10.予知
所長室に入ったトリシャは、まずすべての防御魔法を確認して、舌打ちした。
「ほとんど突破されているな……三層で止まってるのは、アリッサが持ちこたえているからか」
トリシャが機材に向き合っている間に、ニールとシャロンが壁の隠し扉から何かを取り出していた。見ると、武器と軍服である。私服だった二人はそれを着こみ、それぞれ武器を手に取った。二人とも剣を腰に差した。ちなみに、ユアンははじめから軍服である。
「よし」
トリシャは顔を上げると、勢いよく白衣を脱ぎ捨て、軍服を着こんだ。と言っても、下はスラックスのままなので多少の違和感。彼女はハイヒールを脱いで軍靴を履きながら言った。
「シャロンとユアンはここでゾーイ、クレア、イザベラと待機。私とニールは外に行く」
「二人でいいの?」
「クレアとゾーイが優先です」
一応義理の母と言うことになるのだろうが、イザベラに対してニールはやはり丁寧な態度だった。
「私らが残るってのもねぇ」
トリシャがそう言って笑い、先の二人とは違い、剣を一振りと銃を腰のホルスターに突っ込んだ。
「まあ、後は頼んだ。クレア、いい子に待ってるんだよ」
「はーい」
クレアがトリシャに対して返事をした。少しも不安に思っていない様子。両親が負けることなどないと確信しているのかもしれない。
トリシャとニールが出ていくと、ユアンが扉のロックをかけ直した。シャロンが機械を操作し、外の様子を見れるようにモニターに映し出した。
「……結構囲まれているのね」
そう言ってゾーイは顔をしかめた。一応軍人であるのだから、状況が悪いと言うことはわかる。
「女伯爵と隊長は中央管制室の敵を始末してから外に出るようだな」
ユアンが二人の現在地を確認して言った。クレアが「パパとママなら簡単ね」とやっぱり心配してない。
目の前に戦っている人が居るのに、手を出せないと言うのはもどかしい。ゾーイ一人がいてもどうにもなるものではないと思うが、やはり軍人として教育を受けたものとしてはじっとしていられないものがある。
トリシャとニールが中央管制室の包囲網を一掃し、そのまま外の警備隊と合流したらしい。
トリシャとニールは、わかっていたが強かった。ニールが前衛、トリシャが中・遠距離戦で彼を援護している。二人での戦い方が確立されているのだ。
映像カメラが固定なので、二人の姿はすぐに見えなくなった。敵方と思しき人物が映り、ゾーイと一緒にモニターを覗き込んでいたクレアが息をのんだ。
「これはこれは。サー・リチャードがついに行動を起こしたのね」
「サー・リチャード、ですか?」
シャロンがイザベラを見て首をかしげた。彼女は「ええ」とうなずく。
「元老院議員の一人よ。クレアを王位につけるべきだと主張し、デザイナーベビー、および強化魔導師であるトリシャとニールにこの子が養育されるのを良く思っていないの。要するに、魔導師が嫌いなのね」
「……なんか、話を聞くだけでも悪い人のイメージしか浮かびませんね」
シャロンがそんな陳腐な言葉で彼を称した。イザベラが「間違っていないから、いいんじゃないかしら」とこちらも結構ひどい。さすがはトリシャの養母である。
「……」
黙って画面を見ていたクレアが顔をあげた。
「サー・リチャードに会いに行きたい」
その顔は毅然としていて、そして、王者の風格があった。
とたん、ゾーイの目の前にイメージが広がった。クレアが玉座の前にひざまずいている。その様子を、トリシャとニールが目を細めて見ていた。
「ゾーイ!」
肩を揺さぶられてはっとした。シャロンが目を覗き込んでいる。
「大丈夫か? 体調が悪いのか?」
「ううん……そうじゃなくて、ちょっと予知能力が……」
「何が見えたの?」
「……」
予知能力と言った瞬間、みんな食いついてきて正直ちょっと引いたゾーイである。
予知能力は絶対ではない。ゾーイ(カサンドラ)の予知はかなり実現度の高い予知であったが、それでも的中率は八十パーセントから九十パーセント。実現しない場合もある。
予知能力者がその予知を口にした場合、その予知にそぐうように行動することで予知が実現する場合もある。そして、予知を言えば、その未来にその人が縛られてしまうこともある。だから、ゾーイはあまり予知を口にしたくなかった。
「……一応予知能力者としてはあまり言いたくないんだけど……とりあえず、クレアが死ぬようなことは……ないと思う」
そう言えば以前見た予知。二十歳ほどに見えるクレアが、王冠をかぶっていた。と言うことは、彼女は女王になる可能性が高い。それまでは、クレアが死ぬようなことは、おそらく、ない。
「……わかったわ、クレア。ちょうど私も、トリシャもいる」
イザベラが椅子から立ち上がった。車いすを使用する彼女だが、体力が落ちているだけで歩けないわけではない。
イザベラはクレアを見て微笑んだ。
「行きましょう。サー・リチャードに会いに」
「うん」
クレアが深くうなずいた。トリシャの命に背くことになるが、イザベラの方が階級が上だ。一応、トリシャは伯爵なので社会的身分は彼女の方が上であるが、軍事の組織図的にはイザベラの命令の方が上になる。
「……この場合は私も一緒に行けばいいの?」
「……チェンバレン少佐も行くだろうし、たぶん、私たちと一緒にいたほうが安全だろうな」
シャロンに尋ねると、そんな返答が返ってきた。ゾーイはうなずき、トリシャと同じ装備を手にした。防御魔法陣が縫い込んである軍服を羽織り、剣と銃を手に取った。クレアとイザベラも護身用に銃を手に取った。
「でも、ここはどうするんです?」
ゾーイがふと思って尋ねると、イザベラが言った。
「あの子が機密情報をそれとわかるように保存しているはずがないわ。部屋にロックをかけていけばそれで十分」
トリシャを信頼しているからこそ出る言葉であろうが、さすがにそろそろトリシャ何者、になりつつある。
「では行きましょう。私が先導します。シャロンはしんがりを」
「了解」
ユアンの指示にシャロンがうなずいた。ゾーイもシャロンと共に最後尾を行こうとしたのだが、クレアと共にいるように言われた。まあ、その方がいいかな、と思ったのでゾーイはうなずき、クレアの隣を走っている。
外に出るまでにゾーイも何度か銃の引き金を引いたが、人を殺すと言う行為は何度やっても慣れない。慣れてはいけないのだと思う。
クレアも気丈だ。十二歳の少女が戦場に身を置いていると言うのに、泣き言も言わずにユアンについて行っている。時折、悲しげに眉をひそめていたが。
何とか外に出た。だが、そう言えばトリシャたちはどこにいるのか。サー・リチャードなる人物の側にいるのは確実であるが。
「こちらです」
ユアンが再び先導し、ためらわずに走り出す。彼も一応魔導師であるのが、彼が使っているのは大火力の銃だった。両手持ちである。魔法は肉体強化に使っていると思われ、動きが鋭すぎてゾーイも目で追えないほどだ。
知覚能力を持っているのかもしれないが、ユアンの案内は正確ですぐにゾーイたちはトリシャたちと合流した。そこは混とんとしていた。ニールと敵兵の一人がにらみ合っている。
「パパ、ママ!」
クレアが驚いて呼びかけると、ニールが「クレア!?」と叫んだ。そりゃ驚くわな……。
クレアはくっと表情を改めると、十二歳の少女にしては威厳のある声音で言った。
「……フォーサイス大佐。サー・リチャードを放して。あなたも、マーシャル伯を解放しなさい」
「……」
サー・リチャードを捕らえ剣を向けているニールと、トリシャを地に伏せ銃を向けている敵兵に対し、クレアが命じたものだ。ためらう二人を見て、クレアが再び言った。
「二人とも、手を放せ」
威厳のある口調は、どこかトリシャのものにも似ていた。
先に人質を解放したのはニールだった。サー・リチャードが解放されたのを見て、敵兵もトリシャを解放する。よろめきながら立ち上がった彼女をニールが支えた。
「サー・リチャード。初めまして、でいいのでしょうね」
クレアが一人だけ軍装ではない男に話しかけた。年齢は初老に差し掛かったくらいで、思ったより若い。
「……クレア王女殿下」
サー・リチャードがつぶやくように言った。クレアは厳しい表情で、やっぱりその表情は義母であるトリシャに何となく似ている。
「あなたがこの研究所を襲ったのは私とローウェル中尉を連れ去るため?」
その言葉に、サー・リチャードは顔をしかめて反論した。
「私はお迎えに上がったまでです。王女殿下がこのような――」
とサー・リチャードの視線がトリシャとニールの方に向く。基本的にポーカーフェイスであるこの夫婦は、視線を集めていても表情を変えなかった。
「自然に反した人間たちの元におられるなど……」
あ、この人本当に魔導師を嫌悪しているんだ、と思った。おそらくクレアも魔導師であるのだが、その辺はどうなのだろうか。
さらに言うのなら、トリシャがデザイナーベビー、ニールが強化魔導師であることも関わっているのだろう。これらに嫌悪を抱く人は多い。
デザイナーベビーはわからないが、強化人間は普通の人間に比べて寿命が短い傾向がある。わからないが、ニールもそう遠くないうちにその命を終えるのだろうと思われる。
確かに、いつ死ぬかわからない人たちに王女が養育されていると言うのはちょっとどうかとも思う。しかし、クレアが二人を慕っているのだから、引き離すのもかわいそうである。
「あなたがなんと言おうと、私はフォーサイス大佐とマーシャル伯を親だと思っているわ」
感動的なセリフであるが、今は感動している場合ではない。クレアは言葉を続けた。
「あなたの行動は見当違いもいいところ。そんなことのために、オースティン陛下の許可もなく、王立機動隊を動かすなんて!」
クレアの言葉はハッタリだったのだろうが、サー・リチャードはギクッとした。何故ばれた、と言わんばかりの表情に、クレアがふん、と鼻を鳴らした。
「心配ご無用よ、サー・リチャード。こんなことをしなくても、私は王位を継ぐつもりだったもの」
強い口調で宣言したクレアに、サー・リチャードはぽかんと間抜けな表情になった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
トリシャとニールを相手取るには規模にもよりますが、一個師団くらいは必要な気がします。
でも、アラサーの今は無理な気もします。
きっと、全盛期なら国ひとつくらい取れそう。ちなみに、二人とも全盛期は大戦末期の二十歳ごろ。