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布槌奇譚~蟲愛ずる姫君~  作者: くろまりも
陸ノ怪 人鬼殺界
39/42

ケースケ

「……まぁ、うまくはいったよ。確かに、記憶はきちんと受け継がれた。本人だって、自分がショゴスだってことになかなか気づかない。俺だって気づかなかったしな」


 呆然とする風香に、ケースケはぽつぽつと語った。

 頭がガンガンと割れそうに痛む。ショゴスなのに、無理して魔術を使った影響だ。脳に過負荷がかかり、加減を間違えば廃人と化すため、乱発はできない。


「でもな。不思議なことに、記憶が完璧でも、人格は別物だった。涼森螢助が作り出した『風香』は、記憶と外見が同じなだけの別人だった」


 これ以上話を聞きたくないとでもいうように、風香は耳を塞ごうとする。だが、話し続けている間、ケースケは魔術で風香を拘束し続けていたため、それは叶わなかった。魔術の使い過ぎで吐き気がする中、ケースケは最後の言葉の刃を風香に叩きつける。


「まぁ、当然と言えば当然だよな。いくら記憶が同じだと言っても、頭の出来は別物なんだ。涼森螢助は天才だったが、ショゴスの俺は馬鹿だったみたいにな。脳の動かし方が違うんだから、知識が同じでも、人格が違うのは当たり前だ。俺たちは涼森螢助の望んだ完璧な模倣品じゃなくて、できそこないの泥人間だったわけだ」

「だま、れ……」


 貧弱な魔術による拘束は長くは続かなかった。力づくで拘束を振り切った風香は、震える腕を振るい、配下のショゴスを操る。


「だまれえええええええええええ!!」


 ケースケの全身を貫いていた触手がしなり、少年の身体を壁に叩きつける。触手は何度も何度も狂ったように跳ねまわり、その衝撃で工場自身が地響きを立て始めた。


「嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ!私は人間だ!おまえみたいな下等生物と一緒にするな!死ね!死ね死ね死ね!!」


 風香は冷静さを欠いていたため、叩きつけた拍子にケースケが自由になったことに気付かなかった。巻き起こる土煙を煙幕代わりに、ケースケが猛獣のように走り出る。

 二人の対峙は悲しみゆえか、怒りゆえか。互いに同じ境遇を持つたった二人の姉弟は、互いの相容れない生き様を否定するため、再び相対する。

 風香の憤怒に満ちた呼気に合わせ、触手の嵐がケースケに降り注ぐ。避ける隙間すら見つからないほどの攻撃の雨あられ。一つ一つが人間を一撃で死に至らしめる死神の鎌。

 近くに落ちていた鉄パイプを拾い、ケースケは転がるようにしてかわす。避け切れなかった攻撃は鉄パイプで受け流す。かすっただけで鉄パイプは曲がり、ケースケの身体は吹き飛んだ。やはり、鉄パイプでは玉虫磨穿のような精密な動きはできない。しかし、玉虫磨穿は風香の腹部に刺さったままで手元にはなく、空手で攻撃を避け続けなければならない。


『てけり・り!てけり・り!』


 巨大ショゴスの攻撃の合間に、人間の手足を生やしたような無気味な小さいショゴスが駆けてくる。涼森屋敷で襲撃をかけてきた小型ショゴスだ。力も速さもないが、掴まれれば一瞬動きを止められ、致命的な隙が生じてしまう。ケースケは折れ曲がった鉄パイプで、力任せに小型ショゴスを殴り飛ばす。

 小型ショゴスは吹き飛ぶが、攻撃に隙ができたわけではない。足元から迫ってきていた触手を、ケースケは仰け反るようにして強引に躱わす。身体には当たらなかったが、触手が鉄パイプを切断し、長さが半分ほどになった。


「捕まえたああああああ!!」


 体勢を崩したケースケに、風香は触槍を飛ばす。引き絞られた矢のごとく飛んだ触手は、狙い違わずケースケの肉体を穿つ。

 笑みを浮かべて勝ち誇ったのは一瞬、風香ははっとして目を見開く。視線の先には、腹部を貫かれた状態のケースケが、槍投げの姿勢で鉄パイプを構えていた。

 走る銀閃、反射的に頭を抱えて身を屈めた風香の頭上を、鉄パイプがかすめ飛ぶ。人外の膂力で投擲された槍は、破砕音とともにコンクリートの壁に突き刺さり、振動音を鳴らしながら止まった。

 風香が顔をあげると、そこにケースケの姿はなかった。正面対決は不利と察して、姿を隠したのだろう。柱に瓦礫、姿を隠す場所はいくらでもある。


「……なんて奴」


 風香は歯噛みし、唸った。

 今の攻撃、完全に狙って行われたものだ。

 体勢を崩した振りをして鉄パイプを切断させて槍を作り出し、致命傷を受けない程度の攻撃をわざと受けて投槍の時間を作り出した。文字通り、身を削る戦い方。死にはしないとは分かっていても、実行するには並大抵ではない胆力が必要だろう。刀さえなければ大した相手ではないと高をくくっていた風香だったが、すぐに認識を改めさせられた。


「だけど、私の方がずっとずっと強い」


 ぽたぽたと鼻から血を滴らせながらも、風香は嬉しそうに笑う。

 魔術師向きの種族でないショゴスでありながら、魔術を行使し続けた結果、脳に莫大な負荷がかかっているのだ。

 しかし、風香はそんなことは気にしない。脳死する未来など、気にも留めずに魔術を使い続ける。あるいは、すでにそんな判断ができなくなるほどに脳が壊れてしまっているのか。


「楽しいなぁ。お兄ちゃんと遊ぶの、すっごく楽しい。もっと遊ぼう?お兄ちゃん」


     ◆◆◆◆◆◆◆


「(くっ、まじぃ。今のは危なかった)」


 突き刺された腹部を抑えながら、ケースケは焦る。

 傷口は塞がっているが、失った分の質量は戻らない。このまま戦い続ければ、いずれ削り殺されるか、脳を破壊されて死ぬ。

 ケースケにとっても、風香の戦い方は予想外だった。あの調子で魔術を使い続ければ、脳に障害が残ることは必至なのに、まるで手加減しようという意思が見えない。明日のことすら考えていない、今この勝負に勝てればそれでいいとでもいうような戦い方だ。


「(だが、俺だって負けられねぇ)」


 この戦いに勝てるなら、明日どうなろうと構わないという思いは、ケースケとて同じことだ。自分が負けたり逃げたりすれば、風香は雨音の遺体に筆舌に尽くしがたい行為を行うだろう。それだけは死んでも許せなかった。

 雨音を生きているままで救うことはできなかった。ならば、せめて、死後の尊厳くらいは守らなくてはならない。


「(しかし、どうする?鉄パイプくらいなら、そのあたりでまた拾えるとしても、風香に近づく方法がねぇ。速さには慣れてきたが、攻撃が多すぎて、目で追い切れねぇ)」


 ケースケがどれだけ素早く動けるようになろうと、死角からの動きには対処できない。必ず捌ききれない攻撃が出てきてしまう。


「(考えろ。馬鹿な頭フルに使って、思いつけ。風香は明日からの命を削って、更に強くなった。俺はどうだ?これ以上、いったい何を捨てれば、あいつに勝てる?)」


 瓦礫から少し顔を出し、風香の様子を伺う。

 少女は目・鼻・耳から血を滴らせ、兄の名前を何度も呼びながら、羅刹のような笑みを浮かべて周囲を探している。

 雨音の遺体を盾にとれば、ケースケは出ていかざるを得ないのだが、そこまで頭が回っていないらしい。だが、いつその考えに至ってもおかしくないので、あまり悠長にもしていられない。

 ――ここにいるのは、涼森螢助じゃなくて、ケースケくん。自分の未来を捨てて、私に会いに来てくれるようなお馬鹿さん。

 視界に入った雨音の姿を見て、彼女の言葉を思い出す。


「……あぁ、そうか」


 ここに来るまでに、さまざまなものを捨ててきた。自分に残っているのは、雨音との思い出くらいなものだと思っていた。

 だが、違う。自分にはまだ、捨てられずにいるものが一つある。

 それはきっと、風香には決して捨てられないもの。ケースケと風香は似た者同士だが、その一点に関する認識だけはまったく異なっていた。


「涼森螢助じゃあ、風香には勝てない」


 近くに転がっていた鉄パイプを拾い、強く握りしめる。一線を越える覚悟はできている。愛する女の言葉が、彼の背中を押してくれた。


「これからは俺自身が相手だ。行くぜ、風香」

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