。残された補給食もわずかだ。栄養をしっかり取らなければ死んでしまう。私は今そんな状況に追い詰められているのだ。


「……僕は嫌いになったよ」


 しかし右手だけと言うのはなかなか苦しいものがある。


「……ごめんなさい」


 ……何か、聞こえたような気がした。


 もう、彼の声はもう聞こえない。嘘じゃない事なんて、もう分かっている。本当に申し訳ないと思っての謝罪という事なんてわかってる。


 でも、あの化け物を超える恐怖が、今私の目に焼き付いて離れない。


 あの背中は、君の姿は、もう二度と忘れる事はない。


 彼の話は、もう聞こえない。








 ずっとずっと、謝罪された。


 ごめんなさい、ごめんなさい。わるかった、申し訳ない。


 傷口によく効く薬ももらった。でもまだ、私は彼を許すつもりはない。


 耳障りだ。


 ……あぁ、こんなに一人になったのは、初めてだ。


 ただでさえ暗い部屋と外。心まで暗くなってしまえば、一体私はどこまで黒く居られるのだろう。










×××






「ぐすっ……ぐすっ……」


「いつまで泣いてんのよ、あんた」


「だって……だってぇ……」


「私のケガなら気にしなくていいの! ほら立って! 泣き虫_____くん!」


「うう……ご、ごめん……」


「謝んなくてもいいのよ、あんたは間違ってない、勝てない喧嘩をしないで、私が来るのを待って、自分から問題を起こすこと、そして怪我するのを避けたんだから!」


「で、でも……_____ちゃんが、怪我しちゃった……!」


「や、優しいのか分からないわね……心配してくれるのはありがたいけど、生憎私はあんたに心配されるほどヤワじゃないの! だから心配無用! 力の私と知能のあんた! 私たち二人に敵はないのよ!」


「……う、うん! ありがとう……じゃ、じゃあ僕たち、一心同体だね!」


「一心同体……? ど、どう言う意味?」


「え、えっと……大親友って意味だよ!」


「大親友……ねぇ。そうね、私たち大親友で相棒ね!」


「_____ちゃん」


「ん、どうしたの?」


「_____ちゃんが苦しい時には、僕が助けるよ」


「え!? そ、そうね、男の子なんだし……今は守ってあげるけど、精々頑張って、強くなってよね」


「うん! 僕も力をつけて、_____ちゃんの隣で頑張るよ!」


「ふふっ……力つけちゃったら、私、いらないじゃない」


「ん? どうかしたの?」


「うぅん、何でもない、これからもよろしくね?」


「うん、こっちこそ!」


「……ねぇ、何で拳をこっちに向けるの? 修行でもしたいの?」


「ち、違うよ! これは……拳合わせ! 僕こう言うの憧れてたんだ! 信頼できる友達同士がやるやつ!」


「友達ねぇ……全くもう、私たちは大親友でしょ!」








 コツン





「I can't do this alone Even though I am strong……」


「……ねぇ、その曲なんていうの?」


「これ、外国の曲。僕の好きな曲なんだ」


「外国……ってことは英語よね、苦手だぁ」


「そんな事ないよ、簡単な単語で構成されてるから覚えやすいし分かりやすい!」


「ふーん、じゃあ聞いてみようかな」


「いいよ!この曲のタイトルはね______」







×××





ガバリ体を起こし、と目を開けた。ズキンと腕が傷んだ。


「……夢かぁ」


 少し長い間眠っていたらしい。右腕を確認する、少しづつ痛みが引いていく。充分だ。


 しかし、さっきの夢……懐かしいな。


 あれは多分昔の、私と彼だ。


 理屈ばっかりこねて、敵が多かった彼と、強すぎると言う理由で敵が多かった私は、どうすれば一網打尽にできるか考えていた。


 そのうち私と彼は手を組んで、二人でクラスメイトの気に入らない敵を蹴散らした。


 無敵だった、最強だった。


 そして何より……。






「……楽しかった!」






 くそ、私はなんていう事をしてしまったんだ。分かってる、分かっている。


 私が悪いんだ。


 嫌がってたじゃないか、やめたほうがいいって、知能の彼が言ってたじゃないか。


 周りの人からもらった勇気? そんなの関係ない! 私は、彼に見放されたくなかっただけなんだ!


 いつだって勇気のある存在になりたかった、いつだって自信に溢れた彼の憧れでいたかった。


 どんどん頭が良くなっていく彼の隣に立っていたかったんだ!


 ……結局私は、勇者に憧れていたただの自殺志願者。


 そしてさらに彼すら巻き込み、私の自分勝手な行動で大きく彼を傷つけてしまった。


 ポタリと、左手に涙が落ちた、もう止まらない。


 私から買った縁を、私から直したいというなんて……それこそ、自分勝手なのは分かっているつもりだ。


 でも、自分の過ちに気がつくことができた。


 なら謝らなくてはいけない、彼を傷つけないための私が彼を傷つけちゃダメなんだ。


 急いで彼のよくいた研究室に向かう。


 あの化け物と今から対峙する、と言った時より、今は心臓がばくばくと跳ねてる気がする。


 この恐怖は多分、孤独から逃れたいという人間の持つ心理なんだ。


 一人を望もうが、人は一人じゃ生きられない。片方が寄りかかろうが、支え合ってできていようが関係ない。


 私には、彼が必要なのだ。





「いない……」


 研究室に彼の姿が無かった。


 私に気を使ってしまったのか、申し訳がない。


「あれ?」


 彼のデスクに、手紙のようなものがあった。


 いつもここには来ていたので異様なものにはすぐに気がつく。


 手に取ると、彼の文字で私宛に書かれていることが分かった。


 とても、とてもとても悪いことなのは分かっていたが、私はそれを覗いてみた。


 なんて悪口を書かれているのか、不安で怖くなったから。


 震える手で手紙を開く。手紙には、こう書かれていた。






『今が、君を守るときだと、僕は思った。』






 たった、これだけ。


 そして最後に一文。


「『ごめんなさい』……そんなの、そんなの……!」


 私の言葉だ!


 無我夢中に走り出す。今ならちゃんと言える、ごめんって、絶対に言える!


 違和感はひとつじゃ無かった。


 何か大切なものが、あの部屋から無くなっていたんだ。


 私にとって大切なものじゃない、彼にとって大切なもの。


 それが無かった、そしてそれが無いということは。




「ごめんなさい……! ごめんなさい……!」




 どこにいるの、親友。


 たった一人の、私の親友。


 曲がり角を曲がる。空がまた青紫に染まり始めた。


 急いで見つけないと、私があの化け物に見つかる。


 それはダメだ、私は生きたいんだ。化け物とか期待とか、そんなのはもうどうでもいいんだ。


「私は、ただ______」



 彼と一緒に、居たい!


 また拳を合わせよう、親友にだってまたなれる。


 だから、だから。


「はやく出てきてぇ!!」


 魂から、願う。


 息を切らして、私は止まった。ダメだ、疲れた。足が動かない、腕も痛み始めた。


 まずい、動いてないとダメだ。奴が来る。今あの化け物が来たら殺される。そうおもった______。





 ドズン




 その時に、大地が大きく揺れた。何か大きなものが倒れたような衝撃が大地を襲う。


 ただ、周りを見てもビルが壊れた形跡はない。


「まさか」


 私は疲れ切った足を何とか動かして、音のした方は進んだ。


 目を見開いて、今私が抱いた希望の通りになることを願いながら。









「……嘘」


 化け物が、倒れていた。


 暴れた形跡はない。眠ったように化け物は倒れていた。


 いや、死んでいる。


 奴は呼吸のたびに毒を吐いていた。呼吸というのであれば寝ている最中も毒を繰り出す筈。


 それがない、つまり呼吸をしていない。


 ということは、死んでいる。


 私は、生き残ったのだ。


 それは承知の事実。だから私が「嘘」といったのはその光景に対してではない。





 足元には、誰かの左腕が転がって居た。


 血が乾ききっていない、今切られたような左腕。掌が上を向いている。


 なぜ上を向いていたのだろう。なぜそこに落ちていたのだろう。


 全ては運命だったのか、なら神は私が嫌いで仕方ないのか。


 涙が止まらない、見つけた真実から目をそらし、上を向いて叫んだ。泣いて泣いて泣き喚いた。


 空の青さが、歪んで見える。私は、一人でこの空を見たかったわけじゃない。




 手首に、見覚えのある切り傷が見えた。





 あぁ、そうか、君は。










 安楽死を、君ごと、取り込ませたのか。










 ×××









 今でもあの日を思い出すと、あの時の自分に嫌気がさす。


 私はそこにいたという理由だけで、私があの毒の化け物を殺したという話になり、スーパーヒーローとして世界からの賞賛を浴びることとなった。


 今では安全に、安心な暮らしを得ている。


 あぁ、何故私は、君の話を聞かなかったんだ。


 お願いだ、私の話を聞いてくれ。


 君は勇気ある存在だったんだ。私の助けなんていらないぐらい、君は勇気ある人間だった。


 君が嫌うのは……嫌うべきは私だったんだ、『君』じゃなくてよかったんだ。



「……昔、君は言ったよね。君と僕は、一心同体」


 彼の腕は保管している。悪い趣味だと思われる、やめたほうがいいと色々言われたけれど、何とか説得して私の家に置いている。


 そんな彼の腕を見つめながら、彼が作業中に聞いていた曲を思い出す。英語の曲で、よく分からない事だらけの歌詞だった。


「これからも、私は生きるよ。いつだって君は私の中で生きている。いつでも一緒だ……愛していたよ」



 彼の好きだった歌を歌う。


 勇気ある彼の歌。私なんかいなくても、きっと彼は強く生きれた。だから私も、彼のような勇気を持ちたい。


 自己満足ではなく、誰かのためを思って動けるような存在になりたい。


 だから、それができるようになるまで、一緒にいてくれ……相棒。


 拳を、彼の拳にあてる。




 空は青く澄み渡っている。眩しい太陽が目を焦がす。


 私の瞼の裏には、いつも彼がいる。


 背中ではない、彼の笑顔が、彼の言葉が詰まっている。


 ずっとずっと忘れない。大好きな君を忘れない。


 歌っている歌も、そろそろ終わる。


 最後の歌詞を唱える。




「 Before I say goodbye to you One more last fist bump...」




Hoobastankというチームの「Fist Bunp」という曲をお借りしました。つまり、タイトルです。

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