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邂逅

 昔と変わらない信念で、冴木さえきともえという人間は探偵をやり続けている。


「――物語に出てくるような探偵……よくまあ、そんな面倒な理想を持ってしまったものだ」


 春の陽気の中、つぶやき一人笑う。苦笑のようなそれは嘲笑ちょうしょうだった。

 つい出てきたばかりの四角い事務所を振り返る。

 冴木探偵事務所、という看板。

 理想を抱き続けて五年。年は二十四になった。抱いた理想は前人未到。誰も至ったことがなければ、それどころか目指した人もいないかもしれない。

 冷静に考えれば、その夢がおろかだってことは子供でも瞬時にわかる。

 それを子供のころからずっと抱き続けている自分は、誰よりも愚かなのかもしれない。だがそれはそれだ。自嘲じちょうはこの辺にして、依頼について考えよう。

 感傷かんしょうにふけっていた思考を戻す。そして探偵としての直感から、一つの憶測おくそくを口にした。

「――――怪異かいい

 今回の依頼は普通に考えて"あり得ない"のだ。どう考えたって常識の範疇はんちゅうから外れている。

 二十年前に行方不明になった少女を見た?

 そのままの姿で?

 成長して、昔の面影のある女性を見た、というのならわかる。だが、そのままの姿というのはあり得ない。人間は、いや、全ての生物は成長する。

 カバンに入れた金色の短剣の出番にならないことを祈るばかりだ。

 以前に三メートルはあろうかという人外の鬼と戦ったことがある。あの時のような命のやり取りはゴメンだった。

 その依頼を受けた際に、協力者からゆずり受けたのがこの金色の短剣だ。

 仕組みは良くわからないが、特殊な術式じゅつしきが仕込まれているらしい。

 鬼にただのナイフで斬りかかったときは、傷一つつけられなかったが、金の短剣で斬りつけたときはまるで虚空こくういだかのようなカラの感触だった。

 切れ味の話ではなく、妖魔ようまに対しての特攻があるようだ。

「ホント、コイツの出番にならないことを祈るばかりだな」

 あの時とは状況が違う。強力な武器一つあったところで、複数体いれば状況は一転する。

 今回は協力者がいない。知識も、力も不足している。

 オレにはこの手の話に対する知識が薄い。それでも引き受けたのは、オレ以外が引き受けても解決できないと思ったからだ。人の理から外れたモノと対峙たいじする経験を、他の探偵がしているとは思えない。

「知識は無くともだ、不足は経験でカバーすればいい」

 多少の時間はかかるだろうが、地道な作業こそ探偵の得意分野。情報収集して、そこから正しきを導けばいいのだ。

「さて、それじゃ開始スタートするとしよう」



   ◇



 …………依頼を受けてから三日が経過した。三日間は情報収集に徹していた。

 依頼主との契約は一週間。その間に成果を出さなくてはならない。

 事務所の最奥さいおうにある所長席に座り、ここ数日の調査内容をまとめていた。

 冴木探偵事務所という探偵社。それは冴木さえきともえという自身の名からつけたものだ。以前は人の下で探偵をやっていたが、今では独立してこうして自分の事務所を持てるようになった。

 あの頃と比べると成長はしたのだろうが、どうにも心にささくれが引っかかっているような今が気色悪い。

「って、感傷に浸っている場合じゃないよなぁ」

 要点を箇条書きで書きあげる。


・記事の写真を見せて聞き込みをしたところ、その少女を見たと多数報告あり。

・少女を見た人物に聞き込みしたところ、その対象者全員が夕方に見ている。

・少女の現れるエリアはある一点に集中している。


 まとめ終えて、ペンを置いた。

 わかったことはこの三点だった。ここから何らかの法則性を見出して、解決の糸口を掴まなくてはならない。

 夕方、か。そういえば地方新聞に書いてあった記事でも逢魔ヶ時おうまがときと書いてあった。逢魔ヶ時おうまがときとは、太陽が失せて闇が訪れるそのさかいを表す言葉だ。夕暮れ時の人影、だれかれ――……。まるで影だけが動いているような輪郭のぼやけた黒色こくしょく。その不気味さは魑魅魍魎ちみもうりょうと変わらない。

「消えたのも、現れるのも夕のこくか」

 何か、関連性があるのか。

 時間については今の情報ではそのくらいしかわからない。

 次は場所について見てみよう。 

 ある一点に集中している少女の目撃報告。

 地図を眺めながら、その範囲をコンパスで囲ってみる。すると描いた円のちょうど中心部に神社があった。

 ――神社?

 坂島さかしま神社、と地図には表記してある。坂島……。山とも言えない半端な丘のような立地からその名前がついたのだろうか。しかし怪異のような依頼に神社、何かしら関係がありそうだ。

「ひとまず、足を運んでみなくちゃわからないよな」

 夕暮れまでは時間がある。準備を整えて向かうとしよう。


 歩いて坂島神社に着いた。

 この辺りで松村七海を目撃したとの証言が多い。運が良ければ、今回はその姿を見られるかもしれない。果たしてそれが他人の空似そらになのか、あるいは……本当に本人なのか。

 その真相を掴むのがオレの仕事だ。

 鳥居をくぐり、境内けいだいに踏み入った。

はらたまえ、清め給え……と、こんな感じか」

 手水舎で清めて、とりあえず参拝した。

 見たところ、神主さんが常に在住しているわけではなさそうだ。どこにでもあるような寂れた神社だ。しかし汚さはなく清潔に保たれている。誰かが頻繁に来て掃除をしているのだろう。あとで話を伺ってみよう。

 この神社のご神体は何なのだろうか。坂島。そのワードに思い当たる神様はいない。

「少し、この周りを探索してみるか」

 何かがつかめるかもしれない。そう思って周囲を見回したところ、人影が見えたような気がした。それも、小さな、子供の人影だったと思う。

 ――ビンゴ!

 いきなりアタリを引いたかもしれない。

 声を潜め足音を立てないように、かつ迅速に。子供の影は本殿の裏に回っていった。なら、先回りだ。影は本殿を時計回りに進んでいったのだ。ならオレは反時計回りに進めばいい。

 こそこそ隠れる必要も無い、むしろ逃げられたほうが痛手だ。

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