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探索者はダンジョンを進む。科学がそうであったように、未知を既知へと変えるのだ。行く先は闇で覆われていても探索者の通った道筋は光がさす。エネルギーを得るために国家主導で行われていた探索者事業はやがてフロンティアスピリッツの宿った一攫千金の夢となった。
就活という言葉が死語になってから幾久しい。食い詰めても探索者という道があるのだ。ダンジョンの中でエネルギーを得ればその日暮らすのに十分な金が手に入る。そのために他者とパーティーと呼ばれる組合を作ったり、ギルドと呼ばれる徒党を組むのも社会の在り方としては必然であるだろう。
宵越しの金を持たない刹那的に生きる人々を、人は探索者と呼んだ。
ダンジョンについていろいろ調べようと思うのだが、パッと探して見つかる程度の情報はもう調べ終えてしまっている。となるとここは現場の意見を聞くのが正しいだろうか。
巨大匿名掲示板にて疑問の解決を目論むことにする。『能力者初心者質問スレ』というのがあったのでそこに突撃する。よくある質問一覧というのも見てみたが俺が感じた疑問に当てはまるものはなかった。
523:第774階層攻略中
昨日初めてダンジョンに潜った探索者です
結構サクサク進めてしまったのですが皆さん最初はサクサク進めるのでしょうか
まあ書き込んだってすぐに返信があるわけでもないのでその間にほかの作業をする。今考えなくてはならないのはバイトのことだ。イベントの設営のアルバイトしているが、時給三千円を超えるダンジョン探索を考えるともうこのバイトをする必要はないだろう。
そんなわけでやめるという旨の電話をすると、とりあえず今月いっぱいは居てくれという話になったので了解した。今月いっぱいとなるとあと三週間弱。その間に入っているシフトは十二日。バレンタインの時期などにイベントが集中しているのでこの時期に抜けられると辛いのだろう。そんなのバイトの知ったことかという気持ちも無いわけではないが、約二年の間世話になったバイトということもあるのでこれも義理かなと思う。
電話を終えて掲示板を見てみるといくつかレスがついていた。
524:第774階層攻略中
にわか死ね
525:第774階層攻略中
初心者クソガキはこんなとこで聞かないで学校の先生にでも聞けよ
526:第774階層攻略中
自慢かよくっさ
そうか、能力者は学校とかで聞けるのか。よくよく考えてみればそうだな。能力に目覚める年代はみんな学校に通っている。高校までは義務教育だし能力の制御なんて長くても半年くらいで終わると聞く。制御が終わればダンジョンに行くのも教育の一環としてあるらしいしその年代なら先生とかに聞くのが自然だろう。
となるとダンジョンの進み方を教わるのは難しいな。パーティーを組んでパーティーメンバーに教わるという方法も考え付いたが、ある程度常識を知らないとパーティーを組むことも難しいだろう。
悩む。グダグダと考えているうちにお昼になってしまった。冷蔵庫を見ると何も入っていなかったので今日は外で食うことにした。ついでに装備を整えるのもいいかもしれない。さすがに鎧とかは嫌だがローブくらいだったら着ておいたほうが悪目立ちしないで済むのではないだろうか。
電車に乗ると、珍しいことに人がいた。昼時に能力者が乗っているなんて珍しい。能力者の俺が思うことではないかもしれないけど、昨日一昨日と電車に乗っても誰もいなかったことを考えると珍しいと思うのは仕方ないことだと思うのだ。
どうやら相手もこちらのことが気になったようでちらちら見てきているのでとりあえず会釈しておく。相手は三十代から四十代ほどの男性でかなり体格がしっかりしている。俺の身長は170cm程だがこの男性はそれより10cm以上大きいように思えた。
同じ電車にたまたま乗り込んだ程度の相手に会釈というのも変な話だが能力者という共通点もあるし一両の中にたった二人というのも気まずいもので、何らかのアクションを起こさないとという謎の意識も働いた。向こうの男性も会釈を返してきて、そのまま無言でいた。
そして池袋に到着した。男性もどうやら池袋で降りるようでなんとなく目線を合わせることもできずにお互いに無言で顔を合わせないようにしながらそそくさとエスカレーターに乗った。
なんで俺がこんな程度のことで変に気まずい思いをしなくちゃならんのだと思うが、まあ相手もそう思ってるだろうなと考えると仕方がないという何が仕方ないのかわからない結論に落ち着いた。
昼食はチェーン店のうどんを食べた。その足で探索者用の装備を販売している店に向かう。装備品は池袋ダンジョンの近くにあるお寺の敷地内で売っている。高級な物から初心者用の物まで手広く揃っているとネットで評判の店だ。嘘かホントかわからないが初心者が行く店としてはまず間違えていないだろう。
その店は和風のつくりをしていた。三階で構成された建物の屋根は瓦で、頂点には金のシャチホコがあった。木で出来ているが心なしかそれよりも重量があるように思える扉を開くと、意外にも店内はフローリングだった。壁には刃物の武器がかけられており、鎧もマネキンに着させて置いてある。いくつかあるガラスケースの中にはアクセサリーが展示されていて、その値段はとても手が出そうにない。
店には幾人かの客がいて、眉根を寄せて装備品とにらめっこしていた。
俺はとりあえず今日は小さめの刃物とローブを買おうと考え、それらが置いてある場所に向かった。
まずはローブ。二段ほどの棚がある場所に畳まれて重ねて置いてあった。一着五千九百八十円。サイズもS・M・L・XLと充実しており、色もさまざまだった。特にこだわりもなかったので茶色と紺色が混ざったような色のLサイズのものを手に取る。装備品と考えるとかなり安いが、普通の服の延長のような素材しか使っていないようだし価格はこんなもんだろう。
次は刃物だ。いろいろとあり、安くて二千円から高いものなどは数万円するようだ。ドロップアイテムを使ったものは二階に行かないと無いようだ。
どうやら一階には現代の素材で作れるものが置いてあり、二階や三階にはドロップアイテムで作成された装備品が置いてあるようだった。ガラスケースに入っているのはアクセサリーと呼ばれるもので、ダンジョン内で身に着けていると基礎能力が向上する装備品と書いてあった。一階にあるものは能力者によって能力を付与されたもので人工的なものらしい。当然、そういったものよりドロップアイテムのほうが良い効果が反映されるアクセサリーであるようだ。
アクセサリーはまた金が貯まった時に買いに来ることにして、ひとまず八千円くらいのナイフを一本買っておくことにした。
ついでにキューブというものを買っておくことにする。これは装備品などを収納できるハイテクアイテムで、持ち運び時には10cm位の大きさなのだが実際には2立方mの体積のものを収納できる優れものだ。キューブというこれは装備品の販売店か役所内でないと開くことのできない限定的な無限袋のようなもので、無限袋の研究中に生まれたものらしい。性能に対して安価な理由はキューブ自体の費用は安く、キューブを開くための装置の費用がかなり高いのだという。
ウィキの探索者の欄には載っていなかったが役所からもらった冊子に書いてあった。
「ではお会計二万五千四百二十円になります。商品はキューブにお詰めいたしますか?」
「お願いします」
予想外に大きな出費になってしまったがしょうがない。必要経費だ。そう言い聞かせて明日頑張って稼ごうと誓う。
会計を済ませると店員はキューブの入ったパッケージを開けると、正六面体についているボタンを押した。すると正四面体が展開し、面が無く辺だけで構成された大きな正四面体となった。一辺は2mほどだろうか。その中にローブとナイフを入れると、サッと辺を一撫でする。今度は展開した時とは逆に収縮していき、一辺が10cmほどの正六面体になった。
おお、本に書いてあったとはいえ実際目の当たりにすると驚きだ。探索者の使用するアイテムは最先端のテクノロジーが使われていると聞いていたがこんなものがあるなんて冊子を読むまで知らなかった。
ホクホクした気分のまま店を出て、帰路につく。よし、さっそく明日からこのローブを着てナイフを持ってダンジョンに行こう!
そのまま家について眠り、朝起きて気が付いた。今日バイトじゃん、と。
また明日からダンジョンは頑張ろう。
この世界では高校までが義務教育ということにしています