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13.結局のところ

最終話!











 ユアン・チェンバレン少佐は、前大戦後に作られた機械兵、独立AIを搭載したアンドロイドである。なので定期的にメンテナンスを行うし、撃たれても死なない。さらに言うなら機械的な外見であるのも当然だ。機械だから。


 そのメンテナンス等を行っているのが、魔法研究所所属のアリッサなのである。


 さすがに人間にしては違和感がありすぎたのでゾーイも途中で気が付いたが、本当にアンドロイドを導入しているとは。何でもありである。

 まあ、機械兵自体は前大戦の時点で導入されていたのだが、ユアンは言われなければアンドロイドだと気付かない。多少言動が機械的ではあるが、感情も理解できるようで、よほど高度なAIを使用しているのだろうと思われた。


「まあ、少佐はこの研究所の粋を集めた最高傑作です。そう簡単に見破られては困ります」


 アリッサがしれっと言った。シャロンは苦笑を浮かべ、ゾーイはちらっと怪しい仮面をつけた上官を見た。

 ユアンは成人男性の姿をしているが、大戦終了後に製作されたので、実際の稼働年数は五、六年と言ったところらしい。それでも、未だに彼を越える人間に近いアンドロイドは開発されていない。当時の研究所がどれだけ力を入れて作ったのか想像に難くない。


「……ここまで来ると、実はアリッサさんもデザイナーベビーなんです、とか言われても私は驚きません」


 ゾーイは冗談で言ったのだが、アリッサは「おや、鋭いですね」とアリッサは答え、驚くゾーイを見て眼鏡のブリッジを押し上げた。


「私は人工生命体なのですよ。所長とは違い、完全に人の手で作られました。なので、デザイナーベビーとは少し違います。……まあ、試験管ベビー、とでも言っておきましょうか」


 あまりにもさらりと言われたので、理解するのにちょっと時間がかかった。

「……この研究所、何でもありですね」

「そう言う人が集まってきてるんだよ。私も所長に言わせれば、遺伝子的に普通の人間とちょっと違うらしいし」

 と、シャロンは苦笑気味に言った。トリシャ、遺伝子って好きだな。……そうか、遺伝子工学者だった。


「でも、普通って何なんだろう。私だって遺伝子的に普通じゃないでしょ」


 ゾーイの言葉に、シャロンも笑みをひっこめた。反対にアリッサが少し笑い、シャロンとゾーイの頭を撫でた。


「命がある限り、私たちは生きなければならない。他人と違うとか、そんなことは些細なことにすぎません。生きることの妨げにはならないのですよ」


 この研究所の教訓だろうか。わずかに微笑んだアリッサは最後に軽く二人の頭をたたき、手を放した。そこに、トリシャがやってきた。


「おや、楽しそうだね」


 彼女はまだ青い顔をしていたが、先ほどよりは体調がよさそうである。IDカードは下げているが、白衣は着ていない。いつもより目線が低い気がするのは、ハイヒールではなくブーツを履いているからか。それでも十分長身だけど。

 アリッサが口を開いた。

「所長。もうよろしいのですか」

「あー、うん。大丈夫。病気とかじゃないし。っていうか、ユアン君は案で仮面なのさ」

「人工皮脂が剥がれました」

 ユアンの答えにトリシャは「あー」と口を開き、苦笑を浮かべた。


「わかった。あとで用意しておこう。シャロン、作り方教えるから、一緒にやろう」

「……私、ですか?」


 シャロンが驚きの表情で自分を指さす。トリシャは笑顔で「うん」とうなずく。


「今はもう、私しか作り方を知らないからね。他にも誰かに教えておかないと」

「……それは、所長がいなくなるってことですか?」


 シャロンが不安げになるのも無理はない。トリシャと言う存在は、この研究所に置いて大きいのだから。


「うーん。どうだろうね?」


 トリシャが微妙に反応に困る反応をしたとき、研究室の扉が開いた。交渉が終わったらしい。


「おう、お疲れ」


 トリシャが手をあげてあいさつすると、ニールとイザベラが驚いた顔をした。

「トリシャか」

「大丈夫なの?」

 イザベラが心配そうに尋ねると、トリシャはうなずいた。

「ああ、まあね。病気じゃないし。どうやら妊娠したみたいで」

「……は?」

 間抜けな声をあげたのはトリシャの夫であるニールだ。トリシャはそんな夫をスルーし、言った。

「ま、それはどうでもよろしい。話し合いはどうなった? 参加できなくてごめんね」

「いや、お前、そんなこと言ってる場合か?」

「こっちの方が先だろ」

 トリシャが冷静に言い返すと、一行はもう一度研究室に戻った。とりあえず座れ、とあっさり妊娠を報告したトリシャを座らせる。心配なのか過保護なのか、ニールがその後ろに立っていた。ゾーイはクレアの隣に座った。中にはまだ、襲撃実行の指導者、サー・リチャードとアーチャー将軍がいた。この部屋に軟禁されるらしい。


「……では、決まったことをお伝えします」


 そう言ったのは副所長のオーウェンだ。相変わらず胃が痛そうな顔をしている。実際に胃痛がするのかもしれない。


「まず、クレア様はこのまま所長とフォーサイス隊長によって成年に達するまで養育されます。しかし、オースティン王のもとで立太子していただきます」


 この辺りはクレアの要望がそのまま通っている気がする。


「そして、この研究所が襲われた件ですが、陸軍魔法研究所と陸軍特殊部隊による合同演習だった、とさせていただきます。よって、魔法研究所は『襲われなかった』。所長、よろしいですか」

「構わないよ。私もそうしようと思っていた」


 と、トリシャはアーチャー将軍ににっこり笑いかけた。将軍、視線をそらす。いや、ゾーイもちょっとトリシャが怖かった。


「よって、陸軍には今回の損害分の負担をしてもらいます。足りない分は、サー・リチャードが出してくださるそうです」


 オーウェンがちょっと嬉しそうだ。資金が苦しいみたいだったから、これは搾り取るな、とゾーイは他人事のように考えた。実際、他人事だけど。


「お二人には公にはさばきません。所長、何か言っておくこと、あります?」


 とそそのかすあたり、まともそうに見えてもオーウェンもやはりこの研究所の研究員だった。


「そんなに正当な王位とやらが大切か。安心しなよ。クレアは大事な私たちの娘だけど、そもそもいずれ女王になれるように教育してきたつもりだ」

「……確かに、女伯爵カウントレスの教育なら、信頼できるかもしれませんが……」


 サー・リチャードがもごもごと言った。ゾーイは何となく、サー・リチャードの不安が理解できる気がした。トリシャの博識さはわかっているし、信頼に値する。だが、性格が……ということなのだろう。なんだかいらないことまで教えていそうなのである。


「ならそれでいいだろう。納得しておけ。次があると思うなよ」


 トリシャなら人ひとり、社会的に抹殺できそうだ。変な信頼である。


 まあ、クレアが成人するまであと三年。それくらい、待てるだろう。


「それに、選ぶのはいつでもクレア自身だ」


 と、トリシャがクレアに柔らかな笑みを向けた。クレアも微笑み返す。似てる……。そう言えば従姉妹同士であったか。


「それと、将軍」


 トリシャに呼ばわれ、アーチャー将軍がびくっとした。いや、何度も言うが、ゾーイもトリシャはちょっと怖い。


「私が真実に気づかないと思ったか!」


 突然トリシャが怒鳴り、机を殴りつけた。クレアですらびくついた。立ち上がろうとするトリシャをニールが押さえつけなければ、彼女は立ち上がっていただろう。

 たったそれだけの言葉であるが、アーチャー将軍にとってこれ以上ない脅しの言葉だったらしい。肩をいからせたトリシャであるが、すぐに「うっ」口を手で覆った。


「ごめん、ちょっと気持ち悪い……っ」


 ふらふらと研究室を出て行ったトリシャを、追いかけようか迷う様子を見せたニールであるが、アリッサが追って行ったのでその場にとどまった。


「アーチャー将軍。先ほどもお話ししましたが、我々は魔導師たちを保護する義務があるのです。ただ気にくわないからという理由で殺されるのであれば、それに反発いたします。いつでも戦う覚悟はできている、と申しておきましょうか」


 イザベラがにっこりと笑ってとどめをさす。クレアが口をはさんだ。


「私は一般軍人も魔導師も、平等に扱うつもりよ。それが気にくわないと言うのなら、軍を去ることね」


 クレア宣告に、アーチャー将軍は顔をひきつらせた。クレアを排除すれば彼にとって都合が良いのかもしれないが、そうすればサー・リチャードと争うことになる。そもそも、フォーサイス夫妻と言う最強にして最恐の護衛を突破できるとは思えない。

 結局のところ、現状維持ということだ。
















「それでお前どういうことだ?」

「妹? 弟? 楽しみ~!」


 恐ろしい形相でニールが、嬉々としてクレアがトリシャに詰め寄っていた。ちなみにここはトリシャの研究室である。彼女は人工皮脂の作り方をシャロンに指示しつつ、自分は椅子に座っていた。


「いや、あのさ、我が夫よ。心当たりはないわけじゃないだろ。というか、まだ一か月くらいだから性別は分からないよ」


 つまり彼女の不調はつわりであり、確かに病気ではない。しかし、かなり辛そうである。

「あ、シャロン。それ終わったらしばらく置いとかないといけないから、休憩しよう」

「わかりました」

 ちなみにここにゾーイがいるのは、フォーサイス一家の中に一人だけ放り込まれるのを嫌がったシャロンに連れてこられたためである。

「でも所長、妊娠できないって言ってませんでした?」

 ゾーイがふと思って尋ねると、トリシャがうなずいた。

「私もそう思ってて、健診の結果もそうだったんだけどね。世の中何が起こるかわからないよね……」

「でもでも、やったぁ! 弟か妹が欲しかったんだよね。妹がいいなぁ」

「じゃあそう願掛けしておいてよ」

「うん。しておく」

 クレアが嬉しそうにトリシャの腹を撫でた。安定期に入っていないのでまだ完全に生まれてくるとは言い切れないが、ゾーイもつられて微笑んだ。何となく、うれしい気持ちになる。


「良かったね、クレア」

「うん」


 クレアが満面の笑みを浮かべてうなずいた。彼女なら、本当の兄弟でなくてもかわいがるだろう。よい姉になりそうだ。

「お前……気づかずに戦っていたのか……!?」

 ニールが愕然として言った。トリシャが言い訳がましく言う。

「いや、だって仕方ないでしょ。一か月くらいだったら他の人でも気づかないよ」

 そりゃそうだ。凶悪な形相になっているニールだが、大きく息を吐いてからトリシャを抱きしめた。

「……ありがとう」

「……いや、何殊勝なこと言ってんの。似合わないよ」

 抱きしめられたトリシャがツッコミを入れているが、ニールはさらに強く彼女を抱きしめた。クレアが「あたしもー」と果敢に参戦に行く。

 ため息をついたのは、シャロンとゾーイ、二人ほぼ同時だった。


「シャロン、私はこんな場面を見たくなかった。どんなドラマなの」


 クレアがからっとしているので家族ドラマ的にも見えるが、どちらかというとトリシャとニールの恋愛ドラマである。何これ。


「だから私も一人は嫌だったんだ……」


 シャロンとゾーイはもう一度ため息をついた。
















 金髪の少女が、アルビオン王オースティンの前にひざまずいていた。国王自ら、その少女の頭にティアラが乗せられる。彼女は立ち上がり、振り返った。


 アメジストの瞳をしたその少女は、クレアだった。彼女は正式に王女となり、立太子された。彼女はオースティンの子ではないが、王太子を名乗ることになる。細かいことは気にしない。


 花嫁のような白いドレスに赤いビロードのマント。金色のティアラ。どれもクレアに良く似合っており、堂々とした彼女にはすでに女王の風格があった。

 軍服に身を包み、それを眺めていたゾーイは、周囲の招待客が手をたたくのに合わせて、彼女もたたく。その唇は曲線を描いていた。

 オースティンはクレアが成人するまで王位を預かることになる。彼としては、ほっとしているだろう。


 今日の式典。あのクレアの姿は、見たことがあった。ゾーイの予知の一つだ。こうなると、彼女が見たもう一つの予知、金髪の女王も当たるだろう。


 それに、もう一つ。この場にも赤いドレスを纏って出席しているが、トリシャだ。彼女が何かを抱いているような予知を見たこともあった。あれは、赤子を抱いていたのだろう。ということは、トリシャの子も無事に生まれる可能性は高い。性別までは、わからないけど。


「ゾーイ。行こう」

「はい、クレア王女殿下」


 おどけてそう言うと、いつものように駆け寄ってきたクレアは頬を膨らませた。


「からかわないでよ~」


 可愛いなぁと思う。ゾーイは目を細めて微笑んだ。

 ゾーイはカサンドラ王女のクローンに過ぎない。だが、この感情がゾーイ自身のものではないと、どうして言えよう? ゾーイ・ローウェルと言う人間は確かに存在していて、それは人々の記憶に刻まれている。それこそがゾーイの存在証明だ。

 いまだ、クローンである自分がいていいのだろうか、という思いはある。だが、クレアやこれから生まれるトリシャたちの子がどんな大人になるのか、見てみたい気もした。


 だから、もうしばらく生きていよう。この世界を見ていようと、思った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。これで、この話は完結です。


もう少しゾーイの予知を考えておけばよかったかなぁと言う後悔。SFにしたいけどできないから中途半端に近未来ですし……。

とにかく!お付き合いくださった皆様、ありがとうございました!


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