Ⅱ.前大戦の遺産
引き続き、トリシャ視点。
そして、地下に行ったトリシャとニールであるが、すぐにトリシャは「何これ!」と彼女らしからぬ声をあげた。
「トリシャか……すまん」
床に座り込んだディランが謝った。他にも二名、警備隊の人間がいるが、その二人もぐったりしていた。
「いや、ディランが無事ならいいけど……ああ、そうか。侵入者は全員強化人間だったな……」
前大戦を経験している三人の表情が曇った。
ディランも一人捕らえたが、トリシャも一人捕らえたので二人の強化人間が捕らえられたわけだが、その部屋は血まみれだった。そして、ご遺体が二体。捕らえた強化人間のものである。
「いや……私のミスだ。ディランのせいではない。むしろ、被害が出る前に止めてくれたことに礼を言う」
「……優しいな、トリシャ」
そう言いながらディランは苦笑を浮かべた。トリシャはしゃがんで遺体に触れる。
「捕らえられたら可能な限り暴れて自害するように『組み込まれ』ていたんだろうな。薬物による強化と魔法による精神改造。正気の沙汰ではないね、相変わらず」
トリシャはそう言ってしまってから自分の夫を見上げた。
「……気に障った?」
「いや。お前の言うとおりだと思う」
ニールの言葉に肩をすくめた。ディランはトリシャを優しいと言ったが、真実、優しいのはこの男だ。見た目からは想像できないけど。
「だが、サイコメトラーを連れてきても情報を引き出せんぞ」
精神改造が完璧だと言うことは、情報を残さないようにプロテクトをかけられていると言うことだ。大した情報は期待できない。
「まあ……それは仕方がない。っていうかディラン、大丈夫?」
先ほどから座り込んで動かないディランに声をかけると、彼は「大丈夫ではない」と即答した。
「義足が曲がった。立てん」
「ありゃあ。あとでアリーに直してもらおうか」
「お前、直せないのか」
「私は外科医であって工学士ではないよ」
トリシャはあっさりとそう言った。
ディラン・アップルガース少佐は、トリシャたちと同じく前大戦を経験している。前大戦中、魔導師は強い使い捨ての兵士だった。現在は魔導師たちを取りまとめている彼女らも例外ではない。
最前線に立たされた彼らは、どうしても負傷者が多かった。前大戦末期、ディランは敵に両足を奪われたのである。以降、魔法と科学を組み合わせた機械の義足を使用している。これに慣れるまで、歩行も困難であり、そのため、戦後に入校した士官学校で彼はかなりぎりぎりの成績で卒業したと言う伝説がある。
そして、トリシャは魔法研究所の所長であり、遺伝子工学者であり、外科医でもあった。もっと上げて行けば、彼女は十近くの学位を持っているのだが、とりあえずは省略しておく。
とにかく、この場を片づける必要がある。強化人間の遺体の方は、あとで一応、接触感応能力者に調べてもらおう。念のため解剖も行った方がいいだろうか。
「ニール。ディラン連れて行くの手伝ってよ」
舌打ちをしたような気もするが、ニールはディランに肩を貸して上に上がって行った。トリシャは警備隊に命じてこの場を片づけさせた。遺体は一度、棺桶で保管する。ちゃんと弔ってやるつもりだ。
トリシャが上にもどると、ディランは椅子に座り、ニールはその向かいで腕を組んで壁に寄りかかっていた。サイコメトラーもアリッサもまだ来ていない。その能力上、襲撃があったばかりの今は忙しいのだ。
「強化人間……まだつかわれているんだな」
「……まあ、戦闘力としては期待できるからね。忠誠心も問題ない」
「精神を改造してるからだろ」
ニールが皮肉っぽく吐き捨てた。トリシャは軽く彼の肩をたたいた。
前大戦のとき、強化人間が多く導入された。そう言う人間を作る施設があったのだ。戦後、そう言った研究施設は表向き、すべて解体されている。だが、裏では続けられていたようだ。
強化人間には、魔導師が多かった。魔導師の方がもともと肉体的に強く、戦力になりやすいからだ。そして、トリシャの夫ニールも、当時に『開発され』た強化人間の一人だった。
トリシャも『強化人間と似たような者』であるが、所詮似たようなものである。ニールのような、いわゆる純粋な強化人間がどのようなものであるかはよくわからない。
トリシャはニールの肩に置いた自分の手に額を乗せるようにして身を寄せた。初めて会ったとき、ニールは荒れていた。魔導師だからと言う理由で肉体を改造され、様々な魔法や薬を使われて戦士へと仕立て上げられた。当時は精神改造が完璧ではなかったので、ニールの気性の荒さは彼を『処分』へと導こうとしていた。
そこをすくったのが、当時特殊部隊を預かっていたアレキサンダー王の第一王子ブランドンだった。彼は人を使うのがうまくて、そして陽気な人だった。
トリシャも、ニールも、そしてディランも彼に救われた。彼は彼女らを利用したかっただけなのかもしれない。それでも、他の軍人たちよりはマシで、彼女らを『兵器』ではなく『人間』として見てくれた。
「って、ちょっと待て。なんでお前泣いてるんだ」
ニールに言われてトリシャははっとした。言われるまで、自分が泣いていることに気付かなかった。服の袖で乱暴に目元をぬぐうと、いつも通りの口調で言った。
「私にも泣くような可愛げがあったとは」
「自分で言うな」
ニールがすかさず突っ込んだ。ディランがおかしそうにその様子を見ていた。
そこに、アリッサがやってきた。彼女は乏しい表情で首をかしげた。
「所長、目元が赤いですが、泣いてました?」
「アリー……わざわざそこを指摘するかね」
思わず恨みがましくトリシャが言うと、アリッサはしれっと「失礼しました」と言った。
「冗談だったのですが」
「……」
沈黙が降りた。冗談、と言うには、アリッサの表情がまじめすぎたのであった。
△
「駄目ですね。プロテクトがかかっていて、全ての情報がシャットアウトされています」
「そうか……」
言葉は意味不明だが、言いたいことは何となくわかったのでうなずいておく。
接触官能能力者のエルバートはアリッサと同じ魔法工学担当の中尉だ。二十歳そこそこだが、優秀な捜査官である。
エルバートはいまいち説明が下手なので何を言っているかよくわからなかったりもするが、ニュアンスは何となく伝わる。要するに何もわからなかった、と言うことだ。
「……王立機動隊の得意技だな。オースティン陛下が差し向けたとは思えないが……」
トリシャは自分が聡明かつ状況の判断能力に優れている自覚がある。そう言う風に『できて』いるのだ。
だが、自分の思考には限界がある、ともトリシャは思っている。幸いと言うか、今は相談相手がいる。
「あんたさぁ。人の執務室を我が物顔で占拠しないでよ」
「占拠はしていない。いるだけだ」
「はいはい」
自分の執務室兼研究室に戻ってくると、夫がいた。ニールはソファに座ってトリシャの書きかけの論文を読んでいた。
「それ、わかるの?」
「お前、夫に対してひどいセリフだな。何となくわかる気はする」
理解はできんが、とニールは続けた。トリシャはニコリと笑って肩をすくめた。コーヒーを淹れ、ニールの前にもマグを一つ置くと、トリシャは彼の向かい側のソファに腰かけた。
「どうだ。捕らえた強化人間の方は」
「駄目だね。サイコメトリーでは探りきれない。仕方ないから、あとで解剖してみる」
強化人間、と一口に言っても、どの研究施設で強化を受けたかによって少しずつ強化方法が違っていたりするのだ。トリシャが見ればわかるかもしれない。
トリシャはマグを傾け、こくりとコーヒーを嚥下する。マグをテーブルに置いて、同じく論文のテーブルに置いたニールに言った。
「正確なことは言えないけど、王立機動隊のやり方に近い。オースティン陛下が差し向けたとは思えないから」
「……おそらく、元老院の誰かだな」
「……私もそう思う」
アルビオン王国は下院と元老院の二議会で成り立つ立憲君主制だ。正当な王を、と言うのが元老院側の主張だ。立憲君主制とはいえ、それでも大きな事件……つまり、戦争などが起こると、王族の存在と言うものが重要になってくる。求心力として申し分ない。
元老院は再び戦争を始めようと言うのだろうか。何も知らない少女たちをその矢面に立たせて。
せめて彼女たちには、選択肢を与えたい。自分で生きる未来を選んでもらいたい。
「トリシャ」
いつの間にか隣に来ていたニールが片手でトリシャの頭を抱き込んだ。トリシャはニールの肩に額を押し付けた。
トリシャの頭脳をもってしても、思い通りにならない世界。それが面白くもあり、歯がゆくもある。ニールの大きな手がそっと黒髪を撫でた。
「大丈夫だ。お前だけでは背負えないものは、俺も一緒に背負う」
「うん……ありがと」
顔を上げると、ニールがトリシャの頭を抱えたまま口づけた。深く口づけられ、体の力が抜けたトリシャは後ろに押し倒された。
「すみません、失礼します」
扉が開くと同時に明瞭な声が聞こえた。ニールが顔をあげ、つられてトリシャもうるんだ目を向けた。副所長オーウェンが入室していた。
「……あんたら、何してるんですか……」
年上の部下はトリシャたち夫婦を見て呆れた表情になった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
欅〇46のサイレ〇トマジョリティーが結構いい……。




