12.兄弟対決
「久しぶりだな、この出来損ないが!」
気迫負けしたのか、シャロンが押し負けて吹き飛ばされた。地面を転がったシャロンにクレアが駆け寄る。ゾーイは銃口をシャロンを吹き飛ばした相手に向けて引き金を引いた。
立て続けに発砲したがすべてはねかえされた。言わせていただけば、ゾーイは別に射撃が下手なわけではない。一定の水準以上の能力はある。実際に、当たっていれば致命傷を与えられる部位を狙った。はねかえされたけど。
「嘘でしょ!?」
ゾーイが悲鳴をあげた。相手がこちらに向かってくる。ゾーイが身構えたが、接近戦となれば彼女に勝ち目はない。ゾーイにその剣が届く前に、シャロンが後ろから足払いをかけた。クレアが今度はゾーイに駆け寄ってくる。
「ゾーイ!」
「大丈夫!」
実際に大丈夫だった。むしろ大丈夫ではないのはシャロンの方である。ゾーイはシャロンの方を見ながらクレアをかばって後退した。一応銃を向けるが、動きが早すぎてついて行けない。下手に撃てばシャロンにあたる。
「中尉」
「少佐。あの人ひとりですか?」
「周囲にほかに人影はない」
ユアンに尋ねると、そう言われた。一人でやってくると言うことはそれだけ自分の力に自信があると言うことだ。実際、動きが眼で追えないし。
「シャロンって強かったのね」
クレアが驚いたように言った。イザベラが「そうね」と微笑む。
「研究員とはいえ軍人で魔導師である以上、一定の戦闘力はあるはずだわ」
「……レヴィ中尉は女伯爵が拾ってきたと聞いたが」
「あの子はたまに妙なものを拾ってくるのよねぇ」
妙な者扱いされたシャロンである。ゾーイはシャロンの戦いについて行けないし、ユアンが抜けてはいざと言う時の護衛に不安がある。よって、ここにいる四人には微妙に余裕があるのである。
ゾーイはトリシャたちが向かっていった方を見上げた。合図はまだ撃ちあがらない。
「トリシャたちも手こずっているようね」
「ママならすぐ捕まえてくると思ったのに」
「生死を問わなければ、そうでしょうね」
イザベラとクレアのトリシャに対する見解が結構ひどい。ゾーイはシャロンの方をもう一度見た。
白兵戦の成績は良くなかったので、よくわからないが、シャロンが押されている気がする。魔法を使うことも、考えた。だが、ゾーイにはトリシャほどの魔法の精錬度がない。
と、魔法の花火が上がった。トリシャたちが成功したのだろう。だが、こちらの戦いはまだ終わらない。
「少佐、どうしよう」
ゾーイが焦ってユアンに尋ねるが、彼は「大丈夫だろう」としか言わない。だが、すぐにその理由に気が付いた。
シャロンとその敵の間に、地面から生えた槍が立ちふさがった。シャロンは先に気付いたらしく、後ろに跳び退る。トリシャの魔法だ。
間髪入れずに剣戟の音が響いた。シャロンが戦っていた時よりも激しい打ち合いである。
「所長!」
シャロンが叫んだ。
「私の兄です! 私が片をつけます」
トリシャは答えなかったが、ちらっとシャロンを見て場所を入れ替えた。再びシャロンが応戦する。
「所長! 隊長は?」
近くまで来たトリシャに問うと、彼女は相変わらず青白い顔で微笑んだ。
「置いてきた」
だろうと思った。たぶん、彼が将軍を連れてくるのだろう。
「っていうか、あの人、シャロンのお兄さん?」
「ああ……顔が似てるしね」
トリシャが言った。確かに、シャロンほどの美貌ではないが、シャロン兄も結構整った顔をしていて、何となく似ているような気もする。
「シャロンは所長が拾って来たって聞きましたけど」
「まあ、そうだけど、そのあたりはシャロンに聞いてね」
「……私のことは勝手に話したくせに」
「それはまあ、必要なことだからね」
ゾーイの事情はかなり特殊であるから、主治医であるシャロンが知っているのは当然の話だ。……とそこまで考えて、シャロンとゾーイは医者と患者の関係であることを思い出した。なら当然か。
「何やってるんだ、お前ら」
重低音の低い声が聞こえ、ニールが戻ってきたことを知らせた。何か重そうなものを地面におろしたが、あえて無視した。
「兄弟対決」
「そう言えば顔が似ている気がするな」
ニールまでそんなことを言い出す。実はゾーイにはそんなに良くわからないのだけど……。
それにしても、あの敵……シャロンの兄は、わかっているのだろうか。例えシャロンを倒せたとしても、その後にはトリシャたちが控えている。勝ち目ははじめからないのだ。
息を荒げたシャロンがついに剣を取り落した。軍属魔導師としてはかなりの戦闘力を持っていると思うのだが、シャロン兄はそれよりも強かった。シャロンが剣を取り落した瞬間、トリシャがのしたけど。ここにも圧倒的な実力差。思わずゾーイとクレアは悲鳴をあげたくらいだ。
「そんなに怯えなくてもいいでしょ」
とトリシャは苦笑したが次の瞬間膝をついた。今度は違う意味で悲鳴が上がる。
「トリシャ!?」
「所長!?」
ニールが駆け寄りトリシャの肩を抱いて揺さぶった。彼女は青い顔を上げると容赦なく言った。
「揺さぶるな気持ち悪い……」
「よし、大丈夫だな」
思ったよりしっかりした答えが返ってきたので、ニールにそう診断されたトリシャだが、本人はちょっと不服そうだった。
△
現在、イザベラとニールが捕らえてきたアーチャー将軍が、研究所の一室で交渉中である。トリシャも参加しようとしたが、今にも倒れそうだったので却下された。代わりと言うか、ニールがクレアと共に参加している。
「私は東方の戦闘民族の出身なんだ」
唐突に語りだしたシャロンは、ゾーイに対して「それをとって、結んで」とか指示を出している。シャロンは自分で自分の手当てをしているのだ。
シャロンは魔法医であるが、治療には一般的な外科知識もいる。ゾーイの主治医をしていたことからもわかるが、シャロンは外科医である。
「民族の中でも、私は弱くて、みんなが西方に移動するとき置いて行かれたんだ」
「……」
ゾーイは脱脂綿を手渡しつつ、『弱い』と言ったシャロンに内心驚いていた。トリシャやクレアも言っていたが、シャロンはかなり強いと思う。ニールやトリシャは次元が違うのでのぞくが、研究員にしておくにはもったいないくらいの戦闘力だと思う。正直なところ。
「五年くらい前の話だ。置いて行かれた私を、地質調査に来ていた所長が拾った。まあ……当時は副所長だったけど」
「そ、そうなんだ」
トリシャは現在二十八歳らしいから、五年前は二十三歳くらいか? その年齢で副所長。良くわからない。
まあ、これは置いといて。
「私を拾った所長は……」
シャロンが力を入れて自分の腕に巻いた包帯をとめた。それから言葉を続けた。
「私を医療系の大学に放り込んだ」
「意味わかんないね」
シャロンは現在十八歳なので、トリシャは十三歳の子供を大学に放り込んだことになる。確かに学力が足りればその年齢で大学に入学することも可能であるが。
「まあ、意外と何とかなるものだよな。ちゃんと入学試験も通ったし」
「……」
だめだ、こっちも良くわからない。と思った。何なのだろうか、この魔法研究所と言う場所は。
大学に通いつつ士官学校に入校し、シャロンは士官学校卒業と同時に医師免許を取得した。十六歳の時だ。そして、そのまま従軍医として戦場に連れて行かれた……という話はすでに聞いている。
「まあ、そんなわけで私は研究所にいるんだけど……まさか、兄がアルビオンにいるとは思わなかった」
「どこにいるか知らなかったの?」
「いや? もっと北の方に移動したと聞いたんだけど」
「そっか……」
なら、シャロン兄だけアルビオンにいたのかもしれない。
「真相はお兄さんに直接聞いてみればいいわね」
ゾーイがそう提案すると、シャロンは苦笑を浮かべて言った。
「いや、兄と話をするつもりはない。所長が良いように取り計らってくれるだろう」
「……あっさりしてるのね」
「兄を含め私の家族は、私を捨てたんだからな」
無情ともいえる。一刀両断だ。ゾーイとしては話してみてもいいのでは、と思わないではないが、シャロンの人生だ。シャロンが決めることで、ゾーイが口をはさむようなことではない。
「まあ、シャロンがそれでいいならそれでいいんだと思うけど」
ゾーイがそう言うと、シャロンはニコリと笑って立ち上がった。手当を終えたのだ。
「交渉の様子、見に行こうか」
「……うん」
ゾーイはうなずき、シャロンにうなずいて見せた。連れだって交渉中の研究室に向かう。その途中で、ユアンとアリッサに出会った。
というかユアン……だよな。
何故こういう表現になるかというと、おそらくユアンと思われる魔導師特殊部隊の軍服(上着なし)を着た人物の顔が仮面でおおわれているからである。階級章も少佐だし、おそらく間違いはないと思うがいまいち確信のないゾーイだった。
「あ、少佐。アリーさん。直りました?」
シャロンがにこにこと話しかけた。なんだか調子が戻っている。
「問題ありません。中核システムは壊れていませんし、機能的には配線をつなぎ直して復旧しています。ただ、壊れた装甲はすぐに直らないので、しばらくは仮面のままですね」
ユアンではなくアリッサが答えた。というか、本当にユアンで合っていないのか。
「えーっと。こういうこと聞いていいのかわからないんですけど、何故仮面」
ゾーイがツッコミを入れる。ユアンは顔を怪我してはいなかったと思うのだが。
ゾーイの言葉にユアンは無造作に仮面を外し……悲鳴を上げそうになったゾーイの口をシャロンがふさいだ。ユアンが仮面を顔に戻す。
「ダメか。ローウェル中尉なら大丈夫かと思ったのだが」
「十七歳の女の子ですよ。私でもいきなり見せられたら驚きます」
「心理プログラムが不完全だと言うことか。人間の感情は良くわからないな」
「情緒・心理プログラムを設定した副所長が泣きますよ」
驚く、と言ったわりには淡々としたアリッサであった。
ユアンの怪しげな仮面の下は、機械だった。目が怪しく光り、口も鼻もある。しかし、人間の皮膚をはぎ取った下は肉ではなく機械だった。いや、肉でも驚くけど……。
「所長の体調が悪くて、人工皮脂が手配できないんですよ」
眼鏡を押し上げながら言ったアリッサに、ゾーイとシャロンは「ああ」と納得した。
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ちなみに次で最終話!




