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Ⅰ.パトリシア・マーシャル伯爵

今回はトリシャ視点。









 一方のトリシャである。本名をローレン・パトリシア・ハウエル・フォーサイス・マーシャルというやたらと長い名前を持つ陸軍魔法研究所所長の大佐は、古城を改装した研究所から出て周囲を囲む森の中にいた。ここは、古城であるが古くは要塞であったと言う。


「ディラン!」

「おー、トリシャか。お前が来たのか」


 振り返ったのは黒髪に澄んだ青い瞳をした男性だった。精悍な顔立ちをした男性であるが、トリシャの知る中で最も『精悍』と言える顔立ちの男は彼女の夫である。

 それにしても世の中不思議である。トリシャはニールと初めて会ったころ、取っ組み合いの喧嘩をしたものだが、それが今では夫婦である。いやあ、あのころは若かった。

 それはともかくである。研究所の周囲には警備用の魔法が敷かれていて、その境界をトリシャの許可なく越えてきたと言うことは、悪意を持っていると言うことだ。特に、今研究所内に二人の少女がいるので、余計にその疑いが濃い。


「様子はどう?」

「警備隊を動かした。正確な人数はわからないが、人数は五十人程度か」

「そう。なら大丈夫だね」


 トリシャはそう言って笑った。彼女と会話していた男性も笑みを浮かべる。ディラン・アップルガース少佐。それが彼の名だ。階級はトリシャより下だが、年齢はトリシャより二歳上。つまりはニールと同い年になる。


 トリシャやニールと同じく、ディランも前大戦を経験した元徴兵軍人である。まあ、魔導師なので士官学校を出ていなくても初めから階級は伍長であったが。

 戦後、徴兵魔導師は士官学校で優先的に学べ、かつ、実戦経験があるとして半年で卒業できる制度があった。トリシャもニールも、そしてディランもその時に士官学校を卒業し、今では佐官待遇である。

「ディラン。お願いがあるんだけど」

「なんかお前がそう言うとろくでもないことのような気がするんだが。何だ?」

「なんかうちの夫にもそう言われるんだけどさ……。いや、それはともかく、侵入者を一人捕らえてほしいんだけど」

「……後学のために聞くが、何するんだ?」

「事情を聞くに決まってるだろ」

 平然と彼女は答えた。ディランは少し顔をこわばらせたが、断ることはしなかった。

「んじゃ、よろしく」

「了解だ、所長殿」

 階級はトリシャの方が上になってしまったが、もともと、彼は前大戦時代のトリシャの先輩兵士だった。


 当時からの信頼関係である。トリシャは自ら侵入者を捕らえに行ったディランを見送り、ホルスターから銃を取り出した。セーフティーロックを外す。

 ところで、トリシャは森の中を歩くには不適切な格好をしている。戦闘を行う格好でもない。髪は縛っているが緩く束ねて右肩からたらしており、来ているのはカットソーにスラックス。そして、足元はヒールのあるパンプスだ。ただでさえ長身のトリシャを、さらに大きく見せていた。


 それでも危なげなく歩けるのは訓練の成果と言うか、魔法のおかげであろう。


 悠然と歩いていたトリシャは、銃撃を受けた。当たらなかったが、近くに侵入者がいるのは確かである。銃弾が放たれた方にトリシャは銃口を向けた。

 引き金を引いて発射されたのは銃弾ではなく、魔法だった。正確には、魔法銃弾である。通常の銃弾より威力が高い。命中した木が凍った。氷の弾丸だった。

 トリシャは森の中を歩きながら侵入者を始末していく。そろそろ片付いたかな、と言う時、背後から襲われた。中距離線が駄目ながら白兵戦を、と思ったのだろう。甘い。

 おそらく、魔法で強化した強化兵士だろう。トリシャは舌打ちした。人体をいじくって肉体を強化させられている者がまだいるとは。立場上、トリシャは嫌悪感を覚えずにいられない。

 相手が強化人間なら、トリシャも強化人間であった。いや、正確には違うが、似たようなものだとトリシャは思っている。

 見たところ、相手は若い。二十歳前後だろうか。だとしたら、トリシャの方が上手だろう。


 仕込み刃で斬りつけられるが少し身をずらして避けた。その手首をつかみ、膝を腹に叩き込む。今度はトリシャの足首がつかまれ、そのまま投げられた。強化人間はとても丈夫なのだ。

 トリシャはパッと手を放し、自分の足首をつかんでいる手を逆の足のヒールの部分で蹴った。さすがに痛かったのだろう。手を放された。地面を転がってすぐさま起き上がる。

 強化人間が急速に近づいてきた。トリシャは再び手首をつかみ、今度は相手を投げた。相手も空中で体勢を立て直し、着地する。トリシャは唇の端を釣りあげる。


「っ」


 強化人間がバランスを崩した。身体能力も優れるトリシャだが、その本分は魔導師である(と彼女は思っている)。彼女の魔法は強大な威力を持つものではなく、細やかな魔法を丁寧に編み上げるものだ。もちろん、高威力の魔法も使えるが。

 トリシャは魔法で強化人間の足元の地面を陥没させたのだ。バランスを崩したところに、トリシャはとびかかり、強化人間を引き倒す。そのまま首を絞めた。頸動脈を圧迫する。

 トリシャは軍人であり、魔導師であり、医者でもある。どこをどう圧迫すれば気を失うかはわかっている。

 ことん、と強化人間が気を失ったところに、ディランが戻ってきた。誰かを肩に担いでいる。

「お前、何してるんだ」

「おお、ディラン。侵入者どもは?」

「一人だけ捕らえた。部下たちに片づけさせてる」

「うん。ありがとう」

 トリシャはそう言うと、立ち上がった。それから自分が落とした強化人間を示した。

「こいつも運んでくんない?」

「……お前、人使い荒いよな……」

 ディランが目を眇めて言った。トリシャが「嫌ならいいけど」と自分で運ぼうとすると、ディランに待ったをかけられた。


「待て待て待て。お前にやらせるとニールが怒るから」

「いや、怒らないだろ」


 とツッコミを入れるが、ディランはひょいと二人目を担いだ。この筋力の差はどうしても埋められない。トリシャがいかな強化人間であろうと、性差までは超越できないと言うことだ。

 とりあえずディランに二人を独房に叩き込んでおいてもらう。どうやら襲撃者は全員強化人間だったらしく、魔導師用の手錠をかけ、丈夫な独房に二人を離して入れるように言った。共謀されては困る。

 ディランにとりあえずの指示をだし、トリシャはみんなが集まっている中央管制室に向かった。彼女の子であるクレア、そしてゾーイが大いに関わることなので、ニールたちと一緒にこの中央管制室に放り込んでおいたのだが、二人は仲良くおしゃべりしていた。何となく微笑ましい。


「所長。終わりましたか」


 声をかけてきたのは副所長のオーウェン・ファーガス中佐である。フレンより七つほど年上であるが、彼女に振り回されるかわいそうな副所長である。

「おう、問題ないよ。オーウェン、中をありがと」

「いえ。まあ、所長が出て行かれたと聞いて焦りましたが、よく考えればあなたに何かあるはずがありませんでしたね」

「結構ひどいよね、そのセリフ」

 と突っ込みながら、彼女はその言葉を否定しなかった。よほどのことがなければ、トリシャはびくともしないだろう。


「侵入者は撃退。今、警備隊が後始末をしている。それが終わったらオーウェン、悪いけど防御魔法を張り直して」

「わかりました」


 年齢も戦歴も自分の方が上なのに、彼はトリシャをよく立ててくれる。何のかんの言いつつ、皆トリシャを慕っているのだ。


「アリー。念のため監視映像の確認とデータ、ネットワークのチェックもよろしくね」

「了解です」


 情報部門を預かっているアリッサが即答で応えた。むしろ、トリシャが指示を出す前からやってくれているような気もした。優秀な部下である。


「クレアがらみか?」


 一通りの指示を出し終えたトリシャにニールがささやいた。トリシャも女性にしてはかなりの長身で、しかもハイヒールを履いているが、それでもニールの身長には及ばない。肩幅もがっちりしていてたくましい。かなり筋肉質だが、それでも筋肉! という感じはしない。何事もほどほどが良い。

「さて、どうだろうね。今はゾーイもいるし、可能性は高いけど」

 尋問するけど一緒に行く? とトリシャは笑って恐ろしいことを言った。ニールはわずかに顔をしかめたがうなずいた。

「相変わらず趣味が悪いな」

「余計なお世話。っていうか、その趣味の悪い女の旦那だからね、あんたは」

「それこそ余計なお世話だ」

 たいてい、こんな感じである。そもそも結婚だって妥協だった。お互いを好いていないわけではないが、何しろ初対面で取っ組み合いの大喧嘩をした仲である。気心は知れているが、だからこそ発言に遠慮がない。


 このやり取りを見ている魔導師たちには、「仲いいですね」と言われることの方が多い。いや、悪くはないが、そう言われると双方とも微妙な表情になってしまうのは仕方のない話だろう。


接触感応能力者サイコメトラーを連れて行かないとね。今どこにいるんだろ」


 研究員たちは基本自由なので、所在がつかめなくなることが多い。ニールの部隊のようにかっちりと統率がとれているわけではない。

 そう言うと、ニールに「お前がなめられてるんじゃないか」などと言われたが、それを言うならニールは怖がられているだろう、と言う話だ。別にこわもてであるわけではないが、ニールの眼光は鋭く、迫力がある。


『トリシャ。件の囚人さんが目を覚ましたぜ』

「了解。今ニール連れてそっちに行くから」


 うお、マジかよ! という言葉が聞こえた気がしたが、通信機の声は無視し、クレアとゾーイを見ていたシャロンに向かって言う。

「シャロン! 今から私とニールは地下に行ってくるから、クレアをよろしくね」

 ついでにゾーイも、と心の中で付け足す。シャロンに任せておけば安心だ。ゾーイを入院させたときに主治医として事情は話してあるので、わかってくれるだろう。案の定、力強くうなずいてくれた。

「行ってらっしゃい」

 今から拷問に出かける両親に、クレアは満面の笑みで手を振った。かわいらしいが、少し将来が心配になる。そう思いながらも、トリシャもクレアに手を振った。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


トリシャの基本的な服装は白衣にカットソーにスラックスにハイヒール。髪は縛ってるけどメガネかけてる。

どう考えても戦場を歩く格好ではない。


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