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8.第一印象崩壊の危機









 ゾーイが入院してから二ヶ月経つと、彼女の怪我もだいぶ治ってきた。骨はまだくっついてないけど。貧血も収まっていないのでまだ入院中だ。半分監禁されていると言ってもいいかもしれない。この研究所では軍事訓練もできる。再び自分の身を守れる力が戻ってくるまで、ゾーイはこの研究所を出られないだろう。

 そんなゾーイは今、研究所の敷地内にある湖に来ていた。お供はクレアとシャロンである。ゾーイの主治医であるシャロンは護衛も兼ねているが、クレアは本当に遊びに来ただけだ。


「冷たーい」


 湖の水に手を付けてクレアがはしゃぐ。落ちないようにシャロンが見ているが、ゾーイは疲れたので木陰で休憩中である。はしゃぐクレアを見ていると何となくほんわかしてくるゾーイだった。

「ゾーイ、見てみて! 魚捕まえた~!」

「うぉっ! 見せなくていいから返してあげなよ!」

 網で捕らえた淡水魚をわしづかみにしたワイルドな十二歳の少女に、ゾーイはツッコミを入れた。実の子ではないはずなのに、こういうところがトリシャに似ていて戸惑う。いや、でも、血はつながっているのか。いとこだし。

 クレアも気が付いたらゾーイと呼ぶようになっていた。お姉ちゃん、と呼ばれるのが結構好きだったのだが。どちらにしろ、妹みたいで可愛い。


「クレア。ゾーイの言うとおりだ。魚を放して、手を洗っておいで。お昼にしよう」


 シャロンがそう呼びかけると、クレアは「はーい」と素直に返事をして湖に手を付けて手を洗った。スカートのポケットからハンカチを取り出し、手を拭く。それからバスケットの中身を広げていたゾーイに近寄ってきた。


「おいしそう~」


 中に入っているサンドイッチやカスクート、ベーグルサンドに果物、デザートの焼き菓子を見てクレアが目を輝かせて言った。ゾーイは「そうだね……」と微妙な反応。

「ねえシャロン。これ、誰が作ったの?」

「たぶん所長じゃないか? 私も渡されただけだし」

「誰に?」

「……所長」

 じゃあやっぱりトリシャが作ったんだろうな。クレアも「ママ、結構料理上手よ」と言っているのでそうなのだと思う。


「所長、性格以外は完璧」

「きっと、『夫にもそう言われる』っていうんだろうな……」


 あの夫婦、互いに遠慮なさすぎである。そのくせ仲がいいからよくわからない。ゾーイがこの研究所に入院している間に何度か二人がそろっている場面を見たが、言ってしまえば『ケンカするほど仲がいい』タイプの夫婦なのだ。破れ鍋に綴じ蓋ともいう。


「えー、でも、料理はパパの方が得意」

「クレア。それ、知らなくてもよかったわ」


 ゾーイが発言者であるクレアに言った。トリシャはともかく、クレアと話していると魔導師特殊部隊長ニールのイメージがどんどん崩壊していく。

 まあ、クレアから聞く二人の話が面白いのも確かだ。携帯用マグに淹れたお茶を飲みつつ、昼食をとる。野外で食べるとピクニックみたい~、と言うのが定番だが、ゾーイはと言うと。


「戦場に戻ったみたいだわ……」


 本当に戦場ならこんなに優雅な食事はできないけど。ゾーイのセリフにシャロンが笑った。

「戦場でもこういうおいしいものが食べられるといいんだけどね」

「あ、シャロンも戦場に行ったことあるんだ?」

 てっきり研究職、と言うか医師だが、そう思っていたシャロンも戦場に行ったことがあるような口ぶりだ。大規模な戦闘が無くなって久しいが、それでも小さな小競り合いくらいはある。

「私が士官学校を卒業したのは十六歳の時。その時に医師免許も取得してね」

「優秀ね」

 口をはさんだのはクレアだ。シャロンは微笑み、「ありがとう」と返した。

「で、卒業後、まず連れて行かれたのが戦場なわけ。従軍医ってやつだね」

「い、いきなり戦場なんだ」

「軍医には多いみたいだな。まあ、確かに実践と言う意味では結構いい経験になったよ」

 そう言って笑うシャロン。強い。


「ママも戦場で手当てしたのがきっかけで、医師免許を取ったって言ってたなぁ」


 クレアの言葉にゾーイとシャロンは目を見合わせた。

「……前から思ってたんだけど所長って医大卒業してるのかな」

「医師免許は医大を出てないと取れないよ……」

 ゾーイの疑問につっこんだのはシャロンだった。医師になるには治療行為の練習なども必要になってくる。今の制度では、大学で知識を学び、病院などに配属されてから経験を積むことになるのだが、トリシャの場合は先に経験をしている。


「外科医、遺伝子工学者、電子情報学士のほかになんの博士号持ってるの?」


 ゾーイが好奇心から尋ねると、クレアはお茶を飲みながら「知らなーい」と答えた。

「いっぱいありすぎてわかんない。本人も把握してないと思うけど」

「それってどうなの……」

 次元が違いすぎる……。十五歳で徴兵され、十八歳で終戦、そこから医大と士官学校に通い、今では医師であり大佐だ。よくわからない人ではある。


 ちなみに、ゾーイの上官であるニールもトリシャと似たような感じらしい。十六歳で参戦し、二十歳で終戦を迎えた。そして、そこから士官学校に通い、トリシャより先に大佐になったらしい。前にニールの方が先任大佐だと言っていた。


 同時期に士官学校を出たはずで、おそらく、卒業成績もほとんど変わらなかっただろう。それでもニールの方が先任なのは、彼の方が戦場に立つことが多いからだろう。トリシャは士官学校を卒業した時点で遺伝子工学者だったため、そのまま研究所に配属されたのだそうだ。

 おそらく、クレアを引き取った関係もある。夫婦を二人とも戦場行きにしてしまえば、双方とも死んでしまうかもしれない。そうなると、クレアの庇護者は居なくなる。


 トリシャもニールも、強い。最強夫婦だ……と思ったところで、ゾーイはふと思った。


「そう言えば、所長と隊長、出会ったとき取っ組み合いの喧嘩をしたって言ってたね」

「今でも喧嘩してるよ」


 クレアがぶち込んでくる事実が恐ろしい。


「でも、仲はいいのよねー。パパとママ、あたしを引き取るために結婚したらしいから、結婚式とかしてないの」


 籍は統一されているから夫婦であるが、結婚式はしなかったらしい。そんな場合ではなかっただろうし。二人とも、戦後はクレアを引き取り、さらに士官学校に通い直していたはずだ。

「あたし、パパとママのこと、大好きよ? 生んでくれた親のことは覚えてないし、自分が第一王子の娘だーって言われてもピンとこないの」

 それはそうだろう。クレアが引き取られた時、彼女はまだ二歳だったはずだ。覚えていたらそれはそれですごい。


「だから、あたしにとってパパとママはトリシャとニールなの。二人には、幸せになってほしいなって思うの」

「……要するに、何を言いたいの?」


 ゾーイが先をせかすと、クレアは唇の端に菓子屑を付けた状態でにっこり笑った。


「パパとママに結婚式をさせてあげたいなって」

「……」


 ゾーイとシャロンは沈黙した。娘クレアのその思いは尊い。尊いのだが……。


「ごめん。あの二人の結婚式とか、想像できないわ……」


 ゾーイは手を伸ばしてクレアの口の端の屑をとりながら言った。シャロンが首肯し、ゾーイに同意を示している。


「所長のウエディングドレス姿は見てみたいけど……」


 どちらかと言うと問題はニールである。いや、タキシード姿も似合うだろうが、やっぱり……。


「微妙に美女と野獣感があるよね……」

「どっちかっていうと、所長の方が性格あれだけどね……」

 ゾーイとシャロンが言った。外見に反して苛烈な性格をしているのはトリシャの方であるが、やっぱりあの二人の結婚式とか想像しにくい。

「っていうか、ご両親の意見はいいの?」

「なんだかんだで喜んでくれる気がする」

「……まあ、それはね……」

 普通は感動して泣いてしまうくらいだろう。あの二人がどういう反応をするか全く不明であるが……。

「まあ、式はしなくても、せめてママにウエディングドレスくらいは」

「ああ、それなら同意できる」

 クレアの妥協案にゾーイもシャロンもうなずいた。トリシャのウエディングドレス姿は見てみたい。

「確かに、ウエディングドレスを着て写真を撮るだけでも結構違うかもな。心もちだけど」

 シャロンが笑って言った。ゾーイもうなずいたが、ふと思った。


「ちなみに、結婚指輪とかってしてるの?」


 今まで気にしたことなかったが、二人とも指輪くらいはしているのだろうか。

「ペアリングみたいのはしてるけど。パパは指に入らないって言って首にかけてるね」

「……いや、だからクレア。そう言う情報はいらない……」

 ツッコミを入れつつ、ゾーイは考えた。なら、少なくともトリシャは指輪をしているはずだ。気付かなかったけど。


 だが、その理由はすぐにわかった。


「所長、全身魔法具だらけだからな……」

 とはシャロンの言だ。なるほど。若干じゃらじゃらした印象があるのは、魔法具があるからか。魔法具はアクセサリーの様相をしていることが多く、トリシャはイヤリングやネックレスをはじめ、様々な魔法具を身に着けている。


 そこに指輪が埋もれてしまって、気づかなかったのだろう。


 まあ、それはともかく。


「結婚式をするとしても、所長に隠し事は難しいな」


 シャロンが腕を組んで言った。この中で一番彼女と付き合いが長いのはクレアのはずだが、年の分だけシャロンの方が正確にトリシャを理解しているだろう。実際、クレアも「そうかも~」と同意を示した。

「でも、ばれたら問い詰めてくるのはパパかなぁ。ママはわかってても笑って眺めてそう。腹黒いから」

「……クレア……」

 この子の洞察力が怖い。しかも、母親がそれでいいのか?


 クレアの話を総合すると、見た目に反して、ニールは優しい父であるようだ。いや、彼が見た目によらず温厚なのは知っているが、トリシャより親らしいことをしているらしい。トリシャはいろんな意味で自由人だ。少なくとも、母親らしくはないらしい。

 性別が逆ならしっくりきたかもしれない、というクレアに、話を聞いていたゾーイとシャロンは噴出したものだ。何となく、想像してしまったのだ。二人がそのまま性別が逆転する様を。

 とりあえず、ゾーイとシャロンの意見は同じだった。男のトリシャはありだが、女のニールはなしだ。

 というふざけた話もともかく。


「現実的に考えて、せめてウエディングドレスを用意するくらいだな……」


 と、相変わらずシャロンの冷静な意見。ゾーイとクレアもうなずく。

「所長、背が高いからマーメイドラインとか似合いそうね」

 と、ゾーイが想像していると、シャロンがふと言った。

「そう言えばあの人、身長何センチだろう」

「……言われてみれば、かなり大きいね」

 ハイヒールを履いているしニールと見比べてしまうため気づきにくいが、トリシャはかなり長身だ。比較的長身の部類に入るシャロンと比べても大きい。靴を脱いでも、トリシャの方が大きいだろう。そのくせ、細い。


「……既製品は無理そうね……」


 クレアがそう言った。なら、オーダーメイドだろうか。自分たちで作ると言う選択肢はない。オーダーメイドっていくらかかるのだろうか。

「むう。グランマも巻き込もうかなぁ」

「グランマ?」

 ゾーイとシャロンの声がハモり、二人は目を見合わせた。相変わらずもぐもぐとクッキーを食べているクレアは「そう~」と間延びした声で言った。


「グランマって、所長のお母さんのこと?」


 シャロンはそう尋ねたが、トリシャとクレアは正確には従姉妹同士にあたるので、トリシャの母はクレアにとって伯母にあたるはず。しかし、クレアはトリシャに養育されているから、それはそれで正しいのか?

 でもそう言えば、トリシャの親はもう亡くなっていると、トリシャ自身が言っていた気がする。


「違う……んー。ある意味正解? ママを育てた人ではあるから」


 クレアにそう言われて、ゾーイもトリシャから聞いた話を思い出す。

「確か……母方の叔母に養育されたって言ってたっけ」

「うん」

 クレアがにっこりして言った。


「イザベラ・ハウエル中将のことね」

「……」


 ゾーイとシャロンは絶句した。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


シャロン、ゾーイ、クレアの三人の組み合わせが何となくかわいいです。

トリシャとニールは夫婦喧嘩をすると殴り合いになるタイプ。でも離婚はしないだろうなぁ。


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