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夢にうつつに

「ふわ研なんかどうですか!」

作者: 朝森雉乃

 ふんわり研究会。

「そう。青春の四年間、ふんわりの研究に費やしてみませんか! ぜひ!」

 ふんわりって、ふんわりとしたものなら、なんでもいいんですか。

「おおっ、興味ある? もちろんだよー、中国で四色のわたあめを作る修業をした先輩もいたし、モーニンググローリーっていう雲の写真を、世界中を飛び回って撮りまくっている先輩もいるよ。それから、えーっと、なんていったかな、オーケン石? とにかくなんかふんわりしている鉱物とか、ふんわりしている植物の種とかを集めて調べている人も」

 あの、あんまり細かいことは、いきなりいわれても。

「はっ、そうだね。ごめんごめん、ごーめんズ・オブ・ラヴだよー」

 はあ……お姉さんはなにを研究しているんですか。

「お姉さん? あっ、私? 私はね、恋愛感情」

 え。

「新入生くん、やっぱり、恋とか愛ってすごくふんわりとしたものだね。一年やってみたけど、全然実態がつかめないんだよ。心理学的や社会学的なアプローチはだいたい過去の研究をさらったんだけど、二年目の方針が見えなくて今日まで迷ってたんだ」

 そんな、抽象的なふんわりでもいいんですか。

「もちろんだよー。ふんわりしていると思うならなんでもいいよ。サークルの有り様もふんわりしているからね。ごめん、本当のこと、こっそり教えちゃうと、実態は月一回飲み会するサークルって感じのノリだ。あっ、こんなこといったなんて、他の先輩には内緒だよ? 新入生くんと、へへっ、お姉さんとのひ、み、つ」

 秘密ですか。

「他人にばらしてはいけない秘密を共有すると、人は恋に落ちやすくなる。『恋愛におけるカリギュラ効果と希少性の保有』だね。どうかな、ふんわり研究会、入ってくれないかな」

 まあ、サークルに入るつもりはなかったんですけど。

「けど? けどってことは?」

 お姉さんはどうしてこのサークルに入っているんですか。

「おおっ、じらすねえ。私は、あっ、私は丸地いすずっていうんだけど、そうだな、ふわ研の人たちが気の合う人たちだったからかな。正直やりたいことなんてなかったし、飲み会ができればどこでもよかったんだ。でも、とりあえず目標を決めて頑張ってみるっていうのも案外楽しいから、今でも恋愛感情の研究をしているんだろうね」

 マルチ先輩。

「ひぇっ、やっぱ先輩呼びは照れるね。なんだいヒュンダイどうしたんだい?」

 あー……まあ、いいです。どうせ入会金とか取られるんですよね。

「んんん、野暮なことをいうねー。嘘はつくとまずいからいうけど、二千円ちょうだいします。あと会費っていうか、飲み会の飲み代はもちろんね。でもでも、新歓期間は五百円ぽっきりで、食べ放題飲み放題の佃島砲台。明日来てくれれば、日本古来の一大ふんわりイベントも体験できるよ。まあ、お花見のことなんだけど、そこでサークルの雰囲気を感じてもらえればうれしいな。えーっと、新入生くんの名前と連絡先、教えてくれないかな」

 うーん。ケサランパサランです。

「え?」

 明日、この時間にここに来ます。マルチ先輩が来てくれたら、一緒に行きます。その時に、本名も。

「ほほーう。いいね、ちゃっかりデートの約束をするなんて、すみに置けないよ、パサランくん」

 デートだなんて、そんな。マルチ先輩、きれいだから、照れちゃいます。

「お世辞でもうれしいよ、パサランくん。でも、この時間だと、もうお花見が始まっちゃっているんだ。三限がなければ一時にここでどうかな? ん、ちょっと待って、きみの顔、よく覚えるから。うん。うん。よしっ」

 きっと、明日は会えないですね。

「そんなことはないよ。もう、パサランくんの顔はばっちり覚えているよ。逃がさないからね!」

 そういって、別れた三秒後には次の新入生を勧誘するんでしょう。

「んんん、鋭い、パサランくん鋭いよー。そういう鋭さはうちのサークルには似合わないかも。でもでも、けっこう興味は持ってくれた感じかな。よく知っているね、ケサランパサランなんて」

 ふわふわしたもの、それしか思いつきませんでしたけど。

「いいんだよ、これからたくさんのふんわりを学んでいけば。いちおう研究会だからね、新歓期が終わったあとの第一回例会、っていう名目の飲み会では、歴代研究されてきたふんわりを紹介するよ。部室には研究ノートがちゃんと保管されているし。そういった中から、興味のわいたふんわりを引き継いでもいいし、まったく新しく始めたって、もちろんオッケー針ノ木大雪渓」

 ……マルチ先輩の研究もまとめてあるんですか。

「もっちろん。こう見えて熱心なふんわり研究者だよ、私。もう五冊はまとめたんだから。あんまりノートつけない先輩も多いけど、そこはふんわり見逃されている感じ。そういえば、部室棟の場所は知っている? 文系ならすごく来やすいところにあるから、講義の空き時間をつぶすのにもってこい」

 あ、文学部です。

「ほんとう? それなら、サークルは入っておいた方がいいよー。まあ、ふわ研に限らず、部室のあるサークルはだいたい部室棟に入っているから、これは考えてみればうちの宣伝にはならなかったや。へへっ。ちなみに私も文なんだ。三十六号館の裏を通ると簡単に部室棟の方に抜けられるから、覚えておくと便利だよ」

 三十六号館、って、どれでしたっけ。

「おおっ、パサランくん、新入生っぽい質問だね。ほら、文学部の建物の中だと、一番新しいのが三十三号館、その奥にある二番目に新しいのが三十六号館だよ。テラスがあるところ」

 生協から出て、左に行くってことですか。

「そうそう、階段上ってね。一年生はあんまり使わないかな。あそこの売店に置いてある文学部特製ノートは使いやすいよー。安いくせにめくりやすいんだ」

 今度、行ってみます。

「それから、あの棟の四階と五階でやる講義は、単位が勝手に降ってくるものが多いらしいよ。これは私からの秘密の情報」

 秘密ですね。

「そ。カリギュラ効果」

 ありがとうございます。

「どういたしまして、パサランくん。明日の一時に教えてもらえる本名を、お姉さんは楽しみにしているよ。ではではさらば、パートタイム・さラヴァー」

 ……最後に、ひとついいですか。

「もちろん。なんでも聞いてくれたまえ、我らが若き研究員」

 マルチ先輩との、共同研究はできますか。

「いい心意気だね、パサランくん。ふふっ、きみがしたいのは、研究よりも実験でしょう?」

 だめですか。

「初めからそのつもりで声を掛けたって、もうわかっているくせに。さっそく、最初の実験をしない?」


 ――――――


 思ったよりも、ふんわりしていません。

「んんん! 明日までに新しいリップクリームを買っておくから! 絶対!」

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