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9.イザベラ・ハウエル中将









 言われてみれば、トリシャは軍で『トリシャ・ハウエル』と名乗っているし、魔導師を取りまとめる陸軍幹部、イザベラ・ハウエル中将と何らかの関係があると考えても良かったはずだ。これはトリシャが隠していた、と言うより、ゾーイたちが気づかなかった、と言うことであろう。

 イザベラ・ハウエル中将は、前大戦初期に導入された強化魔導師の一人だ。当時は今ほどの技術がなく、自我・肉体崩壊する強化人間が多かったらしいが、イザベラはその中で数少ない成功例だった。


 だが、長い戦いの中で、イザベラの肉体はゆっくり崩壊していった。今では立つことも難しく、眼もほとんど見えないのだと言う。それでも、魔導師たちを守ろうと、陸軍に籍を置き続けている。


 ゾーイは、入隊時に一度だけイザベラの姿を見たことがあるだけだった。車いすに乗った老婦人に見えたが、実年齢は四十二歳だとのこと。まだ老境に差し掛かるような年齢ではないが、薬物と魔法による強化の影響は彼女の外見に影響を及ぼしていた。

 そんなイザベラがグランマ。恐ろしいのか面白いのかよくわからない。


 だが、実際に目の前に現れると、恐ろしい、の方があっている気がした。


「イザベラ、どうしたの。珍しいねぇ」


 イザベラと対面して固まっているゾーイとシャロンをかわいそうに思ったのかはわからないが、トリシャが小走りにやってきた。トリシャは珍しいイザベラの名だけ呼んだが、彼女の車いすを押しているのはユアンであるし、その隣にはクレアを抱えたニールもいる。なかなかにすさまじい光景であった。

 リハビリ中にうっかり出会ってしまったゾーイとシャロンは、何事もなかったかのように去ることもできず、じっと存在感を消していた。


「不詳の娘の顔を見に来たのよ。たまには顔を出しなさい」

「あはは。耳が痛い」


 堪えた様子もなくトリシャは笑ってイザベラに答えた。表情のないイザベラと、にこにこポーカーフェイスのトリシャ。どちらも怖い。そう言う意味では、確かに血のつながりを感じるかもしれない。

「でも、ホントに珍しいよね。何の騒ぎ?」

 社交辞令と好奇心から尋ねたのだろうが、続いたイザベラの言葉にさしものトリシャも唖然とした。

「あなたの結婚式をすると言うから、見に来たのよ」

「……は?」

 唖然とした表情になったトリシャからは表情が抜け落ちた。表情が無いと、なまじ顔が整っているだけに、ちょっと怖い。

「誰と、誰?」

「お前と、ニールよ」

「……もう結婚してるけど」

 トリシャが首をかしげると、ニールの腕の中からクレアが言った。


「だってパパとママ、結婚式してないんでしょ。っていうか、さすがに結婚式は無理だけど、ウエディングドレスくらいは着たいでしょ」


 キラキラした瞳で見つめられたトリシャはとっさに言葉が出なかったようだ。今の言葉で、首謀者が娘だとわかっただろう。

「……いや、確かに私も人並みにウエディングドレスへのあこがれはあるけどさ」

「ほう。意外だな」

「ねえニール。私が怒らないのをわかってるから言ってるんだと思うけど、さすがに私もいらっとするからね。離婚届突きつけるよ」

「俺はサインしないぞ」

「裁判所に持ち込むよ。私に勝てると思わないことだね」

 その場合、クレアの親権はトリシャがもぎ取るだろう。彼女は弁護士を付けなくても裁判で勝てるだろうし、そもそも、クレアと血のつながりがあるのは彼女の方だった。


「え~。あたしはパパとママが一緒の方がいい」

「トリシャ、ニール。下らない夫婦喧嘩はやめなさい。そんなこと言って、結局離婚しないでしょうが。今まで何十回同じ論争をしたと思っているの」


 クレア、イザベラから痛烈なツッコミが入り、夫婦、主にトリシャは肩をすくめた。でもやっぱり堪えていない。

「でもまあ、気遣いはうれしいよ。ありがとね、クレア」

 トリシャがそう言ってクレアの頭をよしよしとなでる。どうやら、クレアのもくろみはうまく行きそうだ。十二歳なのに、大した策士である。トリシャの近くにも協力者、研究所の外にも協力者を得るとは、末恐ろしい少女である。


 にしても、トリシャとニールの離婚論争はそんなに勃発していたのか。喧嘩するほど仲がいいと言うが、これはもう、言いあっていても二人が固いきずなで結びついているとわかるだけのものである気がした。

「じゃあ着るか」

「何を?」

「ウエディングドレスだ」

 トリシャが絶句したのは、『ウエディングドレス』と言う言葉をニールが言うことに違和感を覚えたからだろうか。よくわからないが、トリシャは沈黙した。


「……は? マジで? 本気?」

「当然よ! 持ってきたわよ!」


 元気いっぱいの娘の言葉に、トリシャはあわてる。

「いや、ちょっと待とうね、クレア! 私、既製品だときれないと思うけど!」

「そう言えばお前、身長いくつだ」

「百七十八センチ……いや、それはどうでもいいだろ!」

「なんとまあ、気づかないうちに縦に大きくなっちゃって」

 身長を尋ねたのがニール、縦に大きくなっちゃって、と言ったのはもちろんイザベラだ。

「ママのドレスを作っているお店に作ってもらったの!」

「ああ……なるほど。ってことは、ホントにイザベラが絡んでるんだ……」

「かわいい孫の頼みを断るわけにはいかないもの」

 それに、とイザベラは続ける。

「お前が幸せそうにしていれば、エラも喜ぶだろうし」

 聞いたことのある名前だな、と思い、すぐに思い出した。エラはトリシャの実の母親の名だ。

「……うん、なら、お言葉に甘えようかな」


 苦笑を浮かべてトリシャが折れたその時、けたたましい警報が鳴り響いた。トリシャとシャロンが耳元の通信機に手を当てる。


「どうした!」


 ニールがトリシャに尋ねる。トリシャはそれには答えず、「すぐに研究所の防御魔法を籠城型に切り替えろ!」と叫んでいる。だが、爆発音が聞こえ、トリシャが舌打ちした。

「侵入者だ。境界の防御は間に合わない。もう突破された」

「……」

 トリシャ、ニール、イザベラの間で視線が交わされる。言葉を発していないのに、指揮権はトリシャが握ることになったようである。


「中央管制室に移動する。クレア、ゾーイ」


 トリシャに呼びかけられ、半分空気と化していたゾーイは飛び上がった。

「自分の身を守ることを最優先しろ。目の前で誰かが殺されてもだ」

「わかった」

 物分かりが良いクレアはうなずいた。ここでうなずかなければ、トリシャが強硬手段に出るとわかっているのだろう。ゾーイも同じくうなずく。

「よろしい。今、警備隊が防戦してるけど……どうやら、敵さんは正規軍みたいだね」

「どさくさに紛れて私たちを殺そうってところかしらね」

「確かにこの研究所なら、実験で城が半分消し飛んだと言ってもばれないかもしれない」

 イザベラとニールのセリフがひどいが、トリシャは華麗にスルーした。

「ああ! その通りだ! 爆破されるくらいなら自分で爆破するさ!」

「……」

 ついに発狂したのだろうか。トリシャは先頭を早歩きで進みながら言った。

「あちらは戦車も持ち出してきている。手加減を考えれば死ぬ!」

「だが、相手は正規軍だろう。下手すればクーデターと取られる」

 ニールが冷静なので、調和が取れているのだろうか。


「クーデター? 上等だ! 勝てば官軍と言うだろう。言い訳はいくらでも効く」

「俺はお前が恐ろしいんだが……」


 ニールが妻に引き気味だ。平然としているのはむしろイザベラだけである。

「それくらいの意気込みじゃないと勝てるものも勝てないわ」

 イザベラが楽しそうに言う。よく見るとクレアもはしゃいでいる。この家系、強いな……。

「私が気づかないうちに防御魔法が突破されたと言うことは、内部に裏切り者がいると言うことだ」

 噂をすれば影と言うが、目の前に研究員が現れた。


「所長!」


 トリシャの足元に魔法陣が浮かぶ。トリシャが展開したものではない。研究員がトリシャを攻撃するために展開した魔法だ。

 だが、トリシャの敵ではなかった。彼女はヒールをがんっ、と魔法陣にたたきつけた。魔法陣が壊れる。

 逆に、トリシャを襲おうとした研究員がトリシャの攻撃魔法に倒れた。


「よ、容赦なし……」


 ゾーイが戦慄して震えた。今のは内部の研究員だが、外部からの侵入者もいる。角を曲がったところでニールが明らかに軍人を切り捨てた。

「三日前に運ばれてきた患者だ。フィジカルデータをとって置くべきだったな。おそらく、強化人間だ」

「……後味が悪いな」

「人を殺すのになれたらおしまいだろ」

「……その笑顔で言われてもな……」

 トリシャとニールがいればいくら敵がいても突破できる。背後から来た敵はシャロンが攻撃魔法で貫いた。強い、というのは本当のようだ。正直ちょっと驚いた。


「! ストップ!」


 中央管制室に向かっていたゾーイたちだが、トリシャにストップをかけられて立ち止った。ゾーイは上がった息を整える。走ると言っても早歩きと変わらないレベルであるのだが、これくらいで行きが上がるとは。体力が落ちている。ちなみに、イザベラはゾーイと同じく息を荒げているが自力で走っているし、クレアはユアンに抱えられていた。

「どうしたトリシャ」

「中央管制室が包囲されている。このまま上に上がって私の執務室に向かうことにする」

 トリシャの即決に、ニールは「わかった」とうなずき彼女に続いたが、シャロンが「待ってください!」と声をあげた。

「中央管制室を助けに行かなくていいんですか?」

「管制室の中にはアリッサがいる。防御壁が突破されることはない。それに、今はクレアとゾーイの身を守ることが優先される」

「……了解」

 シャロンがうなずいたので、そのまま二階層分上がり、トリシャの執務室……所長室に入った。もちろん、そこにも敵がいたが、トリシャの魔法とニールの剣が貫いた。この二人、本当に強い。

 強いと言うか。ためらいがないのだ。人を殺すことに。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ゾーイは魔導師ですが、戦闘能力はあまりたかくありません。


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