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2.主治医は美人さんでした

本日二話目!









 後から聞いた話によると、ゾーイが最初に目覚めた時、彼女が運び込まれてから既に三日が経っていたらしい。次に目覚めたときは四日目で、現在は一週間が経過している。

 魔法治療ともともとの彼女の体力がなせる技なのか、そのころにはゾーイも上半身を起こせるくらいには回復していた。まあ、背中に支えは必要であるが。


「はい、腕出して」


 にこりと笑ったのはゾーイの主治医だ。若いが……というか、年齢を聞いたらゾーイと一つしか変わらなかったが、優秀な魔法医である。

 肩にかかるほどの金糸の髪。空色の瞳は少し釣り上がり気味。だが、かなり整った顔立ちの美人さんだ。所長のトリシャも相当の美人であるが、計算され尽くされたような美貌の彼女とは違い、自然な美しさがある。


 名はシャロン・レヴィと言うらしい。十八歳で、階級は中尉。ちゃんと魔法医学を修めた魔法医だ。十八歳で医師と言うことは、かなり優秀なのだろう。

「今朝から食事が出されていたと思うけど、胃の調子はどう?」

「大丈夫です」

 不満があるとすれば、病人食であることか。ドロドロだし味はしないし、でも、普通の食事だと胃に負担がかかるので結局病人食になるわけだが。


 でも、久しぶりに食べ物を口に出来てちょっとうれしかった。涙が出るかと思った。


 点滴の針を刺しながら、「それは良かった」とシャロンがうなずく。彼女の診療は丁寧で、話も面白い。おそらく、年齢が近いのでシャロンがゾーイの主治医になったのだろうが、気持ちの良い少女だ。おまけに階級も同じなので、接しやすい。

「それに、もっと砕けたかんじで話してくれてかまわない。同じくらいの年の子ってあまりいないし」

 それはそうだろう。一応研究機関であるこの魔法研究所には、どう考えても大学を卒業した年齢以上のもの、少なくとも二十歳以上のものばかりだろう。十代のシャロンは珍しいはずだ。

 シャロンはベッドサイドの丸椅子に座ると、電子カルテを操作した。


「順調に回復してきているな。やはり、若いし体力もあるからね」


 そう言われるとほっとすると同時に残念な気もする。自分なんて、あのまま死んでしまった方がよかったのではないだろうかとも思う。

 だが、回復しているのは生きたいと思っている証拠だ。誰が言ったのだか、忘れてしまったけれど。昔、そう言うセリフを聞いたことがある。

「できれば、出歩く許可が欲しいんですが」

「それはまだ駄目だ。せめて、立ち上がる練習をしてからだね。一週間も寝たきりだったんだから」

 ニコリと天使の笑みでそう言われて、ゾーイは少しがっかりした。回復して来たら、ベッドでじっとしているのが退屈になってきたのだ。

「何か本でも持ってこようか。本当はコンピューターでも使わせてあげればいいんだけど、機密の関係上どうしても無理でね」

 一応テレビは置いてあるが、日がな一日、テレビを見続けるのも結構苦痛である。そもそも、ゾーイはそれほどテレビユーザーではない。


 魔法研究所であるこの場所には、知られたくない研究情報がわんさか眠っている。入院患者だとしても、情報端末などは与えられない。情報漏洩のリスクを少しでも下げるためだ。

「ゾーイはどんな本が好み?」

「えーっと」

 テレビも本も、娯楽だ。あまり娯楽に縁のなかったゾーイは、パッと思い浮かばずに口ごもった。せっかくシャロンが親切で言ってくれたのだが、申し訳ない。

 もちろん、ゾーイだって本を読んだことがある。教科書、とかそう言う落ちではなく、いくつか小説も読んだことがあったっけ。その中からいくつか思い浮かべる。

「え、えっと。推理小説とか……」

「お、やっぱり女の子だな。そこで兵法書とか言わない辺り」

「むしろ誰、それ言ったの」

「うちの所長だな」

 トリシャか。いや、そう言われると納得してしまうのだが。彼女なら、いかにもいいそう。とはいえ、ゾーイの言う推理小説だって、別に女の子裸子わけではない。まあ、女性でも読む人は結構多いけど。兵法書を読む女性はそんなにいないだろう。


「まあ何冊か選んで持って来よう。歩けるようになれば、自分で借りに行けばいいしね。場所は教えよう」

「ありがとう……その、いつごろ歩いてもよさそうですか」


 まずは立ち上がる練習をしてから、と言われているが、やはり気になる。シャロンは診療のものを片づけながら「うーん」とうなる。

「立ち上がるのに五日くらいかけて……その後歩行のリハビリに入るから、最低でも十日くらいだな」

「……なるほど」

 思ったよりかかる。せめて、あと一週間くらいで歩き回れるようにならないかと思ったのだが、現実は結構厳しい。

 シャロンが勧めてくれる本は面白かった。一度チェスやオセロなどのボードゲームにも挑戦したが、シャロンが相手だと強すぎて負けてしまう。ゾーイはちょっとすねた。


 ゾーイが読破した本の冊数が二けたに登ったころ、ゾーイのリハビリが開始された。


「こけないようにねー。ゆっくりゆっくり」


 魔法研究所にいるので、リハビリ担当も魔導師だ。シャロンに見守られつつ、手すりにつかまってゆっくりと歩く。体力には自信のあったゾーイだが、しばらく寝たきりだったので筋力も体力も落ちていて、うまく歩けない。


「うぁ」


 ガクッと膝の力が抜けて、床に膝をついた。両側から魔導師とシャロンに支えられる。まるで歩き方を忘れてしまったようだった。ゾーイは少々焦った。


「大丈夫。自転車に一度乗ることができれば、乗り方を忘れないように、歩き方も忘れないからな」


 シャロンは慰めるように笑ってそう言った。ゾーイはその時焦っていたので思わず彼女を睨んでしまったが、三日も経てば、彼女の言葉が正しかったことを思い知ることになった。


「さすがに若いわね。もう筋力が戻ってきてるみたい」


 ゾーイのリハビリを担当していた女性魔導師が感心したように言った。『若い』などと言っているが、この女性魔導師も、まだせいぜい二十代半ばにしか見えない。

「シャロンの許可が下りたら、もう少し長い距離を歩いてみましょう。でも、一人で出歩くのはまだ駄目だからね」

「わかりました」

 付添有とはいえ、二週間ぶりに病室の外に出られるのはうれしい。シャロンも付き添うなら、廊下も歩いていいと言うことになり、その日、ゾーイはリハビリ担当の女性魔導師とシャロンと共に廊下に出た。

 魔法研究所の中というのは大変興味深かった。もちろん、その機密性ゆえに入れないところも多いが、ちらりと見える研究室などは様々な機材が置かれていて、ああ、研究所だ、という感じがした。ゾーイはここに、病人として入院しているのに、病院と言うよりやっぱり研究所だ。


「こんにちは、シャロン」

「うん。お疲れ様です」


 すれ違いざまにシャロンや女性魔導師に挨拶をしていく研究員たちだ。ゾーイも軽く頭を下げる。せわしなく研究員たちは歩いて行くが、思ったより人数が多い。貴族の城を改装したようなつくりの研究所なので、もともとそんなに大きくはない。だが、収容人数はそこそこのようだ。

「少しずつ距離を伸ばして行こうか。一週間くらい続ければ、ゆっくりなら一人でも歩いて構わない」

「はい」

 病室に戻ってからシャロンにそう判断を下され、ゾーイは神妙にうなずく。

 起きたばかりの時、死んでも良かった、などと思っていたのが嘘のような回復力である。ゾーイは言われたとおりリハビリを続け、何となくこの研究所のつくりを把握してきた。まあ、病室のまわりだけだが。


 リハビリ開始から三日目、こんな場面にも遭遇した。


「気色悪ぃ! 魔法しか能のない変人どもが! 異端者は隠れてこそこそやるのがお似合いだ!」


 包帯を巻いて病院着を着ているから患者だろう。おそらく、陸軍の一般兵。魔導師は入隊時から尉官待遇なので、彼よりも罵詈雑言をあびせられている看護師らしき魔導師の方が階級は高いだろう。だが、彼は怒声を聞いて小さくなっている。


「わざわざ助けて、恩着せがましいんだよ! 誰が助けてくれなんて言った! 恩を売ってるつもりか、ああん?」


 完全にチンピラである。シャロンも、ゾーイを支えていた女性魔導師も顔をしかめた。だが、止めに入らない。シャロンとこの女性魔導師は若いので、余計に陸軍人が逆上する可能性があった。

「所長を呼んで来よう」

「もう呼びに行きましたよ」

 シャロンと女性魔導師が小さな声で会話をする。ゾーイはちらっと背後の二人を見た。と。


「ちょっとー。騒がしいよ。廊下で騒がないでよ。病棟のある場所だよ、ここは」


 場違いなほどのんびりとした様子で現れたのは、誰有ろうトリシャだ。以前見た時と同じように、黒髪をたらし、白衣を着ていた。座っていた時はわからなかったが、スラックスを履き、靴の音を響かせなら近づいてくる彼女はかなり背が高かった。すらりとして素敵である。


「……! お前は!」

「初対面かつ年上の女性に対してその物言いはないんじゃない? この陸軍魔法研究所にいる以上、所長である私の言うことが絶対のルール。従ってもらうよ」


 そう言って彼女はにっこりと笑ったが、眼が笑っていなかった。怖い。思わずシャロンにしがみついた。シャロンがポンポンと肩をたたく。


「な、何を偉そうに! 隅に押しやられた魔導師風情が!」

「いや、年上を敬うのは当然のことだから。それに、ここは研究所。機密も多いんだから、その長に従うのは当然のことだと思うけど?」


 トリシャの言うことはいちいちごもっともである。ゾーイは確かに、とうなずいた。


「それに君は患者なんだから、医師や看護師に従っておとなしくしていてよ。治るものも治らないよ」

「お前らの世話になるくらいなら、死んだ方がましだった!」


 そこまで!? という思いと同時に、ゾーイは自分も『死ねればよかった』と思ったことを思い出した。今は、生きられるのなら生きようと思っているが、眼が覚めたときはあのまま死んでも良かったかもしれないと本気で思ったのだ。

 それは身勝手で、助けようと尽くしてくれたシャロンたちにとても失礼なことである。

 トリシャは腕を伸ばし、人差し指を立てた。


「人の命は何より重い。君も前大戦を経験したなら、知っているだろう?」


 前大戦期、ゾーイはまだ子供で、しかも軟禁状態だったから詳しくは知らないが、トリシャは確実に前大戦世代だ。参戦していたかもしれない。だから、彼女は言うのだろう。


「だから、私たちは目の前にある命を全力で助けるし、一度助けた命を見捨てない。だからと言って」


 トリシャが人差し指をはじき、男の額を打った。彼は「いだっ」と悲鳴を上げる。


「私の監視下で、うちの子たちに無礼を働くのは許さない。最低限の冷静つは守ってもらう。命令だ! 返事は!」

「イ、イエス、マイロード!」


 敬礼までして見せた彼は、完全にトリシャの雰囲気にのまれたのだと思う。だって、怖かった。










ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


トリシャはにこにこ笑ってるけど基本的に怖いひと。


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