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3.停電はシステムエラーのせいらしい










 トリシャ出動事件が起きてから三日後。何故か王立研究所のすべての電源が落ちた。停電である。ちょうど遅い昼食をとっていたゾーイは、もぐもぐと口を動かしながらあたりを見渡した。すぐに非常灯が付いたので、まったく周囲が見えないわけではない。


 ゾーイは無感動に食事を続ける。最近、病人食でない普通の食事が食べられるようになってきたので、食べ物がおいしかったのだ。


 見えないわけではないので食事を続け、最後に牛乳を一気飲みしたまさにそのタイミングでノックがあった。はーい、と返事をすると、手動で病室のドアが開けられた。いや、病室のドアは停電関係なしに手動だけど。ただ、鍵はデジタルである。


「ゾーイ、大丈夫か? ……ああ、平気そうだな」


 光る魔法石を持ったシャロンが顔をのぞかせ、病室の中に入ってきた。患者の見回りでもしているのだろうか。

 完食された食事を見て、シャロンは苦笑する。仮にも、ゾーイは戦場にいたのだ。今更暗闇におびえるようなかわいらしい神経は持ち合わせていない。


「突然停電したけど、何かあったの?」


 年も近いので、今ではすっかり友達感覚だ。一応、シャロンはゾーイの主治医なのだが。彼女も気にしていないようなのでゾーイも気にしないことにした。

「良くわからないけど、漏電にシステムエラーが重なって、今研究所の全機能が停止してるんだ。非常灯と生命維持装置は自家発電と魔法道具で補ってるから大丈夫なんだが、そのほかがね。今、電カルも見れないから困ってるんだ」

 そう言ってシャロンは肩をすくめた。ゾーイはなんだか大変そうだな、と他人事である。実際に他人事だった。次の瞬間までは。

「で、ゾーイって魔法特殊部隊で情報処理担当じゃなかったか?」

「ああ……まあね。最終的に戦場に行かされたけど……」

 ゾーイは部隊で情報処理を担当していた。平時の時の仕事がそれだ。いくつかの言語や暗号はわかるし、それなりに機械にも強い。って、まさか。

「すまないけど、人手不足なんだ。手伝ってくれないか?」

 薄暗い中で、シャロンが困り気味の笑顔を見せていた。
















 松葉づえをつき、ついでにリハビリも行う。片方は松葉づえで、もう片方はシャロンが支えている。足のけがもだいぶ良くなってきた。こちらは神経も切れていたようなので、治るにはもう少し時間がかかりそう。

 ゆっくりと歩いてたどり着いたのは、関係者以外立ち入り禁止の中央管制室だった。ここで、研究所全てのシステムの管理、管制を行っている。

 中では六名の研究員が必死にキーボードをたたいていた。そのうち一人はトリシャである。彼女は画面の前でうなっていた。


「所長」

「ん? ああ、シャロン、ゾーイ。アリッサ、補助が来たよ」


 ゾーイの顔を見るなりそんなことを言ったトリシャは結構失礼である。っていうか、アリッサってだれた。ここにいる誰かだろうか。


「ああ……よかった」


 奥の大きな機材の後ろから出てきたのは、美人だった。いや、美人はシャロンやトリシャで見なれているが、その人もまた美人だった。


 長めのショートカットに切りそろえられた茶髪。エメラルドグリーンの瞳を有する目は切れ長気味で涼やかだ。きびきびとした動作の美しい男性……いや、女性か? 中性的な男性にも、かっこいい女性にも見える不思議な人だ。そう言えば、『アリッサ』と呼ばれていたから、女性か。かっこいい女性だ。

「この子ですか? 名前と所属は?」

「陸軍魔導師特殊部隊所属情報解析係ゾーイ・ローウェル中尉です」

「ゾーイですね。私は陸軍魔法研究所所属魔法工学担当班班長アリッサ・グレン大尉です。早速ですが、お手伝いをお願いしたいのですが」

 きりっとした顔で言われ、ゾーイは気圧されながらもうなずく。

「構いませんが……すみません。右腕があまり動かなくて」

「ああ、ご心配なく。患者であるあなたに手伝っていただく時点で、こちらの不備ですから」


 まあ、確かにそうかもしれない。と思った。声には出さなかったけど。

 アリッサが手近のコンピューターのシステムを起動させる。ずらっと文字列、数列が並んでいる。

「エラーチェックをしてもらいたいのですが、大丈夫ですか?」

「エラー部分を見つけるだけなら、可能です」

 左目はいまだに包帯に覆われているが、ゆっくりなら大丈夫だろう。もともと、ゾーイはそう言うことが得意なのだ。

 ざーっと流れるデータを見てエラーを探し出す。研究所内のシステムのほとんどは止まっているようだが、こうした重要な機械は動いているようだ。確かに、そうでもなければ復旧も難しくなってしまう。


「シャロンは入院中の患者の様子を見に行って。場合によっては治療の補助に入ってくれる?」

「わかりました」


 ゾーイをここまで連れてきたシャロンがトリシャに命じられて部屋を後にした。ゾーイはデータをチェックし続ける。その間にも、背後でシステム復旧作業が続けられている。

「どこかのネットワークが遮断されてるよねぇ。どこだろ」

「所長、みんな手いっぱいなので自分で探してください」

「嫌だねぇ。専門外なのにねぇ」

 アリッサにつれなくされてしまったので、トリシャは人を頼るのをあきらめて自分でやることにしたようだ。専門外とか言いつつ、その指はすさまじいスピードでキーボードをたたいている。

「ウイルスチェックはすんだ? 情報外に漏れてない?」

「そちらは大丈夫です! システムダウンと同時にネットワークが遮断され……ああっ! 所長、そこです!」

「みたいだね!」

 トリシャが男性研究員の言葉を聞いてネットワークを再構築していった。ネットワークができても、ゾーイのエラーチェックが終わらなければシステムを起動できない。

「……終わりました」

「ありがとうございます。早かったですね」

 ゾーイが空いている左手を上げると、アリッサがすぐに立ち上がって近づいてきた。ゾーイはエラーのあった部分をアリッサに報告し、彼女はすぐにその場所の修正に入る。後ろから覗き込んだが、本職ではないゾーイには良くわからなかった。


「システム再構築完了。再起動します」


 アリッサの声と同時に次々とシステムが起動していく。問題なくすべてが起動し、やや間を置いて明かりもついた。トリシャが「よし」とうなずく。

「良くやったアリッサ。さすがだ」

「少し手間取りました。すみません」

「いや、問題ないだろう。被害状況は? 電気が来なかったことで不具合が生じたりしてない?」

 褒めながらも更なる仕事を追加するトリシャであった。しかし、そこはちゃんと確認がいる。一応、機密組織であるので。


「各端末も確認してみないとわかりませんが……すでに配線がおかしいみたいですね」


 アリッサはそう言うと、被害の確認の手をとめ、一度奥に姿を消した。戻ってきたと思ったら脚立を手に持っている。それを設置して上ると、天井の一部を開け、中の配線を確認し始めた。


「あ! 班長!」


 はっとした様子で男性魔導師が声をあげた。班長と言うのは、アリッサのことか。天井から顔を出したアリッサが「どうしましたか」と尋ねてくる。眼鏡をかけたその男性魔導師は焦った様子で言った。

「少佐のメンテナンス中ですよ! 大丈夫ですかね!?」

「……」

 訳の分からないことを叫んだ魔導師……ちなみに、階級章を見ると少尉だったが、彼を見つめたアリッサは答えた。


「……大丈夫でしょう。彼はそんな軟な作りではありませんから」


 ……やっぱり意味が分からなかった。


 用は終わったので病室に帰りたい気もするが、ちょっと疲れたし、個々の状況が結構面白いのでしばらく休憩してから戻ろうと思った。それに、一人で病室まで歩くのはまだちょっと怖い。待っていればシャロンが迎えに来てくれる気もした。

 アリッサが何かの配線を引き抜いたのか、火花が上がった。数秒間を置き、彼女がトリシャを呼ぶ。

「所長」

「何。どうしたの?」

「……抜く配線間違えました」

「ちょっとー!? 誰かユアン君起こしてきてぇ!」

 トリシャが叫んだ。ユアンとは、ユアン・チェンバレン少佐のことだろうか。魔導師特殊部隊の副隊長補佐だ。もっとわかりやすく言えば、特殊部隊内の小隊を指揮する小隊長でもある。シャロンの直属の上司にあたった。

「少佐の手を借りるまでもありません。直せます。そもそも、少佐はまだメンテナンス中です」

「ああ……そうだったね。ちょっと頼むよ。機械工学関連のことはさっぱりわからないんだから」

「そんなこと言いながら電子情報工学の博士号を取ったのはどこの誰ですか」

「私だねぇ」

 アリッサが天井裏で配線をつなぎならが言った。彼女が手を伸ばすと、その手にトリシャが工具を置いた。


 というか、今、すごい言葉が聞こえた気がするけど気のせいか?


「システム的なことはわかるけど、外側の機械のことはさっぱりだね!」

「爆弾処理、習わなかったんですか?」

「一応訓練は受けたけどね。私は前大戦のときに徴兵されて軍人になったからね」

 と、言うことはやはりトリシャは前大戦の経験者なのだ。ゾーイたちは軍人学校を経て入隊したが、徴兵で入隊したトリシャは最低限の訓練しか受けていないらしい。そんな彼女が今は大佐だ。

「ですが、終戦後に軍事学校に入りなおしたと聞きましたが」

「あー、うん。どうしても士官待遇で入隊し直したくてね。徴兵された時は伍長だったなぁ。懐かしい」

「……」

 基本的に魔導師は軍事学校を出れば士官待遇だ。十年ほど前の話であるのに、いつの時代!? と思ってしまう。それだけ、前大戦時は人手が足りていなかったのだろう。

 この国では、徴兵で一般兵となった者は、大尉以上に昇進できない。一般徴兵でも魔導師は伍長以上の階級を与えられるが、佐官待遇を受けようと思えば、やはり軍事学校を卒業しなければならない。


 トリシャは現在大佐だ。何かやりたいことでもあったのだろうか。

「所長。直りました」

 そう言ってアリッサが椅子から降りる。トリシャは「ご苦労様」と彼女をねぎらった。

「アリッサたちはこのままシステムの点検を頼むよ。ユアン君のメンテナンスは、システムチェックは私がしておくから」

「申し訳ありませんが、お願いします」

 アリッサが生真面目に頼むと、トリシャは笑って「了解」と片手をあげた。

「ゾーイも部屋に戻ろうか。付き合わせて悪かったね」

「いえ、大丈夫です」

 所長に送ってもらうのも悪い気がしたが、みんな気にしていないようなのでゾーイも甘えることにしてゆっくりと立ち上がった。

 彼女らが交わしていた不思議な会話については触れないことにした。今度、覚えていたら聞いてみよう。覚えていたら。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


実際はどうかわかりませんが、この世界では徴兵された下士官は尉官以上になれません。佐官、将官になるには士官学校を出る必要があります。

魔導士は徴兵でも伍長から。でも、やっぱり士官以上にはなれません。

魔導士が士官学校を卒業した場合、少尉はじまりになります。


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