表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/9

境界

感想くれたら泣いてよろこびます。一文だけでも死ぬほどうれしいです。

 きびすを返して足を速める。

 絶対に逃がすものか!

 そして本殿の左側面を回り込み、裏へ着いた。しかし、そこには人影はない。

 まだ子供の影がこちらにたどり着いていないのかと思い、さらに右側面に移動してみたが、やはりいなかった。

「見間違い、か? いやそんなはずは……」

 確かに子供の影だった。性別まで判別できないにしろ、それが子供の影であることは明白だった。逃げられた可能性も低い。

 ――であるなら、

「どこへ消えた?」

 突然、人が姿かたちも無く消えるはずがない。それではまるで幽霊だ。幽霊に化かされたとでもいうのか。

 あり得ない。

 ここで手掛かりを失うわけにはいかない。もう少し探そう。

「何か仕掛けがあるのか」

 本殿の壁をぺたぺたと手で触れながら一周してみる。どこにも異状は見当たらない。押したら壁が動くとか、そういう仕掛けがあるわけでもないらしい。

「本殿には異状なしか。本殿そのものには何もないとすると、」

 影は時計回りに本殿を一周した、しようとした。

 その手順に何か鍵があるのではないだろうか。呪術によくみられる工程プロセスだ。イザナギとイザナミの伝承でも柱を一回りして告白する話がある。

「……よし」

 今度は時計回りに、本殿を一周してみることにした。

 正面、右側面……裏手。


 ――チリン。


 響くんだ鈴の音。

 反瞬はんしゅん、音に意識を取られた。


 そして一歩踏み出した瞬間に、視界が変わった。踏み出した足は、踏み出したはずなのに地面に当たった感覚がなかった。

「ッ!? 何だ!?」

 危うく転倒しかけて、地面に足がついた。どうやら坂の上に立っているらしい。地面はゆるやかな傾斜があるように思えた。だが何かが妙だった。

 まるで空間そのものが傾いているかのようだ。

 坂島神社の本殿はない。

 周囲には木々がしげるばかりだ。しかし様相ようそうが明らかに違う。さきほどいた森ではないことを自身の全感覚が訴えている。木々を飾る葉は、毒々しい紫色をしていた。

 いつもの癖でオレは、空を見た。

 青――ではなく朱色の空。夕暮れのオレンジではなく、鮮血のアカに染まる空。

 あかの中を、グニャリグニャリ、紺色のスジが空を泳ぐ。それは意思を持って角度を変えたり速度を上げていた。

 飛行機ではない。翼も羽も持たず飛翔ひしょうするソレは、オレの知っている"生物"のいずれにも該当しない。風にあおられたゴミでもなさそうだ。

 それがオレの真上を通りすぎていったときに、えた。

 泳ぎ進む方向の、先端には鋭い眼光と大きな口がついていた。

「………………竜」

 伝説上の生物。現実にはあり得ない。

「現実にはあり得ない。だが夢を見ているわけでもなさそうだ。虚構・架空ではないとすればここは現実。現世には存在しない存在か」

 ため息をついた。

 アチラ側からコチラ側に来た例は知っていたが、これはその逆と見て良いだろう。

 知らずのうちに異形のひしめく異界に入り込んでしまったようだ。

 胃液が食道をつたい口内を満たそうとする。常識では考えられない光景に脳が処理を拒んでいた。

 吐き気をこらえながら、ズボンのポケットを探る。

 外部に助けを求めることは出来ないかと、携帯を取り出した。しかし電波の表示を見れば、圏外と表示されていた。舌打ちをして携帯をポケットに仕舞う。

「こんなとき、小夜に助けを求められたらなぁ」

 泣き言を言っている場合ではないか。

 引き受けた案件は、どうやらオレの手には負えないモノだったらしい。それでも引き受けてしまったからには解決しなくてはならない。自身の安全すら危ういのだ。

 まずは自分の命を助ける必要があるだろう。

 ここに長居してはいけない気がする。

「クトゥルフで言うなら、夢の国ドリームランドってやつだな」

 しかしあれはラヴクラフトの創作。ここは……現実だ。

 現実ではあるが、現世ではない。非常事態、異常事態。

 冷汗が滝のように出る。少女を探す前に、まずはここから出る手段を探さなくては。

「アラ、こんなところにニンゲンがいるなんて」

 貴婦人のような上品な声がどこからか聞こえてきた。

 それが敵か味方か、そんなことはどうでもよかった。

 こういうときの鉄則おやくそくがある。情報収集にてつせよ、だ。

「あの、ご婦人。でいいのか? ここがどこか教えていただきたいのですが」

 姿が見えないのでキョロキョロと見回しながら質問をした。

「こっちよ。あなたの足元を見なさい」

 目線を下げた。そこにいたのは一匹の黒猫。

 猫……なのだが、尻尾が三本生えている。

「猫又ですか」

「ええそうよ。ちなみに名前はないわ、だって、ここでは必要ないものね」

 猫が話す、それだけで頭がどうにかなりそうだ。

「ここがどこなのか、ご存じなのですか?」

「そうねぇ……、『境界』とでも言えばいいのかしら。人の世ではないし、妖魔の領域からも外れている。ちょうど境なのよ、ここは」

 どちらの世界でもない。中途半端であれば、戻れる可能性だってありそうだ。

「今、戻れると思ったわね? 希望を抱いているのなら捨てなさい。ここの出口を探すのは砂漠で米粒を拾うことと同義よ」

「は?」

「どうやって来たのか知らないけど、人は異界から妖魔が溢れてこないように結界を張ったのよ。だから、道はほとんど閉ざされている」

 もう片方の道だけれど、妖魔の住む異界に行けば貴方は死ぬでしょう? と付け加えた。

 予想以上に危機的状況らしい。これが、神隠しの真相か。

 境界に迷い込んだ人間は、そのほとんどが現世に戻れず、おそらくはここで死んでいく。

 でも少しだけ、オレは安心していた。

「ほとんどってことは、僅かでも可能性はあるってことだ。違うか?」

「ええ、そうね。絶対なんてないものね」

 クスッと可笑しそうに笑った。

 それがわかっただけでも十分だった。生き残れる。戻れる可能性がある。

 ――なら絶望するにはまだ早すぎる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ