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みんなの涙

「……それじゃあ、相澤先輩は」

「ええ。名実共に亡くなったわ。神羅かむらは自殺を図ることで肉体から魂を抜き、そのまま行方を眩ましたの。今頃はきっとまた、別の器を手に入れようとこの町を彷徨っているはず。神羅はそうして次から次へ、器を変えることで生き延びてきたのよ。百年以上もの間ね」


 絢子あやこさんが紡ぐ言葉のすべてが、俺の全身を強く打った。それは四日前、自宅で大型トラックに撥ねられたあのときの衝撃にも似ている。

 相澤先輩が亡くなった。何となく予想はついていたはずなのに、俺はその事実を即座に受け入れることができなかった。

 真っ白になった頭の中を思考が茫漠と漂い、形にならない。

 けれどそのとき、脳裏に小さく蘇った声がある。


「それじゃあ、やっぱりあの声は……」

「声?」

「部室で神羅に襲われたとき、あいつが取り出した瓶の中に緑色の玉みたいなのが入ってたんです。あいつがそれを瓶から出したとき、相澤先輩の声が聞こえた。神羅が喋ったんじゃない。頭に直接声が響いて、俺に〝逃げろ〟って……」


 半ば茫然としたまま俺が言えば、「そう」と絢子さんは短く言った。

 その表情は少しつらそうで、けれども絢子さんは目を伏せながら、声だけはいつもと変わらぬ調子で言う。


「それは彼女の魂でしょうね。私たち霊能師は霊術を使うとき、自らの魂の力を削る。けれど自分の魂の力だけでは足りないような強力な術を使うときには、動物や他人の魂を使うの。彼女の魂は神羅に囚われ……それでも最後まで、あなたを守ろうとしたのね」


 静かに告げられたその言葉が、俺の胸に深く突き刺さった。

 相澤先輩。

 あんなに必死に叫んでいた。知り合ってからまだ三日しか経っていない俺のために。


 そのとき俺の脳裏には、木更津先輩の写真について熱く語っていた相澤先輩の姿が浮かんでいた。

 あまりにも真っ直ぐな木更津先輩の眼差しに、〝生きろ〟と言われたような気がした。そう話していた相澤先輩はもういない。


 そう思った瞬間、こらえる間もなく涙が溢れた。

 相澤先輩。あんなに近くにいたのに、先輩は何も悪くないのに、助けられなかった。

 どうして先輩があんな目に遭わなきゃならなかったんだ。内気だけど優しくて、俺にも生きる勇気を分けてくれた人だったのに。


「ごめんなさい」


 俯き、ぼろぼろと涙を零す俺に謝ったのは絢子さんだった。その言葉はとても短くて、何に対しての謝罪なのかは分からなかったけど、きっと絢子さんも俺と同じ想いでいるのだろうと思う。

 それなら絢子さんが悪いわけではないと、俺はただ首を横に振ることしかできなかった。

 胸の中にぽっかりと開いた空洞を、冷たい無力感だけが満たしていった。



          *



 翌日、木曜日。

 登校して教室に入ると、すぐにこちらに気づいた舞が、泣きながら抱きついてきた。依理子えりこはいつもと変わらず無表情だったが、普段より口数が少なかった。

 朝のホームルームでこれから全校集会があることを知らされ、聖女の全生徒が集まった体育館で、校長が相澤先輩の死を告げた。そのとき初めて、俺は依理子が肩を震わせて泣いているのを見た。


 集会が終わって教室へ帰るとき、三年生の列の中に木更津きさらづ先輩の姿を捜したが、ついに見つけることができなかった。

 代わりに岬先輩を見つけて声をかけると、木更津先輩は今日は休みだと知らされた。

 木更津先輩は朝のニュースで相澤先輩の死を知ったらしく、同じニュースを見た岬先輩が電話したときには、既に泣きじゃくっていたと言っていた。とても学校に来れるような状態ではなく、岬先輩がその場で今日は欠席するよう勧めたという。


 やがて教室に戻ると、警察の人が来て俺は一人で呼び出された。生徒指導室に行き、そこで事情聴取を受けた。

 俺は絢子さんたちに言い含められていたとおり、相澤先輩の自殺を止めようとして口論になり、突き飛ばされて気を失ったと答えた。嘘をつくことへのためらいはあったが、他に説明のしようがなかった。


 担当刑事は既に相澤先輩の自宅を調べていて、そこで先輩の日記を見つけたと言った。

 日記には先輩が同級生からイジメを受けていた事実が記されており、それが自殺の原因なのかと尋ねられた。

 当然遺書などなかったから、警察としてもそう解釈するしかなかったのだろう。俺はそれに頷きながらも、イジメの原因となった木更津先輩にはこのことを伝えないでほしいと懇願した。

 相澤先輩は生前、その事実を木更津先輩に知られることで、先輩を傷つけるのが怖いと言っていた。俺はそのことを刑事さんに伝え、自分が相澤先輩と口論になったのもそれが原因だったのだと付け加えた。


 事情を聞いた刑事さんは神妙な表情で、「そのように配慮します」と答えてくれた。


 向こうは職務上、義務的にそう言っただけかもしれないけど、俺はその答えを聞いて、思わずまた泣いてしまった。

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