7.その出生にまつわることとか
もう九月の最終日ですよ……。
先王アレキサンダー王には二人の子がいた。一人はクレアの父親であるブランドン王子。もう一人は二十歳の若さで亡くなったカサンドラ王女だ。
ブランドン王子は魔導師たちを指揮した軍人として有名であるが、若くして亡くなったカサンドラ王女も有名であった。
彼女は、予言者であった。
といっても、さほどコントロールできる予知能力ではなかったらしい。
だが、その予知は絶対に外れなかった。彼女は前大戦のことも予言しており、彼女の予言によって、アレキサンダー王は何度も助けられたのだ。
だが、彼女は病弱だった。カサンドラの予知能力を惜しんだアレキサンダー王は、思いついたのだ。娘のクローンを作ればいいのではないか、と。
一般的に、魔法能力と言うのは遺伝継承しやすい。特殊なものであるほどその傾向がある。そのことからアレキサンダーは、カサンドラに子を産ませるよりも、彼女自身の遺伝子を使ってクローンを作った方が予知能力が顕現しやすいと考えたようだ。
そして、その考えはある意味正しかった。カサンドラ王女が息を引き取ったころ、カサンドラ王女のクローンが産声をあげた。人工子宮で育った女の赤子である。カサンドラ王女と同じ赤い髪に新緑の瞳。赤子の時点では予知能力があるかはわからなかったが、三歳のころ、このクローンの赤子にも予知能力があるとわかった。
アレキサンダー王は喜び、この子を自分が信頼する官僚に預けて育てさせた。さすがにカサンドラと名付けるわけにはいかず、その子の名はゾーイとした。ローウェルと言う彼女のファミリーネームは、この育ててくれた官僚家族のものだった。初老に差し掛かるほどの年齢の子の育ての夫婦にはそこそこ良くしてもらったと思っている。
だが二年前、アレキサンダー王が亡くなり、その庇護が失われた。そして、これからどうするか、と言うことになった。何しろ、ゾーイはカサンドラのクローンであり、考え方によってはアレキサンダー王のあとを継げるのではないか、と言うことになったのだ。
ゾーイはただのクローンだ。少なくとも、彼女にはその意識があった。当時十五歳であった彼女は、養父母を説き伏せて軍事学校に入隊し、そして今に至る。
だが、先ほどトリシャが言ったように、彼女は常に誰かの庇護下にあった。例え、この時ゾーイが軍に入らずとも、誰かしらの迎えが来ただろう。そう……おそらく、クレアを保護したトリシャが、ゾーイを引き取りに来ただろう。
ニールとトリシャの夫妻は、今のところ魔導師たちの中で最強の部類に入る。そして、トリシャは伯爵だ。保護者として十分である。そして、第一王子の遺児を守ってきたと言う実績もある。
どこに行っても、ゾーイはニールやトリシャの庇護下に入るしかなかった、と言うことだった。
さて。カサンドラのクローンとして予知能力を受け継いだゾーイだが、その力は不完全だった。もともと、カサンドラの予知能力も不安定であったのだから、当然の結果ではある。
先ほど、魔法は遺伝しやすい、と言ったが、もともとカサンドラの予知能力は突然変異に近く、遺伝性ではなかった。クローンを作っても同じ力を持つとは限らず、博打に近かった。
それでも、ゾーイは予知能力を持っていた。そして、実際にいくつかの予知を行ったことがある。そして、九割がたは当たっていた。これは驚異の数値である。前大戦の終結も予知したし、ブランドン王子の戦死も予知した。
ゾーイは少し困ったように微笑んでいるトリシャを見た。その瞬間、脳裏に映像が浮かんだ。トリシャが、何かを抱いて微笑んでいる。だが、後ろを向いているので何を抱いているのかわからなかった。
「ゾーイ? どうかした?」
ぽかん、とした表情をしていたのだろう。トリシャに尋ねられ、ゾーイは首を左右に振った。
「いえ……少し考え事を。そう言えば、所長、アレキサンダー王と親戚筋って言ってましたけど」
「ああ……正確には、ブランドン王子の妻だった人の親戚にあたるんだよ。その人は、私の父方の叔母でね」
「……と言うことは、所長とクレアちゃんは、いとこ同士にあたると言うことですか」
「そう言うこと。まあ、血がつながっている割に似ていないのは、私の外見が『調整された』ものだからだよ」
「……」
誰もそんなことは言っていない。いや、ちょっと思ったのは認めるけど!
「そもそも、私が継いだマーシャル伯爵家はさかのぼれば王族とも血のつながりがあるんだ。それもあって、気づいたらオースティンの面倒まで見ていると言うわけだ」
「オースティン陛下の面倒を見ている自覚はあるんですね……」
ゾーイはそうツッコんでしまった。トリシャはいろいろぶっ飛んではいるが、常識はある人間だ。頼りたくなるのもわかる。
「それで、話は戻るけど、オースティンがもともと王位から遠い人間であることは知っているね」
「はい」
ゾーイはうなずいた。微妙なところであるが、ゾーイもその王族関連には関わっているので多少の知識があった。何事も、正確な情報がなければ自分の身を守れない。
アレキサンダー王の二人の子は亡くなり、クレアはまだ幼い。ゾーイはカサンドラ王女のクローンであるが、その存在に関しては微妙なラインだ。
オースティンはアレキサンダー王の弟の息子にあたる。つまり、ブランドン王子やカサンドラ王女から見て従弟にあたる人だ。選択肢が狭かったとはいえ、血筋が遠い。
「だから、より近い血族に王位を戻そうとしている者がいる」
「……より近い、って、クレアちゃんですか」
そうだよ、とトリシャ。近いと言うより、彼女は直系の王女ではある。幼くなければそのまま女王に擁立されていたかもしれない。
「……でも、この時代にそんなに王は重要ではないと思いますけど」
ゾーイがそう言って首をかしげると、トリシャは「そうだね」と同意を示した。
「だが、人心を集めると言う意味ではいまだに力があるんだよ」
その言葉に、ゾーイは顔をしかめた。
「戦争をしようとしているのですか」
「さてね。私は階級は大佐だけど、そう言うのには関わらないようにしてるから」
「……まあ、関わったらとんでもないことになりそうですしね……」
「それ、旦那にも言われた」
トリシャは腕を組んだまま笑い声をあげた。トリシャが本当にデザイナーベビーであるのなら、その頭脳は恐るべきものだ。変に権力を持たない方がいい、という彼女の意見には賛成だ。
「君がどう思おうと、君がカサンドラ王女のクローンである以上、巻き込まれるのは必須だ」
「……私はここから出られないんですか」
「完全回復するまではね」
そう言ってトリシャは立ち上がった。要するに、元気だったとき、ゾーイは自分で自分の身を守っていたと言うことになる。ゾーイとしてもわけの分からない争いに巻き込まれるのはごめんである。
「所長たちは」
「うん?」
トリシャが小首をかしげる。なまじ顔立ちが麗しいので見惚れてしまった。
「どうして、クレアちゃんや私たちを守ろうとするんです?」
ゾーイの問いに、トリシャは笑みを深めた。
「私がそうしたいからだよ。それに、自分の意志ならともかく、大人たちの都合で王にしようなんて、傲慢もいいところだ」
「……」
それは、トリシャが親の都合でデザイナーベビーとして生まれたからだろうか。だが、おそらく、そうしなければトリシャは生まれられなかった……。そうした葛藤が、きっと、彼女の中にはあるのだ。
「この研究所はね、ゾーイ。私たちのような人間が集まっているんだよ。君の主治医のシャロンもそうだし、もともと、魔導師特殊部隊は強化人間が多いね。魔導師と言うことで世間からはじき出されたような者たちの寄せ集め」
何となくわかっていたが、やはりそうなのか。所長がデザイナーベビーなのだから、他にも人造人間などがいてもゾーイはもう驚かないだろう。むしろ、いないと考える方がおかしい。前大戦期は、そう言った人道に悖る研究が多く行われていた。そのころに生まれた者たちが、今ちょうど二十歳前後だ。
ドアがノックされた。ゾーイの病室なのに、トリシャが「どうぞ」と許可を出した。所長の声に驚きつつ入ってきたのはシャロンだった。そろそろリハビリの時間だ。
「所長、何してるんですか」
相変わらずシャロンも美人だ。トリシャには及ばないが、彼女の美貌は作られたものであるため、何とも言い難い。というのはともかく。
「ちょっと事情を説明していてね。ゾーイ、シャロンも事情を知ってるから、頼ってやって。この子は強いからね」
思わずゾーイはシャロンを見た。このたおやかともいえる外見で、強いのか。まあ、トリシャも同じであるし、基本的に魔導師は外見で強さを計れない。
「悪いね、勝手に話しちゃって。シャロンは君の主治医になるから、その背景も知っていた方がいいと思って」
「いえ……それはいいんですけど、もしかしてシャロンが強いから私の主治医になったとか?」
「おや、鋭いねぇ」
にこにこにこにこ。ひたすら笑っているポーカーフェイスのトリシャが怖い。
「さすがに私が見るわけにはいかないしね」
「っていうか、所長の治療って雑じゃないですか」
シャロンがツッコミを入れた。やろうと思えば繊細かつ精密な手術もできるトリシャだが、そこはそれ。徴兵で軍人になったような人物で、当時から医療に関する知識があった彼女は、戦場でも応急処置をするようなことがあったらしいが、それがとても雑……いや、正確であるのだが、大胆すぎるのだ。
「フォーサイス大佐にすら『怖い』って言われてるじゃないですか」
「基本的に力関係は私の方が上だからね」
「……」
いらんことを知ってしまった。笑っていうトリシャ、やっぱり怖い。
「じゃあお邪魔したね。怪我も治ってきているだろうし、敷地内なら自由に歩き回っていいよ。機密があるところは入っちゃだめだけど。あと、時々うちのクレアが来るから、相手してあげて」
一方的に頼み、トリシャは手を振って病室を出て行った。それを見送ったシャロンがゾーイに尋ねる。
「所長、何の話だったの?」
「うん……みんないろいろ闇が深いと言う話」
あながち、間違いではない。
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