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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
壱ノ怪 玉虫と羽蟲
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消えた記憶

「わかったわ。じゃあ、手続きを終えたら連れてくるから、少しの間待っていて。面会時間が過ぎてるし、起きたばかりだからあまり長い時間は話せないけど、我慢してね?」


 そう言い残し、聡美と看護師は退室する。

 手持無沙汰になったケースケは、室内に目を彷徨わせる。静寂が耳に痛く、どうにも不安をかきたてた。

 ベッドから立ち上がって、カーテンで仕切られた窓へと近づく。点滴やコードがついていて身動きが取りづらかったが、ケースケはあまり気にせずにカーテンを開けて外を見る。

 窓の外はすでに夜闇に包まれており、窓ガラスは室内を映す鏡となっていた。外の様子は見づらく、街灯の光がぽつぽつと浮かぶのが見て取れるだけであった。

 そんなケースケをぼんやりと見つめ返す少年と目が合う。それが窓に映りこんだ自分の姿であるということに気付くのに数秒かかった。記憶喪失で顔がわからなかったというのではなく、それ以前の問題――顔に何重もの包帯が撒かれていた。

 これではまるで、ホラー映画に出てくるミイラ男だ。ケースケが負った傷は、本人が思う以上に重いもののようだ。もっとも、全身に火傷を負った上で4階から落ち、この程度の怪我で済んだのだから、御の字と思うべきなのだろうが。


 ふと自分と一緒に落下した、雨音という少女のことを思い出す。彼女はこんなことになっていなければいいなと思う。男である自分はともかく、女の子である彼女が顔に傷を負うのは嫌だった。なにより、あんなに綺麗な顔をしていたのだから。


 ぽりぽりと頭をかき、ケースケは再び室内を見渡す。

 飾り気の一切ない殺風景な部屋だったが、ベッド横のサイドボードの上に、携帯電話と財布が置かれていることに気付く。今どきのスマフォではなく、塗装のはがれたガラケーだった。財布は革財布だったが、かなり古いのかボロボロだった。

 そういえば、聡美という女医が、所持品に携帯と財布があったと言っていた。ということは、これがそうなのだろうか?ケースケはそれらを手にとり、中身を改める。

 所持金は一万円と少し。私立城戸中学校の学生証が入っており、眼鏡をかけた少年の写真が貼られている。現在の包帯姿とは比較できないが、顔のつくりなどはケースケの面影がある。携帯の方にはほとんどデータが存在せず、自分の電話番号・住所・名前が登録されているくらいだ。学生証も携帯データの方も、確かに『涼森螢助』という名前になっていた。

 現役中学生の所持品としては寂しい内容だが、他にはなにもめぼしいものはなかった。外観から想像して、大して大切に使われていなかったのだろう。ケースケ自身、財布と携帯の中身を見ても何も思い出せなかった。そのせいか、涼森螢助という名前もあまり実感がなかった。


 他にも何かないかと病室を見渡す。殺風景な室内で、唯一の娯楽機材であるテレビに目が止まった。備え付けの小さなものだが、個室にテレビとはなかなか贅沢だ。ケースケはありがたく思って、テレビの電源を入れる。

 チャンネルを切り替えていくと、ニュースがやっていた。ニュースでは、まさにケースケが巻き込まれた立体駐車場の事件が報道されていた。ニュースキャスターが違法建築だとかガス爆発だとか言っているが、要するに事故として扱われているようだ。


「……あー」


 なにか偉そうな人が出てきて、事故の原因について科学的な根拠を話しているが、ケースケには難しすぎて理解できなかった。そろそろ面会人も来るだろうし、電源を切ろうかなと思ってリモコンを持ち上げたところで手が止まる。


『爆発で瓦礫が降り注ぎ、怪我をした人が大勢いますが、周囲にいた人たちに死者はありませんでした。ただ、建物内にいた人たちの生存率は絶望的で、現在生存が確認されているのは涼森螢助さん(15)と月海雨音さん(16)のみで――』


 ――生き残ったの、俺とあの子だけなのか。

 九死一生とはこのことなのだろう。今自分が生きているのは、とんでもない幸運のようだ。

そのとき、コンコンと病室のドアをノックする音が響いた。ケースケはテレビの電源を切り、入口の方へと目を向ける。

 聡美に付き添われておずおずと入ってきたのは、小学生くらいの少女だった。小鹿のようにクリクリとした大きな瞳をケースケに向ける。


「おにい、ちゃん?」

「……あ」


――丘の上のお屋敷

――揺り籠の中で眠る赤ん坊

――誰かの手を引いて一緒に通った通学路

――二人で探検した地下室


 少女を見た途端、脳がちりちりと焼けるように痛む。サブリミナルのようにフラッシュバックする、覚えのない記憶。喉まで出かかっているのに思い出せないもどかしさ。


「風香?」


 その名前は良く舌に馴染んだ。何度も何度も繰り返し口にした言葉を、脳が記憶していたような感覚だ。


「お兄ちゃん!」


 包帯に包まれた顔におびえていた少女だったが、ケースケの声を聞き、それが兄のものだと確信したのだろう。相手が怪我人であることも忘れて、その胸に飛び込んだ。


「よかった!本当に本当に心配したんだからね!?お兄ちゃんが事故に遭って入院したって聞いて、目を覚まさなかったらどうしようって……」

「あ、あぁ」


 風香と名乗る少女を抱きしめたケースケの声は震えていた。

 傷が開いて痛かったというのではない。自分はこの少女のことを知っている。そのことを確信しながら、少女との思い出の一切を思い出せないという矛盾に戸惑っているのだ。


「……お兄ちゃん?どうしたの?」


 様子のおかしい兄を不思議そうな瞳で見上げる風香。

 何か返事をしなければいけない。大事な妹なのだ。不安にさせないように、声をかけてやらなければ。だが、ちりちりと頭痛がする。記憶にない風景が何度も脳内に浮かびあがっては消えていく。それはちかちかと点滅する電灯のようで――


「ケースケくん!?」


 聡美が慌てた様子で風香を押しのけ、ケースケの顔をのぞきこんでくる。

 ケースケが何事かと顔を触ると、べったりと赤い色が手のひらに広がった。そこでようやく鼻血が出ていることに気がついた。


「風香ちゃんを退室させて。それと、MRIの準備を――」


 聡美が次々に指示を出し、看護師たちが慌てて動き出す。おろおろした顔の風香は室外に出され、面会は本当に短い時間で終わってしまった。

 ケースケはというと、その後、物々しい検査をいくつも受け、たっぷり一時間は拘束された。一応聡美から検査の説明は受けたが、話の半分もわからず、言われるがままに検査を受けていった。

 しかし、ケースケの頭痛はそれ以来起こらず、検査でも特に問題は見つからなかったので、結局は経過観察ということでベッドに戻された。

 あの頭痛は、一体なんだったのだろう?

 そんな疑問を胸に、ケースケの慌ただしい一日は終わりを告げた。

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